第三章 第四節 光の化身

「お前か! アフラの加護を受けた剣士とは。ここで死んでもらう!」


 飛翔しながら王宮跡地に業火を撒き散らすタルウィ。


 あわてて王宮内に逃げ込むカーグ。


 それを爪と尾で破壊しながら進んでいくタルウィ。


「逃げるだけが能なのか! これでも喰らえ!」


 舌の位置を変えると熱風を撒き散らした。


 タルウィとはアヴェスター語で「熱」を意味する。


 熱の大魔なのだ。


 体中が焼け付くように熱い!


 逃げ回ることを止め、竜の目の前に躍り出た。


「俺の名はカーグ!無きカーグ藩王国の王子だ!」


 修羅剣を出し、光を浴びせる。


「うぐうううう」


 苦しんでいるが普通の魔と違い苦しんでいるだけだ……。


 それどころか、光を跳ね返したではないか!


 「お前がここの元王子か。俺はかつてここの奴隷。この世ですでに呻き苦しみ、地獄の思いをした人間だ。闇によって安らぎと福音を受けた奴隷の子なのよ」


 (元人間……だと!?)


 「王族よ、報いと恨みをここで喰らい、死ぬがよい!」


 まず尾で壁に叩きつけると、瀕死のカーグに業火を浴びせ、さらに爪でなぎ倒した。全身が焼けただれ、血しぶきが上がり、絶叫が谺した。


 見えない……光景が急速に見えなくなっている。すでに光景が白黒となっていた。


 (死ぬのか……)


 ずしん、ずしん、と足音が近づいてくる。


 そして記憶を失っていった。


 ゆっくりとカーグをゆっくりと持ち上げ握り締る。


「弱い。弱すぎる。これが闇の者どもを苦しめた者。そしてここの王子なのか? 俺はこんな奴らに苦しめられたのか……?」


 締める力が徐々に強くなる。


「俺は親に暴力を振るわされ、奴隷として売られ、絶望を味わった。性の玩具にもされた。王族のお前に俺の痛みの何が分かる?」


 カーグの全身からからきしむ音がする。


 「苦しかろう? 闇になればその苦しみも楽になろうぞ。我も闇になり楽になった。この地、今は安息と平和の地ではないか。大魔の赦しを請えば、お前を魔にすることが出来る。お前のその能力は惜しい。お前も人間に裏切られてきたのだろう。人間をこれ以上かばう必要はあるまい?」


 だがしかし、突然修羅剣が輝きだし、呻き苦しんだ。手からカーグを落とす。


 「うぐううう。あくまで抵抗する気か。ならば、お前を殺すまで!」


 しかし様子がいつもと違っていた。


 カーグを光の衣が包む。


 その光は剣から発せられたものだった。


 光の爆発が終るとそこには武装した三面六臂の光につつまれた剣士がいた。


 ――我はアフラの化身。闇の者よ、闇に誘惑された心弱きものよ、本来戻るべき闇に帰るのだ。


 そういうと三面六臂さんめんろっぴの腕にそれぞれに光の剣、弓をもっている。


 四方がすみずみまで見渡せる。


 そして義憤ぎふんの形相。


 「いやああああ!」


 暗黒竜に突っこみ剣を次々ふるう。


 業火も熱の息もすべて光には勝てなかった。


 一つの面は竜を見据え、竜のわき腹につきさし、一つの面は弓を放ち、竜の眼を光の矢で仕留める。


 咆哮がこだました。


 咆哮がてら片目を失った暗黒竜が語ってくる。


「何が正義の神だ。知っておるぞ。その昔正義の名でもって世を戦乱に落としいれ、暗黒の大地に変え、あげくこの死の大地ペルシャに追放された神ではないか。アーリマン様と同じ暗黒神が何を言う!」


  ――その通りだ。だからこそ、この大地で同じ過ちを犯したくはない。だからこそ、お前は闇に帰るのだ。この大地を暗黒にはさせない。


 俺は高尚な神の言葉で語った。


 さらに一つの面が見据え、跳躍して暗黒竜の首を一気にねた。


  血しぶきが飛び散る。


  いや、血しぶきだけではなかった。闇の煙がとんどん出て行くではないか。


 声が頭に響いた。


 ――こやつの体を借りたのが失敗。また違う体を借りねば!


 「待て!」


 その声に答えたのか代わりに首の部分だけまだ動くではないか。


 「お前に俺の苦しみがわかるか」


 暗黒竜がまだ生きている。


 「ああ、わかるさ。光の剣士が答える。こいつだって親に暴力を振るわれ、絶望の中で生きてきた。人間にも裏切られ、それでも人間を信じ、希望を捨てず、苦難の道をあえて選んだ」


 修羅が敵を憐憫れんびんの眼差しで見下ろした。

 

「俺のような闇と安息を求めるものはあとを絶たないぞ。正義は絶対か?」


――なあ、修羅よ?


 「正義と正義のぶつかり合いは闇の世界に繋がるのだぞ。それに俺を殺しても大魔タルウィは別の人間の体を使うだけだ。光と闇の戦いが延々と続くだけなのだぞ」


 「正義を愛や慈悲のために使えばいい。いずれ愛や慈悲を説く教えが世界中に広がる。お前は生まれるのが早すぎただけなのだ」


 アフラの化身としてカーグは答える。


 ――ふっ、愛。そんなもので残忍で罪そのものである人が救われるものか。


 闇の力を失ってしまった暗黒竜の首はとうとう事切れてしまった。


 しかし、気がついた。俺も同じであることに。


 ――神よ本当ですか。神は追放されし暗黒の神なのですか。それでもなおこの死の大地に光をもたらそうというのですか。


 カーグが自分の体の内にいる神に問う。


 ――本当だ。俺は妻を陵辱された。その神に戦いを何度も挑み、戦乱の世にしてしまった。あげくにこの砂漠の大地に追放されたのだ。この地では俺のような思いをさせたくない。その一心で死の大地を光の大地にしようとした。


 ――神の正体を知ってお前はつらくないのか。お前を操っていたのに等しいのだぞ。


 ――なぜならカーグ、すまぬ。お前は肉体としてのお前はすでに死んでいた。お前の肉体を借りて暗黒の者を倒すしかなかった。すまない。俺は一部とはいえこの体から離れていかねばならない。俺自身のもとに。


 ――そうすればお前も魂としても冥界に行く。もちろん光の世界に。


 ――神よ、俺と同じです。正義の名の下に戦乱に明け暮れたのは俺も同じです。それでも闇の安らぎではなく、自分の意思で主に従い、そして主に命を捧げました。ですがこれは自分の意思です。


 ――主よ、最後にわがままを聞いてはもらえないでしょうか。俺は王族の沈黙の塔で俺から離れて欲しいのです。みんなと同じ場所で眠りたいのです。


――よかろう。お前にはさんざん苦労をかけた。


 王族の沈黙の塔で光が解き放たれる。


 そして光が消えると、沈黙の塔に眠っていたのは三面六臂の光の異形の戦士などではなく、焼けただれ満身創痍まんしんそういの姿であった。


 からすがカーグの死体をついばむ。ゾロアスター教徒にとって己の体は自然に返すことが最上とされているのだ。


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