第四章 第二節 小さき希望

 ――闇が支配して千年が経とうとしていた。


 ザッハークが王となってから実に千年が経とうとしていた。そんな覇者の王にしきりに悪夢が襲う。人である英雄に殺される夢を何度も見ては目覚める日々が続いた。


 ザッハーク王が治める王国の街はすでに人間牧場となっていた。ゆえに警備は甘かった。いや、「牧場」であるゆえにわざと警備は軽くしたともいってよい。人々はせめてものの抵抗として地下下水道のさらに下、いや本当はここも貯水池であって地下水道なのだが……。この世の地獄に希望の街を新たに作っていた。そこを拠点にレジスタンスを繰り広げていた。その抵抗もむなしく、大魔達の手のひらで踊っているにすぎないのだが。

 地下下水道ゆえに衛生状態は酷かった。食糧も外や街から調達するのも命がけであった。外から調達できない場合は毒かもしれぬ魔の汚水を煮沸しゃふつして飲むこともあった。レジスタンスは魔への生贄となる第一優先順位であった。ゆえにレジスタンスを嫌う人間も多かった。とはいえいざとなったら、人は地下街に逃げ込むのが常であったが。


 レジスタンスのリーダーは武器及び防具を作る鍛冶屋の親方が代々受け継いでいた。武器と防具は抵抗活動の要であったからである。この時代のリーダーの名をガーウェという。すでに十七人もの実子と戦で失った養子を生贄に捧げていた。それでも予知夢にうなされていた王は特にこの鍛冶屋の息子を特に生贄に差し出すことを要求していた。王は残り一人となった戦死した家族の赤子を差し出す命令を下していた。さらに地下抵抗をやめ、代わりに農奴となることを要求していた。

 このことが本物の勇者誕生へと導くことになろうとはなんたる皮肉であろうか。

 レジスタンス達はとうとう蜂起を起こした。そんな時、地下街に一人の半魔がやってきた。名をビルマーヤといった。雄牛の角と蹄の足と牛の尾を持った人間の姿で戦装束を着ていた。今回は蹄の部分は靴で隠し、尾も隠している。人間に手招きされてやって来たのであった。ザッハーク王はまだこの時は遊戯感覚で攻め入る段階であった。鍛冶屋へビルマーヤは訪れた。


 「ガーウェよ。久しいな。死の国に向かう途中の我を救った人間よ」


 ジラント王国所属でなかったらビルマーヤも処分されていたことだろう。


 「ガーウェ、すまない。お前にこのような業を背負わせてしまって」


 その答えにガーウェは無言だった。


 「この地下も戦になるのであろう。ここも地獄となるでろう」


 「そうだ」


 ようやくガーウェは声が出た。


 「農奴となることを王は要求しているが、実態は人間牧場送り。あるいは全員食い殺されるのがオチだろうな」


 「ああ」


 「この地域の人間は滅びる。街ごとな。今どんどん地下に逃げ込むものが増えている。おそらく皆殺しだろう」


 「分かっている。だからこそ、お前にこの子を育てて欲しい」


 「私の正体を知っておるのであろう? 我は牛魔ぞ」


 「分かっておる」


 「この子は、最悪人の姿をした魔になってしまうのだぞ。あるいは今すぐ我が心も私が魔にしてしまうかもしれん。母国ジラントに帰った後に我がこの子を魔へと」


 「わかっておる。それでも妻と一緒に逃げて欲しい」


 妻も現れた。マンスールという。


 「この子と妻を頼む。魔であっても真であってほしいのだ。願わくば人を救う子にしてほしい」


 「その心意気やよし。そなたに問いたかったのは覚悟よ。あいわかった。この子をもらうとしよう」


 妻は赤子を絹でくるむ。妻は自分背に赤子乗せた。


 「短い間だったが、わが子のように育てたかった」


 「今日から、私が親だ。行くぞわが子よ」


 ――息子、か


 「魔の姿の私であれば、軍勢をごまかすことも出来よう。妻は奴隷と言えば誤魔化すこともできよう。後は兵隊には妻と子を魔族にさらわれたと言え。事実そうなのだからな。妻と子の事は忘れるのだ。さらばだ」


 そう言うと去ってしまった。


 しかし、まもなく酒場から地下へと通じるマンホールが打ち破られ、戦が始まった。


 魔と人間の戦など勝敗はすでに決まっていた。牙や鍵爪、炎や氷でもって次々嬲り殺されていく人々。


 「この地下街を破壊せよ! 爆破するのだ!」


 隊長と思われる緑の竜人が命令を下した。最前線に配置されるのは人間と魔のハーフである半魔の仕事と決まっていた。半魔たちは炎を吐き、尾で柱をなぎ倒し、爆発魔法で地下のアジトを殲滅した。


「作戦修了! 地上に戻るのだ」



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