第19話 天使の裏切り
翌日、議会の入り口に現れた天使(サン・ジュスト)を見つけた
オーギュスタン・ロベスピエールは窓から身を乗り出し、
拳を振り回して絶叫した。
「おまえ、いつの間に戻ってきたんだ?
真面目な兄さんをこれ以上振り回すなら
ただじゃおかないからな!」
曖昧な笑みを浮かべてうつむいた天使(サン・ジュスト)の姿に
数名の議員が頬を染めて見とれていた。前世では同じ公安委員会の一員で
ありながら、軍の改革をめぐって激しく衝突し、犬猿の仲だった
大物政治家、ラザール・カルノーまでもが顔を赤らめていることに
気づいた中道派の議員たちは互いにつつきあい、クスクス笑った。
「あいつ、急に色っぽくなったな。そこらを歩いている
女どもがことごとく土くれにみえるぜ。見ろよ、
カルノーまでガン見してるぜ」
「中性的どころか完全に女にしかみえないぞ」
「変わったのは見た目だけじゃない。あんなに
尊大な態度でムカつく奴だったのが別人のように
……。おっ、演説が始まるぞ」
皆の注目を集める若く美しい新人議員は額に落ちてきた、
ほとんど黒に近い栗色の髪を気取ったしぐさでかきあげると、
いきなりこんなことをまくし立てた。
「マクシミリアン・ロベスピエールはフランス史上最悪の人物である。彼は
猜疑心が強い小心者でおまけに嫉妬深い性格であり、
とても人民を束ねる立場にふさわしい器ではない! この国を破滅に導く
危険人物から権力を剝奪し、公職から永久に追放するための第一歩として、
私は彼との訣別をここに宣言する!」
「いいぞいいぞ、もっと言ってやれ! おれは
前からあの根暗ながり勉メガネが気に食わなかった!」
「生意気な若造め! 恩人を見捨てるんじゃねえ!」
つい数日前まで蜜月状態だった親分を非難するショッキングな内容に
度肝を抜かれた議員たちはヤジを飛ばすやら拍手喝采を送るやらで
大騒ぎだったが当のマクシミリアンは考え事に夢中になっていて
何一つ聞いておらず、代わりにオーギュスタン・ロベスピエールが
激怒していた。
「同志サン・ジュスト、今の発言の真意をお聞かせ願いたい!
兄に恩を仇で返すつもりか!? どうして急に裏切るような真似を……」
忠実な弟の言葉を遮るようにいきなり一発の銃声が
とどろいたかと思うと、マクシミリアンが胸を抑えて
床に崩れ落ちた。邪悪な天使は演壇の上から傲慢な笑みを浮かべて
議場を見下ろすと、
「アデュー!」
と一声発して銃をもう一発発射した。
あたりがもうもうたる白煙に包まる中、
議場は上を下への大混乱に陥った。
「よくも兄さんを殺したな! 必ず捕えて処刑してやる!」
オーギュスタンは銃撃犯を捕らえようとして
演壇に飛び乗ったが、そこにはもう誰もいなかった。
「クソッ! 空間転移で逃走しやがったな! サンソン任せにせず、
この手で奴を……」
怒り狂う弟(オーギュスタン)の背後で何事もなかったかのように
兄(マクシミリアン)がむくりと起き上がった。
「オーギュスタン、落ち着け! あれはルイではない!」
さて同僚議員のジョゼフ・ル・バに裸のまま拉致された
本物のルイ・アントワーヌ・サン・ジュストは監禁され、
連日連夜ぶっ続けで抱かれていた。何度も逃走を試みて
その度に激しく攻められても天使(サン・ジュスト)はあきらめていなかった。
わざと大きな音を立て、ねっちこい愛撫を続けているル・バに
サン・ジュストは恐る恐る話しかけた。
「ねえジョゼフ、そろそろ奥さんのところに
帰った方がいいんじゃないかなあ?
おれはここでじっと待ってるからさ。
あん、もうこれ以上搾り取らないで」
「何を言っている、おれの
さてはまた逃げるつもりだな!」
ヤンデレと化した男はさっきの発言にゾッとして
固まっている「
舌で口をこじ開け、唾液と一緒に何かを流し込んだ。
あの日、オーギュスタン・ロベスピエールは丸薬を手渡しながら
「あのガキんちょがどうしても君になびかなかったら、
これで既成事実を作ってしまえばいいよ」
と言ってニヤリと笑ったのだ。兄の書斎から盗み出した
ラボアジェお手製の魔法新薬である。
「さあ、今日も限界までおまえの中に注ぎ込んでやる」
「いやだ! もうやめて! おれを女にしないでくれぇ!
ああああああ! マクシム、助けにきて!」
「またその名を口にしたな! もっともっと痛めつけてやる!」
奥まで何度も突かれ、かき回されながら愚かな天使は
涙ながらに最愛の人の名を叫び続けた。
「フフフ。ずーっとおれのそばで眠っていればいいのに」
極度の疲労で失神した天使に女物の服を着せて抱き上げると、
ル・バは港に向かった。あわれな天使が
ようやく意識を取り戻した時にはすでに船は出港して
港から遠ざかり始めているところであった。
「気が付いたかね、愛しい天使よ。おれたちは
この船でアメリカに行って夫婦として暮らすんだ」
ル・バはニヤリと笑った。天使の心はもはや折れそうになり、
絶望で目の前が真っ暗になりかけた。しかしその直後、
「戻ってこーい! わしの愛するお嫁天使!」
と波止場で絶叫するマクシミリアンの声を聞いた瞬間、ル・バを
突き飛ばして海に飛び込んだ。着衣のまま、超人的な
速度で泳いで海を渡った天使は恋人(男)の胸に飛び込んだ。
「愛するマクシム! 会いたかったよ! もう浮気しないから、
そばに置いて!」
「ルイ、愛してるぞ! わしの
居合わせた腐女子たちが黄色い悲鳴をあげる中、
二人の男は抱き合ってキスをした。
数日後、公安委員会の一室でジョルジュ・ダントンは
ブスッとした面持ちでデムーランが発行する新聞、
「ビュー・コルドリエ」を広げていたがそこには一面トップで
「清廉の士、偽のサン・ジュストに議場で撃たれるも
懐に入れたノートのおかげで無傷 その後懸命の魔力探知式
捜索により本人を港で発見 犯人は今も逃走中」という見出しが踊っていた。
ルイーズ・ジュレとの情事を未練たらたらにつづった天使の
ノートを持ち歩いていたおかげで命拾いするとは何とも皮肉な話であった。
「え、えー、公安委員会の皆さんにお知らせがあります。
あ、『愛するお嫁天使』が他の男の子供を宿したので、わ、我らが敬愛する
清廉潔白で品行方正なロベスピエール先生はしばらくお休みするそうです。
お、男がみごもるなんて……し、信じられない……」
カミーユ・デムーランがそういい終わらないうちに
室内は爆笑の渦に包まれた。皆の視線が
かすかに膨らみ始めている自らの腹部に注がれていることに
気づかないまま、吃音の弁護士は隣に座っている
ダントンに微笑みかけたのであった。
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