第一章 第二節 真実を知るとき

 王が子ソフラーブに出した命令はロスタムの抹殺である。しかし、敵国の王であるとはいえ自分の親でもある。まだ少年の自分にとってこの命令はしんどいものがあった。何度か父に尋ねたが「しつこい」という幽霊独特の声の怒号が飛んで以来発していない。


 しかし、母に尋ねたところ意外な答えが帰って来た。


 「わが息子よ。ならば一度殺して、肉体を改造した上で蘇生しまえばいいのよ。半魔導物質を埋め込んで……ね。殺した事実には変わりないわ」


 この答えに納得した王子は次の日そのまま竜の姿となって王都軍に攻め込んだ。


 銃器の類や魔法部隊を破壊した後に待っていたのはあのときの男。そして爪で切り裂くとあっという間に蘇生し、竜へと化けた。剣をかざす。


 「我こそはファリドゥーン王ロスタムなり!」


 「へっ。やっぱりな!」


 二日目の激闘が始まった。


 大きな尾がうなり小さな竜を叩き落とす。竜が持つ大剣が小さき竜を切り裂く。だが攻撃力こそ大きいものの、小型の竜にも利点があった。こまわりが利くのだ。大きな旋回をする間に懐に入り牙を刺す。痛々しい咆哮が響き、爪で竜を切り裂く。


 そして、巨大な暗黒竜の翼を懐から右の翼を切り裂き、さらに背後に周り、左の翼を切り裂いた――!


 落ちていく巨大な暗黒竜。森の中に落ちた音が大地に響き渡る。


 神聖ファリドゥーン王国の兵士から悲鳴があがる。


 が、その時……大砲が撃たれた。小さき暗黒竜に直撃した。魔導物質の入った大砲で汚染してしまうことを覚悟の上での大爆発。小さな竜も致命傷を負った。王の時にもしもが会った場合に備えた砲であった。まぐれで竜に当ったことが幸いし、竜は血だらけのまま引き返して行った。


 二日目の死闘はここで終った。


 王は人間には戻らず竜のままで治療に専念する。


 枝や大木が竜の体に突き刺さっている。すべてを兵士が取り除き、回復魔法を受ける。暗黒の鱗に守られていなかったら即死であっただろう。


 一方のソフラーブ王子も竜の姿のまま王宮で治療に専念する。父母の力を借りてさらに人間の肉を移植することによって、己の肉体の傷をふさいでいく。


 母はあまりにむごい傷跡に悲痛な声をあげ、父が青銅の体でもって傷を癒す。父はふるえを鎮めるため体をさすっている。


 だが息子は痛みで震えているのではなかった。


(俺を捨てた親父を殺す。そして俺のいいなりになる生き物に変える)


 いよいよこの願いが成就できそうなことに喜びの振るえが止まらなかったのだ。


 満身創痍の二匹は三日目の朝を迎えた。夜が明けると、戦場には二匹の竜が翼をはためかせていた。


 周りには誰もいない。魔導物質の影響と竜の攻撃の巻き添えを食らう可能性があるからだ。


 「殺す」


 そう言いながら小さき竜が突っ込んでいく。尾ではじかれそのまま今度は巨大な暗黒竜が牙を獲物に突き刺す。


 異変はこの時起こった。


 ロスタムの体から黒き煙が生じ、腹からもとげとげしい突起物が生じた。腕にも刺が生じる。そしてそのまま剣を捨て、次々と刺を敵に刺し、敵の血肉を飲み干しては己の体を強化される。


 ――もっと殺せ


 「ああ」


 その内なる声に答えたロスタムはここで意識が消えた。


 気が付いたときには二匹は元の二人に戻っていた。周りの光景は二匹が吐いた閃光で砂漠化していた。大地に横たわる二人。


 「おまえが……ロスタムか。俺はインドラ王の妻シャシーとお……前の子、ソフラーブだ」


 「なんだって!」


 「残念だよ。俺が勝てばお前の肉体を改造して本物の親にすることが出来たのにな……うっ!」


 臓物ぞうもつ吐瀉物とちゃぶつを吐く。人間に戻っても傷が戻るわけではない。心臓を貫かれていないだけでも奇跡である。そのとき腕にはめていた腕輪をロスタムは見た。


 「そんな馬鹿な!!」


 その光景を見ていた赤銅の鎧を着た鬼族がいた。頭には小さな角。王を助けにかけつけたのであった。その鬼の戦士こそ昔からの戦友、アラであった。アラは地中にもぐって不意打ちしようとしていたのであった。


 「うそだ……こんなの嘘だ……」


 剣が落ちる乾いた音が響く。


 「違う、俺は!」


 「王が、そんな……」


 「姉さんのことを何だと思っている!」


 この声を聞くと瀕死の王子ソフラーブが嬉しそうに答えた。


 「これが……欲のツケだ」


 と言って息を引きとった。


 戦いには勝利したが、失ったものは大きかった。



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