第34話 変わっていく未来

 マクシミリアン、ロベスピエール、ダントンと肩を並べる

山岳モンターニュ派の巨頭、ジャン・ポール・マラーは

テーブルをこぶしでドンと叩くと、


「前から思っていたが君は敵に対して寛容あますぎるんだ!」

と大声で怒鳴った。マクシミリアンはあばた面を紅潮させ、

怒りを必死でこらえながら


「いきなり家に押しかけてきた上に恫喝どうかつするなど、無礼極まりない!

 例の九月虐殺は君とダントンが蜂起ほうきコミューンを

 扇動して引き起こしたことだ。革命を成し遂げるために

 手段を選んでいられないのは分かるが、

 あまりに暴力的になりすぎてはいけない」

と言い返した。当時司法大臣だったダントンは、対外戦争でフランスが敗北し

ヴェルダンが包囲されたとの知らせに動揺する市民の闘争心を煽るため、

強い言葉で訴えかけたが、その中で殺人を肯定までして、

聴衆を鼓舞(いわゆる「豪胆ごうたん演説」)した。

反革命容疑で獄につながれた、宣誓拒否した聖職者などの

人々が殺されたのは「彼らが外国勢力と結託して

国内に引き入れようとしている」というデマが

原因であるとされるがこの演説も引き金の一つである。

ダントンは後に容疑者の処罰を怠ったことを咎められ、虐殺の

責任を問われ処刑されたのである。だが罪を犯していたとはいえ、

ダントンは恐怖政治を堂々と批判してくれる

貴重な人材だったことは疑いないが。



「ふん、弁護士あがりがえらそうに。自分だけ関係ないと

 思っているようだが、おまえにも責任の一端はあるのだからな」

 マラーの言葉で、シャルロットはこの時の犯罪に

マクシミリアンがどの程度、関与したかは不明であるが、

まったくのシロではないという通説を思い出した。


「国王を処刑に追い込み、自派と対立する

 右翼のジロンド派の議員たちもほぼ全滅させた

 男を寛容すぎるだなんてどういう

 神経してるのかしら。それにしても

 マラーがロベスピエール宅を最初で

 最後に訪問するのが今日だったとは」

 ちなみに右翼、左翼という言葉の由来は

国会の右側の席に保守的なジロンド派、

左上段の席に急進左派の山岳モンターニュ派の

派閥に属する議員が陣取ったことに由来する。

真ん中に圧倒的多数の平原派、あるいは沼沢派と呼ばれる

中立の議員が座っていた。


「そういえば、議会でジロンド派の連中がロベスピエールを

 独裁を企んでいると攻撃して散々挑発した時期があったんだよね。

 失策続きの政権だったとはいえ、人を見る目があったな」

 シャルロットと小鳥は念話をしつつ、

二人の大物政治家の会談を見守った。


「黙って聞いてりゃ! マクシムの敵は

 おれの敵だ! 許さないぞ!」

 突然、ドアが開いて生まれたままの姿の

ルイ・アントワーヌ・サン・ジュストがなだれ込んで

きたかと思うと、こぶしを振り上げてわめき散らした。


「何だ、ギャーギャーうるせえな……。

 わっ、いきなりダビデ像かよ。

 おれを誰だと思っているんだ?」

 マラーは大げさに驚いてみせたがロベスピエールは

今にもぶっ倒れそうなほどうろたえていた。


「き、君! なんて格好をしているんだ! 雨で濡れた服も

 もう乾いただろうから早く戻りなさい!」

 真っ赤になってとっさにとんちんかんな(外は星空)言い訳をする

ロベスピエールをマラーはニヤニヤしながら見つめた。


「ふうん。チビメガネがこのバリ極左で生意気な天使ガキとまさか

 本当に肉体関係をもっているとは思わなかった。

 敵を欺くために色ボケを装っているのではないかと半信半疑だったが、

 ロベスピエールは流されやすいから肉体的快楽に溺れきって、いずれ相手の

 色に染められていくだろう。かえって好都合じゃないか。

 わざわざおれが説教する必要もなかったな」

 いつまでも居座りそうな勢いだったマラーが

そそくさと暇を告げ、出ていった途端にマクシミリアンは


「やっと帰ってくれた。ルイ、おまえを誰にも渡さない!」 

と叫んで裸の恋人(男)を押し倒した。


 

 ライン方面軍にサン・ジュストが派遣される日が

近づくにつれ、マクシミリアンは憔悴していった。


「うあああ! こっちはこれから何か月もルイと会えないのに

 行きも帰りもル・バの野郎は同じ馬車の中で

 いちゃつき放題じゃないか! このままではあいつに

 大きな差を付けられてしまう!」


「夜中にうるさいな。舗装されていない悪路で

 かなり揺れるのにカーセックスなんてする

 余裕はないと思うけど。まあ、若くて健康な二人だから

 困難な状況の方が恋も燃え上がるかもね」

 禿げ頭をかきむしり、床を転げまわって嫉妬に苦しむ

兄を横目に見ながら、心の中で嘲笑う妹なのだった。



「前世の記憶をもとにデュムーリエもルイ・フィリップも

 国を裏切る前に捕らえて処分できたからひとまず安心だね。

 おれたちの子供の未来を明るくするためにも

 これ以上の汚職はやめようね」

 浮気に気づいた妻、リュシルにビンタされたあとが顔に残る

カミーユ・デムーランはダントンの膝の上に載せられ、

抱かれながら小言を言った。


「ああ、そうだな。ところでマクシミリアン・ロベスピエールを

 どうやって始末しようか?」


「いいこと思いついた! マクシミリアンを派遣議員として

 サン・ジュストと組ませて首都から追い払うのはどうかな?

 サン・ジュストはムカつく奴だけど、戦場では結構役に立った

 じゃん。役目が終わって必要がなくなったら

 呼び戻してロベスピエールもろとも処刑しようよ」

 公安委員会での小競り合いに苦労しつつも、

未だに最高権力者として君臨するダントンは

マクシミリアンに命令を下す立場にあるのだ。


「ふっふふ。あの小男が軍隊でどんなへまをやらかすか楽しみだな」

 上機嫌でダントンはラ・マルセイエーズの鼻歌を歌っていた。



「なんかおかしな展開になってきたわね。兄さんが戦地で軍隊を

 指揮する姿なんて想像もつかないわ。ジョセフ・ル・バと

 コンビを組んだサン・ジュストは

 婚約者のアンリエット・ル・バを任地に

 連れて行くのだけれど、あのカップルは

 とっくに破局しちゃってるし。

 パートナーとして誰を連れて行くのかな?

 まさか人妻ルイーズ? ま、どうでもいいけど

 兄さんのパンツの枚数が少なすぎてあきれるわ」

 シャルロット・ロベスピエールはテキパキと旅支度を進めた。

前世と同じく、今回も一緒に天使サン・ジュスト

旅することを心待ちにしていたル・バ夫妻は

ひどく意気消沈していた。(ル・バの未亡人、

エリーザベトが老境に入ってから歴史家のミシュレに語った

エピソードによると、ライン方面に向かう馬車旅行で

身重の身体だった彼女は天使に

やさしくされて好印象を抱いたという。

若くてかわいい女性二人との

お出かけにはしゃいでいたのだろうか……。

彼女は「亡き夫を忍ぶため」にと言い訳し、

天使の肖像画を死ぬまで手元に置いていた)

エレオノール・デュプレは鼻息荒く、旅に同行させてくれと

マクシミリアンに迫っていたが軽くあしらわれていた。


「やったー! 愛する天使サン・ジュストとずっと一緒にいられる!

 シャルロット、わしと一緒に来てくれ。

 おまえは前に派遣議員になった

 オーギュスタンにくっついて

 リヨンに行って嫌な思いをした

 だろう。だから今回はわしを選べ」

 ロベスピエール兄妹の弟、オーギュスタンが派遣されたのは

住民の多くが革命政府に敵意をもつ地域であった。徹夜で乗馬のまま

決死の山越えをするなど、身の危険を感じることが多かった上、

兄に似ず女たらしな弟は共に派遣された

リコール議員の妻と不倫関係に陥り、彼女と仲が

悪い姉を疎ましく思うようになったのだった。そんな状況に

耐えられなくなった姉は弟に無断でパリに戻ってしまった。

それ以降、決定的に弟との関係は悪化し、ついに修復できないまま

死別したことを嘆きつつ、シャルロットは

長い余生を過ごしたのである。

 突如としてよみがえってきた前世の生々しい記憶を

持て余しながらシャルロットはつとめて明るい声で答えた。


「うん、わかった。実は私も兄さんに

 ついて行くつもりでいたの。馬車に

 魔法をかけて早く着くようにしようね」


「いやだ! 初めてルイと旅行できるのに!」

 ハネムーン気分ではしゃぐ兄に一抹の不安を覚える妹なのだった。

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