第三章

第三章 第一節 闇の中へ

 ロスタムに待っていたのは一斉の弓矢の雨であった。


 結界の外から来た人間どもが打つ雨のように降ってくる。


 その矢にはほんの少しの反魔導物質が塗られていた。もちろん、人間にも多少の害があるが、暗黒竜の血筋を持つロスタムにとってそれは猛毒であった。


 巨大な暗黒竜が落下する。


 今だとばかりにさらに反魔導物質の石が置かれ、シャシーが魔法を唱える。暗黒竜の姿になっていたロスタムの体が近くにいた竜馬ラクシュもろとも沈んでいく。さらに落ちた穴に向ってギリメカラが猛毒の霧を吐いた。


 魔法陣の中でもがき苦しむ。


 「我はインドラの妻シャシー」


 耳を疑った。そこに居るのは三面六臂さんめんろっぴ義憤ぎふんの戦士。


 インドラに犯されながらも阿修羅族の神々を裏切り、天にいた同族らを追放した裏切りの神が人間を率いてロスタムを殺そうとしていたのだ。しかも天敵であったはずの鬼族帝釈天の乗獣、ギリメカラに乗っているではないか。


 しかし、青銅の鎧イスファンディヤールを打ち破った弓矢なら!


 ゆっくり沈んでいく己の体を安定させながら巨大な弓を放っていく。もう自分の体が首の辺りにまできている。


 「当れーっ!」


 矢を放つもむなしく外れる。


 「魔王を沈め殺せ!」


 兵士の声を聞きながら闇の沼に沈んでいくロスタム。息が出来ない。


 (ここまでか)


 しかし、声が聞こえた。


 ――わが子孫よ、そなたに力を渡さん。そなたの力は闇のものでもある。


 声が聞こえなくなると……闇の帯がロスタムに次々突き刺さる。帯から力の波動をもらい受ける。それは漆黒の竜の姿。


 ――それがお前の本当の姿。だが今は裁きの時ではない。我は力を蓄える時期。我らの眠りを妨げるものに死を与えるのだ。わが子孫よ。


 さらに闇の帯を体に食らうと尾の先端がさそりのようなおぞましい尾に変わっていく。鱗がまるでいなごのような甲殻の表面に変わっていく。光と闇の鱗が入り混じる。そしてそのまま魔法陣を飛び出した。


 「そ……んなばかな」


 その姿は闇の鱗と光の鱗が混じる竜であった。


 竜から放たれた尾に突き刺され、悲鳴が木霊こだまする。さらに竜の口腔こうくうから黒と白が入り混じる閃光が人間とシャシーとギリメカラを消す。


 首をめぐらせると結界が破れた箇所がある。


 ――その破れた場所に己の力を解放すれば結界が再び修復される。


 ――今のお前そのものが巨大な魔導石そのもの


 ――そして光と闇の血肉を持つお前に課せられた使命。


 ――犠牲になる勇気はあるか?


 内なる声が聞こえた。


 「ああ」


 肉声で答えた。


 禍々しき暗黒竜と光の竜の化身は咆哮とともに己の力を解放させる。


 このとき周りが闇と光の煙一色になったという。


 そして結界は修復された。


 ――復活の時まで我を見張るのだ。我とお前は敵同士にして同じ血筋。これ以上の適役はいまい?


 ――ああ、お前を監視するんだな。結構なことだ。この大地に居場所はもうないからな。


 その声に答えるとロスタムは大地の底に沈んでいった。

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