第30話 別れ道、そしてギロチン心中まっしぐら

「昨日はシャルロットと出かけただけで、

 疑われるようなことは何もしていないぞ。

 カミーユ・デムーランはわしを誘惑して意のままに操ろうと

 企んでいる。そのため、あんなでたらめ記事を書いて

 わしとおまえの仲を裂こうとしているのだ。

 まったく、一回ヤッたくらいで調子に乗りやがって」

 マクシミリアン・ロベスピエールは興奮してつい、

旧友、デムーランとの一夜の過ちを自分からばらしてしまった。


「デムーランと何したって!? マクシム、よくも裏切ったな!」

 サン・ジュストの金切り声が議場に響き、

あたり一面爆笑の渦に包まれた。


「あっ、しまった! 裸でわしを待ってて

 寒そうだったからちょっと温めてあげようと……。

 あの黒い大きな目で見つめられたら

 ついムラムラしてしまって」

 デムーランと抱き合った時の息遣いや肌の感触など、

生々しい記憶がよみがえり、童貞眼鏡マクシミリアンは真っ赤になった。


「もういい! 聞きたくない! さ、仕事、仕事!」 

 必死で言い訳する童貞眼鏡マクシミリアンを無視して少し離れた席に陣取った、

天使サン・ジュスト恋敵ル・バと肩を組んだり手をつないで

これ見よがしにイチャついてみせた。

絶望した童貞眼鏡マクシミリアンは会議が終わった途端、


「体の調子が思わしくないので、わしは

 政界から退き、故郷に帰る!」

と言い捨てて、立ち上がった。同じ派閥の議員らが

引き留めようと大慌てで駆け寄るのを無視して議事堂を出た

童貞眼鏡マクシミリアンに妹のシャルロットが駆け寄った。

いつものように傍聴席で兄を見守っていた妹は

思わぬ発言に動揺していた。


「兄さん、政治家になる時に貧しい人や迫害された人たちを

 助けるために権力と戦うと誓ったことを忘れたの? 

 王政や貴族制とかの古い体制を壊した後で、新しい国を作るって

 あんなに張り切ってたのに」

 彼女が興奮して頭を振る度に長い黒髪が肩の上で揺れた。

その姿を見たパリ市民が


「あっ、あの人が噂の彼女だ! 昨日、

 ロベスピエール先生と手つないでたよ」

と叫ぶのを聞いた途端、天使サン・ジュストは激しい後悔にさいなまれた。


「先生、疑ったりしてごめんなさい。デートのお相手は

 妹さんだったんですね」

 書斎の椅子に腰かけた清廉の士は目の前で

うなだれる若者の頭をわしわしとなでた。


「いいんだ。でも他の連中にはわしらが

 仲違いしたと勘違いさせておこう。

 万が一、再びわしが破滅した時に

 君を道連れにしたくないから」 


「いやだ! おれが汚れ仕事を全部引き受けるから

 君は正義を愛する清らかな存在のままでいてくれ!

 誰か消したい奴がいたら、おれが代わりに……」

 いきなり唇を奪われ、天使の言葉は遮られた。


「わしらが前世で犯した罪はあまりに重すぎて

 逃れられないだろうが、前と違う道を進めばきっと……」

 惨憺たる末路を繰り返したくない清廉の士は

目を閉じて考え込んだ。


「この二人、相性が良いのか悪いのかわからないなあ……」

 シャルロットはあきれ顔で二人が手を取り合って

見つめ合う様子を眺めていた。


「今日はいろんな意味ですごかったな。これからは

 童貞眼鏡あいつのこと、清廉の士じゃなくて、色ボケメガネと

 呼ぶことにしようぜ。ハハハハハ」


「あの二人の子供ってどんなに性格悪いんだろうか。

 今から心配になってきた」

 すっかり油断しきった政敵たちは公安委員会のメンバーに

マクシミリアン・ロベスピエールを迎え入れることにした。



 数日後、サン・ジュストは公安委員会で前世とほぼ同じ提案をした。


「新しく作った憲法の施行を延期して、平和が訪れるまでの間、

 公安委員会を政府から独立した、最高の権限をもつ組織としましょう。

 外国と戦う非常事態では強い政府が必要です」

 メガネから光線を発して顔をあげた童貞眼鏡マクシミリアン


「ダメだ。一つの組織に権限を集中させすぎると、

 また連中が暴走して手に負えなくなるぞ。君は

 革命を凍てつかせる気か? 憲法はできるだけ早く施行する。

 人権を尊重する民主主義的政策の一環として、

 当面、ギロチン処刑も停止し、いずれ廃止する」

と発言したので誰もが耳を疑った。


「革命万歳! 清廉の士、万歳!」


「新しい国づくりは品行方正なロベスピエール様と共に!」

 委員会の面々がブーイングを上げる中、

童貞眼鏡マクシミリアンの支持者たちが外から声援を送っていた。


「正義面した偽善者め! 民衆に媚びを売って人気取りする気だな!」


「聖人君子を気取って裏で気に入らない人物を消すつもりなのだろう」


 前世でロベスピエール派を倒しテルミドリアンと呼ばれた

ポール・バラスやコロー・デルボアらが罵る言葉に


「わしは善人でもないし、ましてや聖人でもない。だが

 利権を狙って私腹を肥やすおまえらよりは優れているつもりだ」

と言い返した清廉の士だったが、驚愕の知らせが

続々ともたらされた。


「大変です! 元王妃と元王太子が脱獄しました!」


「緊急事態発生! ヴァンデの反乱軍が見たこともない新兵器を

 次々と投入して軍を蹴散らし、首都に迫る勢いです!」

 早くも難局に直面した清廉の士は目の前が真っ暗になり、

そのまま倒れてしまった。



 マクシミリアン・ロベスピエールが所属する急進左派の

山岳モンターニュ派は封建地代を無償で廃止したり植民地の

奴隷を解放するなど民主的な政策を実行した。だがその

一方で、最高権力者として革命政府に君臨した後のマクシミリアンは

悪名高い恐怖政治を展開したあげく、たった一年で失脚し、

大量虐殺を主導した独裁者として側近らと共に処刑された。

一周目の人生で犯した過ちを繰り返すまいと決意していたマクシミリアンが

公安委員会のメンバーらに対して、いわゆる1793年憲法の早期施行と

死刑制度反対を訴えた直後、矢継ぎ早に入ってきた

国内の大規模反乱と旧王族の脱獄の報告にその場にいた

誰もが耳を疑った。国を揺るがす緊急事態発生の知らせに

動揺したせいかマクシミリアン・ロベスピエールの体調は急激に悪化し、

机の上に顔面を打ち付け、昏倒する事態に陥った。


「同志ロベスピエール! 大丈夫か!?」

 明らかに嬉しそうなニヤニヤ笑いを浮かべながら

ポール・バラスが叫んだ。


「この様子じゃ、公安委員会での任務に耐えるのは無理そうだな。

 先ほどの非現実的な提案は、体調不良で一時的に

 正常な判断ができなくなっていることを証明しているではないか!

 なあ、皆もそう思うだろう?」

 童貞眼鏡マクシミリアンよりも過激な思想の持ち主であるコロー・デルボアは

早くも彼を委員会から追放することを考え初めていた。


「黙れ! マクシムを侮辱する者はおれの敵だ!」

 サン・ジュストは白目をむいて口から血を流している

ロベスピエールを胸にしっかりと抱きしめながら

テルミドリアンたちをにらみつけた。


「なんだよ。おまえだって、さっきはすごく不満そうな顔してたくせにさ。

 何で命がけで童貞眼鏡そいつに尽くすんだか、

 さっぱり理解できないんだけど。お前らまた、

 ギロチン心中するつもりかよ」

 そう言って挑発するビヨー・ヴァレンヌを無視して

マクシミリアンをお姫様抱っこした天使サン・ジュスト

部屋を出ていった。



 土気色の顔でうめき声をあげて苦しむマクシミリアン・ロベスピエールの

手を握りしめ、枕元でめそめそ泣く天使の姿を小鳥がじっと見つめていた。


「うう……わしはもう政界から退いた方がいいかもしれない。

 王を殺し、旧体制アンシャンレジームを壊せば幸せな未来が待っていると

 信じて戦ってきたのに、現実はどうだ? 国は乱れに乱れ、

 飢えや貧困に苦しむ民を救うこともできず、内戦まで起きる始末。

 共通の敵である国王を消してしまった今では、革命家同士で

 対立し、再び殺し合うことになるだろう」


「そんな……。マクシムがいないと寂しいよう」


「ウェーッ! 顔中にチュッチュしてやがる!」

 小鳥は羽で目を覆った。

 突然、病人の枕元に置かれた洗面器の中の水が波立ち始め、

国民衛兵の将校の顔が映った。


「議員殿、魔法通信で急ぎの報告があります!

 脱獄した旧王族の連中が反乱軍と合流したとの

 知らせが入りました。勢いに乗った敵は、

 パリへの侵入を食い止めるべく派遣された

 国民衛兵の部隊を全滅させ、国民公会の

 建物目指して進んでいます」


「何だと!? すぐ現場そちらに向かう。マクシム、愛してるから

 いい子で待っててね。チュッ」

 天使が国民衛兵隊長だった頃から片思いしている

将校はラブラブぶりを見せつけられたショックで

うつむいて押し黙ってしまった。


「そうだ。魔力の流れに乗って行けば早く着くんじゃないかしらん」

 せっかちな天使は水に飛び込もうとしたがずぶ濡れになっただけだった。



「ピーちゃん、あんたの出番よ」

 天井裏で監視しているシャルロットに念話で

命じられた小鳥は錠剤を飲んで鳳凰に変身し、

聖なる力を童貞眼鏡マクシミリアンに羽ばたきで送って

体の回復を早めてやった。色々な意味で元気になった童貞眼鏡マクシミリアン

シャツが透けて乳首が見えている恋人(男)のエロい姿に

ムラムラと興奮を覚えてベッドの中に引きずりこんだ。


「マクシム! 治ったの? 本当によかった。

 あっ、まだ寝てなきゃダメだよ。ああん、ダメェ、

 そんなに強くしごかないでったら!」

 身をくねらせて、じらしてみせた天使のエロいしぐさに

あおられた童貞眼鏡マクシミリアンは鼻息荒く


「ルイ! わしを置いて行くなど許さんぞ! 罰として、

 一晩中寝かせてやらないからな」

と宣言した。



あとがき 今日は8月25日です。小鳥が

「サン・ジュスト君、257回目のお誕生日おめでとう!

 誕生日まであと一か月足らずで首切られちゃったから

 27歳になれなかったけどね」

と籠の中で言いましたとさ

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