第一章 第一節 もうもう一人の暗黒竜  ※

 三王国で復興が始まった。王子らが実施した木材バイオマス発電は見事に効果を奏し、電気がある生活が蘇った。とはいえ前のように魔導物質のような大容量な電気とは行かなかったが……。下水道も上水道も復活し、浄水場も復活した。工場も復活した。高度成長が再び始まった。


 建設の足音がする。鬼族とも和解し、今や人間、元半魔こと半獣族、元魔族こと獣族、鬼族、そして新たに獣族と鬼族らの子が生まれ獣鬼族が誕生し、さらに人間と鬼族との間の鬼人族も誕生した。三王国は人種の坩堝と呼ばれた。しかし魔導物質に犯された獣族や半獣族、獣鬼族が後を絶たなかった。サルワの悲劇から二七年、鬼族との融和から十二年。これほどの時間が経過しても三王国では魔導物質の汚染はいまだ続き、元魔族の血を引くものは理性を失った状態で魔族に戻り、それ以外のものはガンで死んだ。三王国は墓標だらけの国となっていた。そんな理性を失った元獣系種族に対しては戸籍が剥奪され、その場で殺すことが法律で許されていた。


 汚染地帯であろうと青銅の鎧を着たものは汚染されない。攻撃にも十分耐えられる。鎧は何度も破壊されながら元に戻り、逆に破壊し、己の糧とすべく鎧の中に血肉を詰め込んだ。そんな利点を活かし青銅の鎧を着たものは理性を失った先祖がえりをした魔族には魔導吸収物質を体に次々埋め込む。本来なら血肉がすべて魔導吸収物質石に吸収されてしまうのだが、魔導物質に汚染された魔族の場合は血肉をゆっくりと吸う程度のスピードでそのまま体内に収まる。そして魔導吸収物質を埋め込まれた魔族は……理性を保ったまま命を永らえることが可能となった。新しい魔族らは三王国に反乱を起こし、人らを喰らった。さらに非合法国家を神聖ファリドゥーン王国とジラント王国国境沿いに作った。彼らは自分達の国を「サマンガーン王国」と呼んだ。かつての持国天は一度死に、かつ新たな命を青銅の鎧に吹き込まれたことをきっかけにイスファンディヤールと現地風に己の名前を改めることを魔族らに宣言し、王となった。


 サマンガーン王国の傍には三王国を封じる結界があった。ここから先は人間だけの世界となる。そんな「世界の端」で彼らは必死に生きていた。彼らは人間を襲撃するための町と城を作った。城下町も正式にはサマンガーン市という名前となった。そして王妃はジャヒーである。ジャヒーとは己の復讐のためにとばかりにイスファンディヤールと幽霊婚で結ばれ、王妃として日々公務に励む。ジャヒーの子が王子ソフラーブである。普段は人間と変わりないが、人間狩りをする時は竜になる。サマンガーン王国民からは「もう一人の暗黒竜」と呼ばれた。魔導吸収物質はときおりジラント王国にある坑道を攻めて支配下に置き、採掘することによって手にいれた。


◆◆◆◆


 少年が崖の上からただずむ。着ていた衣服を袋の中に全部入れた。裸だ。印を結んだ後、前屈まえかがみになると突然体に異変がおきた。体中に熱い塊のエネルギーが流れ込む。痛々しい骨音を鳴らしながら黒き血しぶきが背中から飛び出し、翼が生じた。人間の声から獣の声へと変わりながら湧き上がる歓喜をこめて咆哮する。体が膨張しながら体躯たいくから尾が突き破る。あごがせり出し、口が裂け、牙が伸びる。突き抜けるような解放感。そこには巨大な暗黒色の鱗を持つ竜がいた。はめていた腕輪はそのまま体内に埋め込まれていく。


 そのまま飛び立ち滑空しながらやがて家々に火を放つ。銃器の類は全く聞かない。兵士を爪で切り裂き、なぶりものにした。次に火を口から吐き出し、尾で建築物を破壊する。飢餓感が増したので獲物を足の鍵爪で押さえ付け、獲物を噛り付く。次の獲物は腕を使い口の中に放り込み、ゆっくりと味わった。こうしてまたひとつ魔族の領域が拡大していく。廃墟となった地域に新たな魔族の町ができるのだ。王国はこうして順次拡大していった。


 仕事を終えると飛び立った崖に戻る。そこで太陽の光をもさえぎる光を放つと鱗に覆われた体は肌色に変わり、骨格まで急速に小さくなりながら元の裸姿の少年に戻った。袋にあった服を着込み、王都に帰還する。


 国民から喝采かっさいが湧き上がる。魔族と化した国民は増える一方であった。その国民の住居提供と食糧確保の英雄として町中の喝采を浴びながら王城へ入った。


 王子ソフラーブはこの国の王子にして英雄であった。王宮に帰ると青銅の鎧を着た王の前に謁見する。王こそ義父イスファンディヤールである。文字通りこの国の父であった。自分が赤子のころから親身になって育てた親である。仮面には青の光の瞳を静かにたたえている。


「このたびの活躍、父は誠に嬉しい。獲物は残したのだろうな」


「はい、父上」


「そうか、我も食事とするか」


そう言うと玉座を離れ魔法陣を描き呪文を唱えると瞬時に消えた。


 父はすでに死んでいる。死んでもなお大義を果たすべく鎧に魂を宿し王となっている。母は実母である。生みの親は本来天帝インドラの后であったのだが、インドラがロスタムに敗れ去った後この地に降り、逃れた。以来母は失地回復すべくこの地の南を支配する神聖ファリドゥーン王国の王ロスタムを討つために戦っているのだ。

自分も含め見捨てられた「棄民」のために。


(そして王位継承者である自分に本来の国を取り戻すべく)


 ソフラーブは母子ともども捨てられ、山林の中にいたところ拾われたのだと親から告白された。ソフラーブはこの事情もあって三王国の中でも特にロスタム王と神聖ファリドゥーン王国への憎しみは強く、特に攻撃対象とした。竜の時に我こそ王位継承者なりと大声でたてしまくったときもあった。


 一方、三王国側にようやく国内を攻撃する竜の写真が公開された。この竜の姿に王族は特に驚いた。


 竜は姿こそ小さく、王がもっている大剣はもっていない。が、ロスタム王が暗黒竜になった姿とあまりにも似ているのだ。このためなんどもロスタム王に疑惑がふりかかったが、竜が攻撃しているときは公務の最中という事実もあって、疑惑は払拭された。が、それでも王族特にロスタムへのショックは大きかった。それは王族、それもロスタムに近い者が魔族になっているということである。

討伐令は王および王直属の兵士にも議会は下した。竜には竜をという結論である。この決議はロスタム自身にとって十二年ぶりの冒険となることを意味する。しかも王となってははじめての冒険である。きさきとなった鬼族のミラに別れを告げ、王は討伐の旅に出た。


 次の日の朝、ソフラーブに王国軍が迫っていることをサマンガーン兵士が知らせた。


 常勝の王はそのままいつもの崖で竜となり、そのまま戦いに挑んだ。


 これが彼らの運命の出会いであった。


 王が引き連れた軍隊が次々倒されていく。近代兵器など無力であった。そして禍々しい爪が王をなぎ倒す。しかし王は動じない。ゆらりと立ち上がり、皮膚の色が黒くなると尾が生じ竜人となりさらに体が大きくなり竜へと姿を変える。王が竜の姿のまま手には大剣が生じた。


 しかし、生き残った兵士は2匹の竜を見て驚愕した。あまりにも似ている。


 尾や爪、炎同士、剣の応酬が続く。牙が2匹の肩を貫く。だがすぐさま二匹が傷を回復させる。


 「お前がロスタムか!」


 声が響き渡った。


 しかし、ロスタムはこう答えてしまった。


 「違う」


(もしや自分の子ではないのか。そんな事がばれたら鬼族との融和と理想郷を目指すと誓ったミラを一番傷つけるのでは)


 そんな思いから嘘を言ってしまった。


 だが。


「そうか。ならば聞く。獣族の竜の剣士よ、ロスタムにこう伝えよ。次はお前の王都に攻め、王をこの爪でなぎ倒し、命を切り裂くとな」


 そのまま竜が立ち去った。


 王だった暗黒竜はどうにか数少ない友軍を守ることに成功したが呆然ぼうぜんとしていた。そして王になった直後の遊びのツケを思い知らされた。そのまま竜の姿を解くと裸のままの姿でロスタムは泣き崩れたという。

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