第45話 腹上死疑惑にさらされる童貞
ある晴れた日の正午、貧しいパリの庶民が
大きな木の下に集まって雑談していた。
飢えに耐えながら日々、低賃金で過酷な肉体労働に従事している
彼らの会話に真上で小鳥が聞き耳を立てていた。
「一体、この国はどこに向かおうとしているんだ。
革命家とかいう連中がのさばって、馬鹿の一つ覚えで
古いものを何でもかんでもぶっ壊して。しまいには
王家の墓を破壊せよだとさ。何百年も前の骸骨にまで
八つ当たりするなんて品がないねえ」
ボロボロの服を着た顔色の悪い男が
嘆息するのを聞いてうなずいた後で
もう一人の男がこう言った。
「おれ昨日、変な夢を見たよ。例の
革命とやらで無能な王と貴族を消して
共通の敵がいなくなった革命家同士の共食いが始まるだ。
しまいには頭がおかしくなった政治家が変な法律を作ってさ。
誰でも簡単に反革命の疑いで捕まえたら、次の日に首ちょんぱ
する決まりができたけど、その法律でそいつ自身の首が
はねられて、そこにいた皆が
拍手喝采したところで目が覚めただ」
それまで黙っていた三人目が口を開いた。
「いかにもありそうなことだ。それにしても給料が上がらないのに
ものみな値上がりして生活が
苦しくて大変だ。えらい人たちが作った
新しい法律で何とかならんのかね。
おまえさんの夢ではどうだった?」
「全然うまくいかなかっただよ」
「やっぱりな」
今回も山岳派政府は物価上昇を抑えるため、
最高価格統制法を制定していたがこの法律に
大した効果はないという記憶が皆の頭にうっすらと残っていた。
木の枝から飛び立って帰宅した後、小鳥はシャルロットに
内容を報告した。
「なあリリー、不景気を何とかできないのか」
「経済政策はどんなに優秀な隊員でも難しいのよ。この私でも。
とはいえ食糧事情を改善すべきだわ。
地下に出来たダンジョンから逃げ出した
魔獣を捕らえて食用にできないかな。さっそく貧民街に行って、
鳥型の魔獣の肉を焼き鳥にしたのと、
魔獣の卵で作ったオムレツを
配ってきましょう」
「うう、やめてくれ。おれの目の前で鳥を食べられると
気分が悪くなる。それに魔獣には
毒をもってるものもいるらしいぜ。
人に食べさせる前に自分で試食しな!」
小鳥は開いた窓から逃げ出した。
「一理あるね。デュプレのババアにでもこっそり食わせてみるか」
シャルロットは卵を持って行ったが
怪しんだ娘のエレオノール・デュプレに
つっけんどんに追い返された。戻ってくると置きっぱなしの
オムレツやチキンステーキをマクシミリアンと
サン・ジュストがバクバク食べているではないか。
「しまった。男どもの食い意地を甘く見ていた。
もし後で副作用が出たら、護衛対象者を
殺そうとしたとか本部に難癖付けられる」
肉好きな天使サン・ジュストはすでに三人前は平らげていた。
「マクシム、これおいしいね。シャルロットさんの手料理?」
マクシミリアンはそれには答えずにシャルロットに尋ねた。
「シャルロット、ちょうどよかった。ピーちゃんが
どこにいるのか知らないか?」
シャルロットは呆然としながら焦点の合わない目でブツブツ呟いた。
「兄さんと天使君がさっき食べた肉……」
「何だって!? わしらにピーちゃんの肉を
食わせたのか!? 許さん!」
「おねえさま、冗談キツイなあ。マクシム、窓の外を見て」
カラスに追いかけられ、死に物狂いで逃げ回るピーちゃんを
指差して天使はケラケラわらった。
翌日、マクシミリアン・ロベスピエールを訪ねてきた天使は
彼の住んでいる家の前に女性のファンが大勢集まって
いるところに遭遇した。
「先生、今日はお出かけにならないのかしら?」
「このお手紙を渡したら読んでくださるかしら。
あら、サン・ジュストさん、これを先生に届けてくださいな」
キャピキャピとはしゃぐ女性の群れに軽薄な天使は
「やあ君たち、僕とお茶しない?」
とナンパしたが、皆一斉に無言で目をそらし、
くるりときびすを返して去っていった。
「ああ、何だかむしゃくしゃする! 贈り物も手紙も
デュプレの娘の部屋に全部投げ込んでやれ!」
不機嫌な天使の視界にエレオノールのベッドに横たわる、
裸のマクシミリアンの姿が飛び込んできた。
「マクシムの裏切り者! おれを捨てて
あの女と……何だ、人形か。
いやらしい女だな。これはおれが預かっておく!」
マクシミリアンが意識不明になっている間に
エレオノール・デュプレはこっそり粘土で型を取って
思い人の等身大フィギュアを作り、
隠し持っていたのである。奥の部屋から
「ルイ・アントワーヌ、来ているのか!?」
と叫ぶマクシミリアンの声を無視して
天使は外に飛び出すと、ル・バと共に
馬車に乗り込み、規律乱れる軍を
監督するため再びライン方面に旅立った。
「こらっ! 泥棒猫! 先生を返しなさいよ!」
とわめきながら、しばらくの間、エレオノールが
馬車をおいかけてきた。
「うふふ、これでさびしくないね。マクシム、毎日
一緒にねんねしようね」
女物の扇情的なデザインの下着を着せられ、頭に
うさ耳カチューシャをつけた人形にほおずりする天使を見て
頭にきたル・バは人形をひったくった。
「悪趣味な! ええい、こうしてやる!」
馬車の窓から路上に投げ捨てられた人形の
首がぐしゃりと折れ曲がった。
「何するんだ! すぐ馬車を止めないと絶交だ!」
マクシミリアンの壊れた人形を泣きながら抱きしめる
天使のまわりに野次馬が集まってきた。
翌日、パリの新聞に
「清廉の士が女装姿で変態プレイ中に馬車から落ちて死亡。腹上死か!?」
という見出しが踊り、誰もが目をむいたのだった。
「とんでもない中傷だわ。兄さんが病気療養中なのをいいことに、
でたらめを書いて」
とシャルロットは憤慨したのだった。
「バカ野郎! よくもマクシムの人形を壊したな!」
「ごめんよぉ。仲直りのチューしよう」
ジョセフ・ル・バはタコのように唇を突き出して
天使サン・ジュストに顔を近づけたが、天使は
歯を食いしばってル・バを手で押しのけた。
「どうしよう。旅の間に距離を縮めてロベスピエールから
ルイを奪い取る計画だったのに、すっかり怒らせてしまった。
もしエリーザベトがいてくれたらやさしく機嫌を取ってくれるのに」
膨れ面でむっつりと黙り込んだ友人の顔色をうかがって
オロオロするばかりのル・バは今回妻を連れてこなかったことを
悔いていたが、とうとう意を決して話しかけた。
「なあ、その箱をそろそろ開けてみたらどうだ?
久しぶりに会った妹さんからの贈り物だろ?」
「ううん……。なんか気が進まない。おれは
お前と違って家族と仲が良くないからなあ。
離れて暮らしていた時期が長かったからかも」
天使は生まれてすぐに里子に出された後で
伯父に預けられた。そして家に戻ったが年老いた父は
幼い頃に死に、母や妹たちとあまり打ち解けられず
寄宿学校で大勢の仲間と群れて
過ごす方が楽しかったのだ。ル・バは何も考えずに
思ったことをそのまま口にした。
「そうなのか? ロベスピエール氏なんか、
小さな頃にお母さんと死に別れて妹さんと別の家に
引き取られたのに、今じゃ奥さんと間違われるほど
べったりじゃないか」
「なんか、その言い方だとおれの性格に
原因があるみたいに聞こえるぞ」
ムッとした天使はこれみよがしに人形の股間を手でまさぐって
みせたが、つるぺただったのでガッカリした。
「なんかいまいちな手触りだと思ったらマクシムは
意識不明の時に貞操帯つけてたんだった……」
肝心な部分の再現度の低さに幻滅した天使は
人形とのエッチな遊びをあきらめて自分の隣に座らせた。
「いや、妙齢の女が男のそんな場所をジロジロ見て
緻密に再現していたら、世も末だろ……。
そうだ、紙粘土で作って付けたらどうだ?」
「……もういいよ」
二人を載せた馬車は大分パリから遠ざかっていた。窓の外にはのどかな
田園風景が広がっている。ル・バはあまりの
気まずさに狸寝入りを決め込んだ。
「退屈だなあ。あれを開けてみるか。おお、
刺繡入りのネクタイだ。こりゃ気が利いてるな」
複雑な幾何学模様に見せかけたテルミドリアンたちの名前が
刺繡されていることに気づいた天使はクスッと笑った。中に
添えられた手紙には
「お兄ちゃんへ。ルイーズさんと一緒にこれを作ったよ。
将来役に立つと思うから大事に持っててね」
と書かれていた。
「おれは愛されてる、フフフフーン。マクシムにも後で見せよう」
さっきの不機嫌はどこへやら天使は一人でニヤニヤしていた
がその直後、馬車の車輪が溝にはまって車体が大きく
傾いて、天使の身体はふわりと宙に舞い上がった。
「ルイ・アントワーヌ、けがはないか!?」
「うん……」
向かいの席のル・バに抱き留められた
天使はたくましい胸板に顔をうずめて少しの間、
じっとしていた。欲情したル・バは獲物を逃がすまいと
腕に力を込めたのでハッと我に返った天使は
ジタバタ暴れ出した。
「離して! あっ、大変だ!」
マクシミリアンの人形の首が落ちて床に転がっている
ことに気づいた天使は悲鳴をあげた。しかも
顎が粉々に砕け散っているではないか。それはまるで
彼が前世で迎えた悲惨な最期を再現しているかのようだった。
「不吉だ。マクシムの身に危険が迫っている!
一刻も早く帰らなければ!」
急に恋人(男)が恋しくなった天使サン・ジュストは
外に飛び降りると、包帯でグルグル
巻きになったぶっ壊れた人形を
小脇に抱えてパリに続く道をひた走った。
「おい、待てって! 一体、どれだけ
離れてると思ってるんだ!?」
ル・バは馬車を道端に乗り捨てたまま、ひらりと馬にまたがると、
全速力で友人を追いかけたが、なぜか
どうしても追いつけないのであった。
「おかしい。ルイはもともと運動神経はいい方だけど、
あそこまで足早くなかったよな?」
はるか彼方に豆粒のような点にみえる背中に追いつくことは
もはや絶望的であった。出発前に魔獣の肉を摂取したせいで
天使の身体がドーピング状態になっているとは
知る由もないル・バは乗っている馬がぶっ倒れて落馬した。
ところでパリに残されたマクシミリアンは
あいさつなしで天使が去ってしまった
ので動揺して精神的に不安定になっていた。
「わしは捨てられた! ルイはわしのことなど、
もう愛していないに違いない! 命がけの純愛を
失って、どうやって生きて行けばいいのか!?」
シャルロットは大声で嘆く兄を持て余してうんざりしていた。
「大丈夫よ、兄さん、天使君はたまたま急いでいて
気づかなかったのよ。今度の人生でも彼は最後まで
兄さんを裏切ったりしないでしょう」
口ではこう言いながら、心の中では悪態をついていた。
「大げさな! 気が小さいったらありゃしない。
お互いに浮気してるくせにどこが純愛なのよ!」
すると突然、階下が騒がしくなった。
世紀の大誤報を信じ込んだ
弔問客たちが押し寄せてきたのである。
「偉大な政治家のロベスピエールさんの死に
お悔やみ申し上げます」
「この度はご愁傷様です」
などと口々にあいさつされたデュプレ家のメンバーは
やっきになって否定した。
「だから、さっきから何度も言ってるじゃないですか!
先生は死んでませんってば!」
「まあ、悲しすぎて認めたくないんですね。
お気持ちは痛いほどわかります」
押し問答が続くわきをすり抜けて
喪服の親子がマクシミリアンの居室に侵入した。
「兄さん、早く外に出て皆に顔を見せないと」
シャルロットは錯乱した兄を無理やり外に連れ出そうと
したがロープをもった見知らぬ親子と鉢合わせした。
「あんたたち、誰!? 勝手に入ってこないで!」
「今から噂を本当にしてあげる。邪魔するなら殺すよ」
「生意気な。私があんたたちを捕まえて
暗殺団を根こそぎにしてやる!」
十歳くらいの少年と顔をヴェールで隠した女は
恐ろしい速さで攻撃を繰り出してきた。シャルロットは
電気ショックをかけたが効かず、蹴りもパンチもかわされて
戦うことをあきらめた彼女は弱って走れない兄を
連れて瞬間転移の術で逃げることにした。
しかし間の悪いことに天使の間抜けた声が響いてきた。
「ただいまーマクシム。行ってきますの
チューするのを忘れてた!」
「コラ! わしに近づくな、ルイ・アントワーヌ!!」
「天使君、今、こっちにこないで!」
「何だって!? おれをのけ者にするなんてひどい!」
意地悪されたと勘違いした天使はむきになって
寄ってきた。刺客たちは
「サン・ジュストだ! この男を処刑すれば王への供養になる」
と色めきたち、首に縄をかけるとそれぞれ右と左の端を
もって引っ張り始めた。
「やだ、この人、アントワネットじゃないの!?
隣にいるのはルイ17世!? 有名人の身体を乗っ取る
隊員を見かけ次第取り締まるよう本部から
通知が来たばかりだからちょうどよかった。不正憑依解除!」
魔獣の涙から抽出した物質を混ぜ合わせた
香水をかけると有名な親子に乗り移った違反者は元の世界に
強制送還された。男二人の記憶を消した後で
シャルロットは親子を外に追い出した。
「マクシム! やっぱりホンモノの感触が一番だ!」
「ああん、そんなところをもみもみしないで」
目をトロンとさせたマクシミリアンの華奢な身体を
抱きかかえて天使は寝室に消えた。
「ちょっと、お兄ちゃん、このままじゃ本当に
死んだことにされちゃうよ!」
シャルロットはドアを叩いて大声でわめいたが、
えらく情熱的な恋人たちはその後三日ほど部屋から
出てこなかったのだった。
フランス革命エロ妄想奇譚 よみがえった童貞魔法使いは最強の色ボケメガネ ミミゴン @akikohachijou
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