第33話 マラーとロベスピエール

 マクシミリアン・ロベスピエールは先ほどの空中戦の末に

命を刈り取られ、墜落した反乱軍の構成員らの血で

赤く染まった通りを駆け抜けた。

そこらじゅうにゴロゴロ転がっている生首や胴体を

平気で踏み付けながら、恋人(男)たちは追いかけっこをした。


「もう別れよう! 今のこの状態こそがわしの醜い内面を表した

 真の姿なのだ! おまえにだけは知られたくなかったのに!」

 マクシミリアンは二本の鎌と化した腕を振り回しながら、

絶叫した。


「何言っているんだ! 殺人機械ギロチンに頼らず、

 自分の手で敵の首をバッタバッタ

 はねるなんて、カッコイイじゃん!」

 サン・ジュストはキラキラした目で、人間ギロチンに

変身中の恋人(男)を見つめた。


「ええっ!? カッコイイ!?

 あばた面で背も小さいこのわしが!?」

 清廉の士と呼ばれる男が乙女のように顔を赤らめた瞬間、

変身が解けて二本の大きな鎌は血の通った、人間の腕に戻った。


「マクシム! 君はまさしく革命の化身だ!

 その偉大な力の前には誰もがひれ伏すだろう!

 おれは君に一生を捧げるために生まれてきたのだ!」

 天使サン・ジュストは身をかがめて小男の唇にキスすると、

軽々と抱き上げ、愛おしそうにほおずりしながら

コマのようにクルクルと回った。天使のあだ名に

似合わない悪党だがロベスピエールに対して

強い忠誠心を抱いているのは何度生まれ変わろうとも同じなのだ。

そしてこの男は今回も自分の命を犠牲にする覚悟でいた。


「さすが、サイコパス天使。感覚がおかしいわ。

 兄さんにこれ以上余計なことを

 吹き込まないでほしいな」

 二人のやり取りを聞いていた

シャルロットは白けた顔でつぶやいた。

 


 パリに平穏が戻って数日後、机に向かってノートとにらめっこしている

シャルロット(中身は腐女子のリリー)に小鳥が話しかけた。

「リリー、そんなに熱心に何を読んでいるのかな?」


「本部から送られてきた資料によると、近いうちに

 マクシミリアンが見知らぬ二人の男から

 首を絞められ、頭を殴られるなどの

 激しい暴行を受ける事件が発生、

 その時の後遺症が原因で攻撃的な性格に

 なってしまうそうよ。ギロチンによる

 反革命容疑者(とみなされた人々)の虐殺が

 エスカレートしたのは、この時期の

 頭部外傷が理性を失わせ、生まれつき

 隠し持っていたサイコパスな気質が

 前面に押し出されたとみられるので

 24時間つきっきりで警護対象マクシミリアン

 しっかり守るようにですって。性別が違うのに

 お風呂やトイレにまでついて行けというのかしら?

 それなら組織の中から格闘センスのある男性を選んで

 オーギュスタンに憑依させればいいのよ」


「アハハ、そりゃ無理だ。歴史上の有名人

 には憑依できない規則だろ?

 あんたもバケモノ並みに強いから

 何とかなるんじゃないの」

 小鳥はニヤニヤしながらからかった。その直後、

意外な客がマクシミリアンを尋ねてきた。

頭にターバンを巻いた陰気な男は

シャルロットにこう言った。


「マクシミリアンはいるかね? 取り次いでくれないか」 


「キター! マラーのアポなし訪問!」

 小鳥が絶叫した。


「留守だから帰るように言ってくれ!

 ああん、そこはやめて!」

と絶叫するマクシミリアンの声が寝室から聞こえてきた。


「マラーさん、ようこそと言いたいところですが

 残念ながら兄は忙しくてお会いできませんの」

 居留守を使えないのでこう言い訳するしかない。

「国の重大事について話し合いたいんだ。いきなり訪ねてきて

 非常識ですまないが、どうしても今でなければいけないんだ」


「はっきり申し上げますと兄は今、最愛の彼氏と

 布団の中で合戦の真っ最中でなのです。お相手のS氏はもうすぐ

 戦地に派遣され、数か月間会えなくなるのでその前に存分に

 愛を確かめ合わなければ、仕事に支障をきたしてしまいます。

 申し訳ございませんが今日のところはお引き取り願います」

 兄想いのシャルロットはジャコバン派の大物を追い返そうとした。


「恋愛におぼれて仕事を疎かにするなど、革命家として

 ふさわしくない! ジャコバン派のリーダー失格だ!

 おれが説教してやるからそこをどけ!」

 九月虐殺の首謀者である男は攻撃的な本性をむき出しにした。


「うっさいわね。さっさとシャルロット・コルデーに殺されちまえ」

と心の中でロベスピエールの妹は毒づいた。


「先生を馬鹿にする野郎はおれの敵だ!

 しかもシャルロットさんにあんな態度を取って!」

 マクシミリアンは真っ裸で飛び出そうとした

天使をどうにかなだめると、大急ぎで服を着た。


「どうも君は興奮しやすいからここで待っているように」

と告げて渋々応対に出て行った恋人(男)の背中を

今生の別れであるかのように天使はじっと見つめていた。



 一方、カミーユ・デムーランは一人当たり300フランを

費やした豪勢なディナーを前にして顔を曇らせていた。

「ダントン先生、横領は犯罪です! 公金を私的な浪費に

 使ってはいけません!」


「そんなことはわかっているが政治活動のパーティー

 続きで食費がかさむから仕方がないのだ。

 もしバレそうになったら、ロベスピエールたちに

 罪を着せてやるから安心しろ。

 腹の子のためにおまえもたらふく食え!」

金にだらしない巨漢は贅沢な料理を

大きな皿に山盛りにしてパクついている。


「はあ!? そんな無茶な!」


「革命はあいつらのものではない! おれたちのものだ!

 パンテオンにマラーではなく、あの男の遺体が

 飾られる日も近いだろう」

 ダントンのその言葉を聞いたデムーランは

大きくなったお腹をさすりながら、苦し気なため息をついた。

空腹を覚えたのか、胎児はしきりに脚をばたつかせていたが、

あわれな秘書は御馳走を前にしても食欲がわかないのであった。



 マラーとロベスピエールが長い時間話し合っている間、

天井を見つめて退屈していた天使の脳裏にふと

過去の記憶がよみがえってきた。


「先生、目を覚まして。おれを置いて行かないで」

 パンテオンに安置されている棺の前で天使は泣きじゃくっていた。

内部に強力な魔力が流れている高価な棺の中で遺体は腐敗せず、

うっすらと笑みを浮かべてまるで眠っているかのようだった。

 その数日前、シャルロット・コルデーはマラーを殺す計画を中止し

ロベスピエール銃撃事件が発生したのだ。嘆き悲しむ天使の

耳元で女の声で悪魔のささやきが聞こえた。


「ねえ、私に生贄をくれると約束してくれるなら、

 あなたの恋人(男)をもう一度、生き返らせてあげる」

 ギロチーヌと契約した天使はギロチンによる大量処刑を

主導し、自身も処刑された後で革命初期の世界によみがえり、

マクシミリアンと再会を果たした。そして二度目の人生で

マラーが殺された後は二人三脚で恐怖政治を展開し、

共に処刑されたのである。


「ああ、マクシムと同じ刃で一緒に死ねるなんて幸せ。これで

 サン・ジュストとしてのおれの人生も終わる」

 そんな満ち足りた気持ちで最期を迎えたのに、どういうわけか

彼らは三度みたび同じ人生を繰り返しているのだ。


「もしこんな秘密を知ったら重荷に感じるだろうから

 マクシムには絶対に悟られないようにしよう」

 月の光で浮かび上がった首を一周する赤いしるしを

指でなぞると、天使は恋人(男)の臭いが残る布団に

顔をうずめた。

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