第四章 第一節 闇の千年王国
異形のものとして追われる身であったはずのザッハーク王子は、すべてに絶望していた死人の懇願を受けて、暗黒の者となった大軍をひきつれてマルダース王国へと帰っていった。中には肉片と化した者もいたが、ほとんどはタルウィ、ザッハーク、ザリチュの鱗によって、無事に魔の者として生を取り戻した。そしてザッハーク討伐の命を下したマルダース五世は、篭城むなしく魔軍にあっという間に敗れ、逆にザッハークによって斬首刑とされた。最後は
こうして実の父を殺し、名実共に王となり、ザッハークはペルシャ大陸を掌握した。ザッハークはアラビア半島をも手中に収め、ここに新生マルダース朝ペルシャ帝国成立を宣言した。恐慌状態に陥っていた城下の住民を見たザッハークはこの光景が気に食わなかった。そこで千の魔法を使うザッハークの魔力により自我を失い、人間を凱旋パレードへ借り出した。国民を洗脳する魔法など、アジ・ダハーカの化身にとっては容易なことであった。魔族の軍がすべて通り過ぎたときに我に戻る国民達はこの時から絶望が始まった。
本体であるアジ・ダハーカはジャムジードに程近いクリンタにてクリンタ城を建設。そこを根城とし、竜王ザッハークを
ザリチュはカーグ藩王国にて祭られている修羅剣を「闇の石棺」に封印した。二度と光の勇者が現れぬよう。
タルウィはカーグ藩王国に近いミスラの杖が祭られているかつての神殿をことごとく破壊し、殺戮しつくした。
これでもかと、これでもかというほど――!
タルウィは壮絶な笑みを浮かべ、喉を鳴らしながら血肉のかけらを全て踏みつぶす。
最後に本来の使命であったミスラの杖の封印は銅像ごと「闇の石棺」に封印した。二度と光の勇者が現れぬよう。まさに背徳の神官である。
こうしてアフラの神々を追放した大魔ダエーワたちはすでに不死の酒を飲んでいたインドラによって手渡された神酒によってザリチュ、タルウィは寿命という意味では不死となった。そこにはアジ・ダハーカの化身となったザッハーク王もいた。
ザッハーク王は国民に生贄を定期的に要求した。肩についた暗黒の蛇が人間のこめかみを食い破り、脳を喰らいつくす。魔となってからはこの味が忘れられなくなったという。もちろんその味は王子を傀儡とする本体アジ・ダハーカも同時に絶望と狂気が織りなす美味を持つ
ザリチュ、タルウィは再び人間界に出ては遊戯感覚で実戦し、様々な被造物を破滅させ、植物を滅ぼし、砂漠に戻した。
サルワこと破壊神ルドラは暗黒の大蛇の姿になって本性を現す。己の廻りに巨大な嵐を作り出し、人間の街や村々が破壊される様を嬉しそうに見ていた。暴風の破壊神の醍醐味であった。人に近しい状態に戻ると悍ましき
インドラは乗獣ギリメカラに乗りながら人間の村々に雷を落としまくった。こげゆく死体をみながら地上に飛び降り生き残った村人を鉾で殺戮していく。全てが終ると暗黒の鎧で固められた鎧兜の一部であり、己の体の一部となっている口元の面頬の一部を取り外す。己の臓器の一部と化していた
暗黒の面頬から見えるのは雪のように白い肌であった。床に置いた面頬が鼓動しながら生き物のように蠢く。その白肌が血の色に染まっていく。咀嚼と吸血の音が滅びた村に響き渡った。
と、そのとき廃墟に隠れていた女の存在を角から感じる気配と額の
娘は目の前に突然生じた絶望的な光景のため我に戻ると悲鳴を上げその場から逃げ出す。その時、青銅の鎧を着たものが地中から暗黒の渦を出現させて地上に現れた。イマ王であった。イマ王は表向き大魔の敵であるため、天界にいる場合を除き隠密行動せねばならなかった。冥土物質で覆われた鎧を着ている。インドラが約束どおりイマ王の体躯と魂を復活させたのだ。イマ王が娘の逃げ道となる行く手を阻む。そしてイマ王は獲物の手足を地面に抑え込み首を締めあげた。娘の悲鳴が止まった。するとまた剥離音が廃墟に木霊する。
インドラは完全体の大魔で唯一人間の死体に種を仕込む事で毒蟲を誕生させることが出来る
「
凛とした少女の声で言う。インドラが人の命を殲滅し新たな滅びの種をまいた後に必ず
インドラは再び鎧兜の全てを身に纏い会心の笑みを浮かべながらゆるりと歩き……床に置いた面頬の欠片を再び己の顔にはめた。すると面頬の貌は火のような歪んだ笑みとなった。やがてインドラは暗黒の象ギリメカラと共に天空へと飛び立った。インドラが飛び立つのを見届けるとイマ王は再び暗黒の渦を出現させて地中へ沈む。
「ギリメカラよ、我ら鬼族が治めるふさわしい暗黒の色に空を染めよ」
「承知」
命令を聞くとギリメカラは口から嬉しそうに紫色の煙を吐き出す。下界では人間は次々倒れていく。ギリメカラが吐く煙は病をもたらす煙であった。
しかし、人間を完全に根絶やしにすることは彼らの獲物がなくなる事を意味していた。そこで大魔アエーシェマが欲望の霧を出し、不義の子を次々と生み出していく。大魔達はその街をこう呼んだ。
「人間牧場」と。
さらにアエーシェマの行為を見届けると、空から黒き羽を撒き散らし舞い降りた黒鳥がいた。いや、黒鳥ではなかった。天使と見間違いがえるほどの美を誇った魔がハープをもって音をかき鳴らす。すると人々は
その音はアエーシェマによって引き起こされた罪への嘆き、そして亡くなった者への鎮魂歌であった。雨が突然降り出す。雨が魔力を帯びた歌を人へ運ぶ。その後、黒き羽と額に二つ角を持つアカ・マナフが魂の安らぎを黒き雨を通じて撒き散らした。
こうしてペルシャの大地にはゾロアスター教の主神・
アカ・マナフはさらにインド側に近いヴァルナ神殿を襲った。音で眠らせた後に一思いに石化させた。せめてものの優しさだった。
その後、最後の神器ともいわれる水神、ヴァルナの鉾と竜鱗の剣を封印した。そしてこの神殿に近づく人間に対しては黒き雨を通じて信仰を失わせていった。その後、廃墟となった神殿をアカ・マナフはなぜか根城にした。
神官と正義感の強い戦士は大魔達によって粛清された。
すべてに絶望していた人間の前には、ザリチュが現れた。それはすべてからの解放であるのと同時に、人間にとっては絶望と狂気からの脱出を意味した。魔となることができたからである。
ペルシャ大陸はこうして千年もの間暗黒の支配に置かれることとなる。
アフラの神殿はことごとく破壊され、代わりに
隣国は魔や半魔が入ってこられないよう、連合同盟を結び、魔術師を大動員し、結界を作ることに成功した。よってペルシャ帝国は封じられることとなった。それは同時にペルシャ帝国への平和の確約となった。そして同時に人間は友好国であるジラント王国以外への出国ができなくなってしまった。ジラント王国も魔の王が治める国として人間に封印されてしまった。
人々はあるものは地下街に潜り込み徹底的に抗戦した。あるものは黒き海を経由し、凍てつく北の大地へと移住した。そこはペルシャ帝国の友好国であり、大魔の血を受け継ぎながらも人間の血も混じっているこれまた半蛇の王であるアジ・ラーフラ王の子孫、ジラント王が治める竜王の国であった。そこは人も魔も平和に暮らす国であった。だがそこまでたどり着く前に、兵に見つかりほとんどの人間は殺されてしまっているのだが……。ジラント王は難民を丁重に迎え入れた。
これが闇の千年王国の日常光景である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます