第32話 童貞は嫉妬で覚醒する
ロベスピエール兄妹がいなくなるとすぐに、
ルイ・アントワーヌ・サン・ジュストはフィリップ・ジョセフ・
ル・バの拘束を解き、抱き合ってイチャイチャし始めた。
ル・バは手で数字の6と9を組み合わせた形を作って
みせた後で真っ赤になった。
「何? さっきマクシムとしてたのと同じように
君にもして欲しいの? あん! 言うことをきくから
かじらないで!」
大事な部分に歯をあてられ軽く恐怖を覚えた
ムクドリ、別名シックスナインを再現した。
「ああ、どうしてこんなに苦いのだろう。
マクシムの
甘いのに。きゃん!」
上の空になっているのを見破ったル・バにより、
天使は壁に頭を打ち付けられ、組み伏せられた。
「さっき、おれのことをあのメガネと比べていただろう!
お願いだから、 今この瞬間だけでも
おれだけを見てくれ! 子供まで
じゃないか!」
大粒の涙を流してかきくどく
手で愛撫をくわえながら誤魔化そうとした天使だったが、
嫉妬に狂ったル・バは無理やり
その先にある秘められた
「この中におれたちの子がいるから
少し手加減しようと思ってたけど、
甘かったようだ。おまえがあのメガネを
忘れるまで、 抱いてやらねば!」
ル・バの黄色い目に怒りの炎が燃えていた。無表情で
されるがままになりながら、どうやって逃げ出そうか
考え込んでいる天使の耳に銃声や悲鳴、爆発音が聞こえてきた。
「何かあったらどうしよう。早くマクシムが
いるところに行かなければ」
がっちりと体をつかんでいるル・バのたくましい腕から
抜け出そうともがく天使を見かねた蛇が
ル・バの足に軽くかみついた。
「痛い! あっ、こら、逃げるな!」
「ごめんね、おれはやっぱりマクシムなしでは生きていけないんだ。
アデュー、ジョセフ!」
素早い動作で服を着た天使はそそくさと部屋を出ていった。
「待てえ! 行かせてなるものか!」
ル・バは追いかけようと走り出したが、玄関のドアノブに
絡みついている蛇にとびかかられ、視界が真っ暗になった。
「おい見ろよ。あのさえないメガネ、ロベスピエールじゃねえか!」
翼竜型の魔獣に乗った男がマクシミリアンを
指差して叫んだ。三部会の時代から活躍し、
新聞に似顔絵が何度も載っていたせいで
正体がバレてしまったのだ。
「似ていると思ったら、本人か。前に新聞で見た肖像より
頭がだいぶ薄くてじじむさいな。
とても三十五歳とは思えない」
「こんなところで有名人に出くわすとはツイてるぜ。
連れの女ともども生け捕りにして人質として
革命政府との交渉材料にしようぜ。
身代金を吹っかけてやるんだ」
反乱軍の兵士たちは金と聞いて色めきたった。ハゲじじい
呼ばわりされて頭に血が上ったマクシミリアンは、
「黙れ! わしはハゲてなどいない!
最強の童貞の底力、見せてくれるわ!」
と絶叫すると、両の
手のひらから電流を放って反乱軍の戦士たちを
あっという間に蹴散らしてしまった。
「ひとまず安心だな。家に帰ったらオレンジむいてくれ。
ところでどうして体をそんなに折り曲げているのかね?」
「頭を守るためよ! 油断しないで兄さんも伏せて!」
その直後、ジャンヌが笑い声をあげながら、
雪合戦する子供のように巨大な火の球を
投げつけてきた。鳥は急降下して
間一髪で攻撃をかわしたが、近くの民家の屋根を突き破って
落下した。その衝撃で、住人が避難して無人の家の中は
めちゃめちゃに破壊されてしまった。シャルロットは
「お兄ちゃん! どうして目から魔法光線を出して
火の球女をやっつけてしまわないの?」
と悲鳴をあげた。
「だって、あの女があんまりルイにそっくりだから……」
シャルロットは赤くなってもじもじしている
兄を軽蔑の目で見つめた。
「情けない。
始末してくれるのに」
サン・ジュストとル・バが混乱に乗じて
暗殺されることもあり得ると考えた
シャルロットは護衛として蛇を置いてきていたのだ。
「はあ。わしはもうダメかもしれん。故郷の空が懐かしい」
弱気になったマクシミリアンがため息をつくのを
横目に見ながら、シャルロットはこう言った。
「それはそうと兄さん、
残してきて心配じゃないの? まあでも政界引退すれば
パリで議員を続ける彼との恋も終わるでしょうから関係ないか!」
「何だと!? そんなことは絶対に許さん!」
マクシミリアンは即座に服を脱ぎ捨て、人間ギロチンに変身した。
「あらあら、嫉妬で覚醒しちゃった。
ちょうどよかった。これ貸して」
シャルロットは兄の服を着て男装したので弟そっくりになった。
「オーギュスタン……じゃなかった。シャルロット、
戦闘中は援護を頼むぞ」
「まかせて」
鳥は再び兄妹を載せて舞い上がった。
激しい空中戦の末、烏合の衆である
反乱軍はパリから退却し、散り散りになって敗走した。
「なんと恐ろしい。王党派の貴族たちと徴兵制に
反対している農民たちの利害が一致して
あれほどの勢力になってしまうとは。
男性全員に兵役を課す必要をなくすためにも
戦争を早く終わらせてしまえば、
彼らの結束に亀裂が入るかもしれん」
醜悪な化け物と化したままで地面に降り立ったマクシミリアンは
周囲に気を配らずにブツブツ言いながら歩き回っていたので
近づいてくる人に気づかなかった。
「もしかして、君はマクシムなのか!?」
驚きに目を見張る天使の顔を見た瞬間、
マクシミリアンは顔を手で覆って走り出した。
「恥ずかしい! こんなみっともない姿を見られたら、
もう生きていけない!」
「待って! どうして逃げるの?」
逃げる恋人(男)を追いかけて天使は走り去った。
その間にシャルロットはマリー・アントワネットの憑依を
とくべきか、その後の扱いはどうすべきか
例の通信用ノートに質問を書いて所属する組織の
上層部にお伺いを立てていた。
一方、ル・バは蛇にぎゅうぎゅう締め付けられ、
すっかり正気を失っていたのだった。
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