第28話 童貞は天使の愛の深さを知る
「ああ、それもそうだな。ではピーちゃん、力を貸してくれ」
マクシミリアンは、
「わしの体よ、透明になって愛する天使のもとへ飛んで行け!」
と叫んで姿を消した。面食らったシャルロットが
「全裸で出かけるなんて、後でどうなっても知らないからね!」
とわめくのを無視して透明化した最強の童貞は目的地に瞬間移動したが
サン・ジュストが路上で金髪の女を
押し倒している現場に遭遇するはめになった。
「うおおおおお! わしの天使が女と往来でいちゃついている!」
シャルロット・コルデーが投げた凶器がいきなり
頭上をかすめて飛んできたのに気づいた
路上に身を伏せたのであるが、そんな事情を知らない
ルイーズは天にも昇る心地で昔捨てた
「ありがとう、私を守ってくれたのね! 父の命令とはいえ、
あなたを裏切って、好きでもない男と結婚するなんて
どうかしてたわ。さっそく離婚の手続きを……」
だが天使は相手の言葉を遮ってこう言った。
「シーッ! 暗殺者がまだ近くにいる。
ここは危険だからおれの家で話そう」
二人の後について家の中に入っていった。
「うわあ! さっそく連れ込んでやがる!
愛人(男)の目の前で元カノと復縁か!?」
ピーちゃんの心は意地の悪い歓びで満ち溢れた。
だが意外なことに神妙な顔つきの天使の口から発せられた言葉は
「ルイーズ、今のおれは革命にすべてを捧げる身だ。もう別れよう」
というものだった。
「私と革命のどっちが大事なの!?」
金切り声をあげてルイーズは天使の肩をつかんで揺さぶった。
「革命!」
そう言い捨てると、酷薄な天使は女の手を振り払った。
「うそよ、あなたが本当に愛しているのは、革命そのものと
化したあの男よ。テルミドール九日の政変が起きた後、
あなたにしか使うことのできない魔力内蔵石のついた指輪を
市庁舎まで届けてあげたのに、どうして使わなかったの? 指輪に命じて
1794年7月27日、ロベスピエール兄弟らと共に
議会で逮捕されたサン・ジュストは午後十一時に釈放されて、
市庁舎に立てこもっていたマクシミリアンらと合流したのだ。マクシミリアン・
ロベスピエールを一途に崇拝するサン・ジュストが彼を逃がして自分が残るなどと
言い出すのではないかと恐れたルイーズは魔道具職人に高額な
追加料金を払ってまでわざわざそんなオプションをつけたのである。
「いや、おれたちが二度目に逮捕されて離れ離れになった後に使ったよ。
顎を撃たれて傷ついたマクシムが閉じ込められた
独房に行くために。しかもあれは一回使っただけで
燃え尽きてしまってね……。それにマクシムを裏切ってまで
生き残ろうと思ったことは一度もないよ」
「何ですって!? あの男のためにそこまで尽くす価値があるの!?」
ルイーズは目の前が真っ暗になった。しかも
全財産をはたいて買った魔法アクセサリーが使い捨てだったとは。
「わしは愛されてる!」
有頂天になった
顔中に口づけを浴びせた。
「キャハハ、くすぐったい! 誰かおれを触っている。
ウワーッ! いやん、そこはやめて!」
「あんた、一人で何やってんの?」
ルイーズはソファに倒れ込んだ天使を怪訝な顔をして見つめていたが、
手前に二人分の影が伸びていることに気づいてぎょっとした。
「誰か忍び込んでいるの!?」
と言いながらルイーズが後ずさりして転んだのと同時に
薬の効き目が切れて元に戻った小鳥を頭に乗せた
裸の
大量の魔力をもらわなければ透明化を維持できないのである。
「キャーッ! なんて格好なの!? 史上最強の変態だわ!」
床にしりもちをついてわめく女を冷たい目で
見下ろすと天使はこう宣告した。
「おれの愛するマクシムを変態呼ばわりするのはやめろ!
一度は結婚を誓っておきながら、おれがよそに出かけている間に
他の男と結婚しちまったくせして、今更彼女ヅラしてつきまとうな!
分かったらさっさと出ていけ!」
「フン、出て行けばいいんでしょ! あなたは今度の人生でも
私と共に生きるより、その男と死ぬことを選ぶつもりなのは
分かっている。それでも私は絶対にあきらめないからね!」
ルイーズが憤然として出ていった後で
ロベスピエールは恐る恐るこう尋ねた。
「なあルイ・アントワーヌよ、わしと革命のどっちが大事かね?」
「そりゃあ、もちろん……」
自分がどれ程強く愛しているか悟られてしまった後で
女に裏切られた苦い経験を思い出した天使は何も言わずに恋人(男)を
抱きしめ、唇を吸った。それから上目づかいでこう尋ねた。
「ねえマクシミリアン、デュプレの娘よりおれの方が好き?」
「そりゃ、おまえに決まってるだろう! 向こうはしつこく
誘惑してくるが、わしはあの女を愛したことなど一度もない!」
「わかった。でもあいつに侵略されたところを全部、
おれが征服し直すまで君を寝かせてあげないよ。
そんなエッチな恰好して追いかけてくるからには
覚悟してるよね?」
それから半日以上もの間、
アンアン言いながらエム字開脚であえぐのを見る羽目になった小鳥は
翼で頬杖をついてため息の連続であったが、天使が突如、
「ウッ!」
と言いながら口を抑えて洗面所に駆け込んだので目を見張った。
「ひょっとして、わしの体が臭いのか?」
落ち込む
吐き気の原因はつわりなのだった。
「男同士でヤッたら妊娠するなんて、別な革命も進行中だぜ」
小鳥は一人でニヤニヤしていた。
その頃、パリの某所で後に
テルミドリアンと呼ばれることになる公安委員会のメンバーが集まって
作戦会議を立てていた。コロー・デルボアやビヨ・ヴァレンヌ、
バラス、フーシェなどの面々である。
「なあ、そろそろダントンを公安委員会から追い出して
代わりにロベスピエールを入れようぜ。あのバカ、
真面目ぶってる割に嫉妬深いし、ちょっとでも批判されると
すぐキレて処刑しまくるから扱いやすいぜ」
バラスの提案にビヨ・ヴァレンヌが
「ああ、エベールが早々に退場したことだし、ダントンもさっさと消すように
そそのかそう。恐怖政治を公安委員会の皆で力を合わせて
効率よく進めて終わるのも早めるんだ。そして適当なところで
がり勉メガネを主犯格として葬り去った後は、おれたちの天下だ」
と言えば、コロー・デルボアは
「革命も二度目なんだし、もっと過激にしたらどうだ?」
と答えた。フーシェは
「皆さん、単純に考えすぎです。あの男を甘く見てはいけません」
と忠告したが、誰も聞いていなかった。
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