第七章 第二節 別れ ※
突然の光の戦士登場は魔物を混乱に陥れた。かつての光の戦士カーグの再来と恐れ魔都は恐慌状態に陥った。
半魔をなぎ倒して我先とペルシャに逃げる者、闇へと溶けてペルシャに戻るもの、様々であった。魔の力は虚構であり、大軍であるのは虚実であった。監視役ムーシュの気配すらない。見捨てられたのだ。だが混乱の後に静まり返ったヴィシャップは冷静にその光景を眺めていた。
「ふふふふ……。あの時の再来じゃのう。わしももう潮時かの」
城内に居ても聞こえる悲鳴を嬉しそうに聞く。それもヴィシャップにとっては絶望にして闇の糧になるのだ。
「じゃが、我の家族を滅ぼした恨みはまだ晴れぬぞ」
そこに幼き半人半蛇であるアジ・ラーフラが出てきた。息子だった。
「ぼくも闘う!」
あまりに幼き声に戸惑いと悲しみの声を浮かべたヴィシャップは言った。
「そなたは
「何を言っているかぼくにはわからないよ!」
「そなたにこれを……」
それは黒い石版でこう書かれていた。
『魔と人の共存を求め、平和を求める者に王となる資格を与えん』
「お前にこれをさずける」
首飾りと一体となっている石板を息子の首に付けた。
「よいか、絶対に人間を憎むではない。魔もじゃ。いつかこの光と闇との戦いは終りが来る。そなたはこの地を平和にすべく平和の教えを広めるのじゃ」
そういうと半魔の一群が母の後ろからずらりと並んだ。
「新たな王は私たちが守ります」
狼人、狐人、猫人、牛人……。さまざまな武装兵がいた。
「さらばじゃ……わが息子よ。お前を死の国へと向かわせるわけにはいかぬ……」
もう息子の姿を見ることすら耐えられない。後ろ向きになって我が子に言う。
「首謀者の正体は単なる光の戦士などではない。先日伝令から光の大蛇を見たという報告が幾度も無く着ておる。おそらく奴じゃ。我はこの種を撒いた原因として始末せねばならぬ」
そう、闇の種を撒いたからだ。
「息子ラーフラは北のカザンに向かわせよ! そこなら光の戦士も来ないであろう」
「なぜです?」
隊長である狼人が質問する。
「首謀者はそなたと同じ半魔だからじゃ。ただし、元人間じゃがな。絶望を教えたのにもかかわらず光の教えにかぶれたものよ。蛇なら凍土の大地なら普通越冬はできんはずじゃ。もっとも下半分のラーフラとて同じ。じゃが、半分は人じゃ。防寒対策さえすれば動かぬ状態になる事は無い」
「はあ」
「ゆけ、行くのじゃ。もう時間が無い。騎馬の大軍が迫ってきておるぞ」
「女王様、この短い時間、至福の時でした!」
半魔たちは人間との魔と交わったため、実質は二級市民扱いである。理念など建前であった。そしてラーフラ同様幼いものばかりであった。一番の年齢が行くものでも八歳であった。少年隊を急遽結成し、城から逃げ延びさせたのだ。
とうとう城にはヴィシャップ一人となった。
見せたくなかった。己の醜き姿の本性を。わが子に地獄を見せることは、いかに血に飢えた魔といえども出来なかったのだ。それは人間時代の心の名残か……。
ヴィシャップは魔法陣の間に行き、魔法を唱えた。
魔法陣に黒き光の筋がいきわたる――!
さらに呪を唱えるとアジ・ダハーカの声が聞こえる。
――主よ。力をお貸しください。迫り来る人間どもを1人残らず返り討ちにしてみせます。我の力を借りて主に悦楽の場面をお見せしたいのです。
――主の下に逃げた魔はおります。どうか再びこの地を攻める軍としてお使いください。我は最後の一人として戦う所存であります。
しばらくすると声が返ってきた。
――よかろう。約束する。そなたは自らの破滅と破壊を望むのだな?
――だが三度目の変化はもう命を永らえることはできん。数日後には肉の負担に耐え切れず、溶解して消えてしまうのだぞ。
――はっ、その通りでございます。それも運命。死は覚悟の上です。
――よかろう。ならば力を貸そう。思う存分殺戮するがよい
声が聞こえたかと思うとヴィシャップと魔法陣の周りには赤黒き血と闇の煙が充満する。背中の鱗には契約の証である紋章の痣が生じた。煙はやがて己の鼻腔に入り込んでいく。その直後、肩に瘤が生じ、やがて瘤が音たてて裂けた。肩から新たに大蛇の頭が血をからめながら生えてくる……。肩に生じた蛇は腹を食い破ると毒牙から黒き命の水を体内に注ぎ込む。すると母体が爆発するかのように体躯がさらに大きくなっていく。
「ぐががががっ! これが闇の真の力!!」
毒の力によって体躯が大きくなったわき腹には……やがて四つの瘤が生じた。まもなく瘤が破裂し闇色の血をまき散らしながら暗黒の鱗を纏った四本の腕が腹を突き破った。六本の腕と指で印を結ぶと爪も左右同時に生えながら成長し、伸びていく。
――すべてを破壊せよ!
声が呼びかけてくる。
――ああ、言われなくてもわかっているさ。
呼びかけに答えるマーサ。呼びかけに答えるやいなや体中の骨音が鳴り響き、変化していく。母体の血肉を二匹の蛇が吸い上げていく。肩に黒き血筋が広がり首より上の鱗は暗黒色よりもさらに濃い黒に変化した。
体躯はさらに黒き猛禽の翼が根元から落ち、代わりに暗黒色の蝙蝠の翼が生じた。新しき皮膜の翼をさっそく誇らしげに広げる自分がいた。
変化がようやく終った。その姿は三口、三頭、六眼をそなえ、尾は再び三つに引き裂れ、中央の首のみ狼竜の姿となっていた。それは紛れも無く暗黒竜王アジ・ダハーカの化身。
ヴィシャップはさっそく三頭の首をひねらせ六つの手を握り返し、力を測る。すると全身から闇の煙がじわりと昇り、己の身を隠した。
変化による痛みからも解放されて残されたのは快感と悦楽と憎悪であった。そして全身からはゼリー状の油が生じていた。すでに己の体が溶け始めていたのであった。両性具有の躰は維持されていた。
――実験は成功だ。ヴィシャップ。だが時間はない。その力ですべての被造物を破壊するのだ。それでは我はそなたが消えるまでそなたの化身として破壊の宴を楽しむとするかの……。
実験……。最後まで自分の命が闇の役に立てられるとは……なんと言う至福。なんという惨酷なのだ。
――くくく。ではこの実験成功の成果を人間の身体にも応用するかの。今度は人間の狂気と絶望に犯された脳漿でも堪能するか。
「主よ、感謝いたします。」
ヴィシャップがいうやいなや城から飛び立つと三口から赤き光を充満させ、光を吐き出した。それは巨大な閃光であった。強大な力が城下町の周りを次々砂漠や巨大な穴へと変えていく。これが闇の真の力……一瞬とは言えこれが全ての闇の者があこがれる究極体となった闇竜の力……。
(さて……。それではこの力でもって始めるとするか。殺戮の
眼を細めながらそう思った。すると……見えるはずのない距離なのに竜眼の力で人間の村々が見えた。すべて破壊の対象物だ。究極体ともなると竜眼の力も増すことまで分かった。
ヴィシャップは六の掌に赤き光を充満させ、次々光を撃った。すると村々に命中し跡形もなく消え去っていた。破壊を確認するとヴィシャップは目を細める事を止めた。
そこにはわが子を想う母はすでにいなかった。暗黒の殺戮者がそこに居ただけである。ヴィシャップは深淵なる傲慢の帳を誇らしげに広げ、羽音を鳴らす。
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