第20話 男同士で出来婚だなんて
ジョセフ・ル・バの元からマクシミリアン・
ロベスピエールのもとに戻ってきたサン・ジュストのお腹には
すでにル・バの子供がいた。あまりのショックで
熱を出して寝込んでしまった兄(マクシミリアン)を
看病しながら妹のシャルロットは憤りを
あらわにせずにはいられなかった。
「ねえ兄さん、どうして間男(ル・バ)より先に
例の丸薬を天使(サン・ジュスト)に飲ませなかったの?
せっかくラボアジェ先生が作った男性妊娠を可能にする新薬を
手に入れたのに、悔しくて仕方がないわ!」
堅物で35歳の今でも童貞を通している兄は
メガネの奥の目を見開いてこう叫んだ。
「何言ってんだ、おまえ、忘れたのか!? 母さんが
父さんと結婚する何か月も前にわしを身ごもったということを。
天才的頭脳の神童とうたわれた、わしのことをねたんだ
悪ガキどもに、いくら勉強ができてもおまえの親は
ふしだらだからおれたちより下だなどと
バカにされて、どれ程悔しかったことか!
だからこそ、自分の過ちを子に背負わせる
ような真似をこのわしがするわけにはいかないのだ!」
シャルロット(中身は腐女子のリリー)は小鳥に念話で話しかけた。
「すっかり忘れてたけど、マクシミリアンはいわゆる出来婚で
産まれたんだった。今じゃとても考えられないけど、
この時代の感覚だと婚前交渉で妊娠するのは恥ずかしいことで
一生消えない汚点のようにみなされたのかもしれない。それにしても
出来婚した親から虐殺魔が生まれるなんて皮肉なものね」
ナッツを食べることに忙しい小鳥は面倒くさそうに答えた。
「しかも今回は男性妊娠だぞ。そもそも同性結婚自体が
不可能なのに……」
さて童貞メガネことマクシミリアンには他にも悩みがあった。
「ピーちゃんが最近、わしの手からエサを食べてくれないんだ」
「あら、それは気の毒に。ほっぺたにチューでも
してあげると喜んでなついてくれるんじゃないかしら」
「それはいいな! さあ、ピーちゃん、ラブラブになろう!」
「おい、リリー! 何を勝手なことを……ギャアアアア!」
さっそく、あわれな小鳥は鳥かごから引きずりだされ、
タコのように口をとがらせた童貞に吸い付かれた。その後、
毎日のように延々と迷惑な習慣は続けられたのである。
鳥が地獄の責め苦を味わっているころ、
マクシミリアンに会いにきたサン・ジュストは
家の前で仁王立ちになっているオーギュスタンと
押し問答をしていた。
「君、頼むから兄さんと別れてくれ!」
「絶対にいやだ! 大体、何でそんなことしなきゃならないんだ!?」
目に涙を浮かべて反論する天使(サン・ジュスト)に
オーギュスタンはこう宣告した。
「なぜって、君は前世で我々の破滅の原因になったじゃないか!
君のようなトラブルメーカーとこのまま一緒にいたら、
兄貴はまた確実にギロチンまっしぐらだ!
他の男のタネを宿しているのだし、身を引くのが筋だろう!
ああ、ル・バの野郎、せっかく薬を渡してやったのに、
どうしてもっとうまくやってくれなかったんだ!」
自分のせいで愛する男を追い詰めたと責められて動揺した天使は
「侮辱するのはやめろ……マクシム! 愛しているよーっ!」
と絶叫すると、踵を返して走り去った。
開いていた窓のそばでカーテンの陰に隠れて
聞き耳を立てていたマクシミリアンは間男(ル・バ)の背後で
オーギュスタンが暗躍していたことを知り、激怒した。
「よくもわしと天使の仲を裂こうとしたな!
おまえには厳しい罰を与える!」
「兄さん、許して!」
童貞メガネは足にしがみつく弟を突き飛ばすと、
シャルロットの飼っている大蛇で体を縛って床に転がした。
「苦しい……外して……」
ぬらぬらした爬虫類の不快な感触に耐えられず、
泣きそうな顔の弟を見下ろして童貞は残酷な笑みを浮かべた。
「そうだな、それには一つだけ条件がある」
「それは一体……?」
すがるような目つきで見上げる弟に対して
告げられたのは……。
「今すぐエレオノール・デュプレに求婚しろ!」
「絶対にいやだ!」
「フン、それならずうっとそのままでいろ!」
数時間後、恐怖のあまり正気を失った男が
蛇に巻かれたままブツブツ独り言をつぶやいていた。
「昔昔、あるところに三人の兄弟がいて末っ子は
まともでしたが兄さんは目腐(めくさ)れ病に、
姉さんは頭腐れ病にかかってしまいましたとさ……」
あとがき 兄マクシミリアンは
「おまえがデュプレ嬢と結婚すべきだ」
と弟オーギュスタンに言ったがこの弟は
拒否ったとシャルロットの自伝に記されています。
ロベスピエール兄弟の母親(当時29)は第五子である女児を
出産した時、母子ともに死んでしまった。意気消沈した父親は
残った子供らを置き去りにして失踪し、最期は不明
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