第二章 第二節 接触 ※

 竜馬がかけぬけていく。そこに巨大な雷を帯びた黒のボールが王子と竜馬を直撃した。落馬する王子。ここで王子は気を失った。さらに竜馬にも浴びせ動けなくする。


 「痛いか?」


 くぐもった声でしゃべったのは中央に羊の紋様が描かれている暗黒の鎧を纏った鬼だった。手には暗黒色の杖。杖の先端はまだ雷を帯びている。


 「この親書は我々一族の命運を担うもの」


 そう言って鬼は転がっていた親書と包みを王子の皮袋にしまう。


 「よっ」


 そういうとなんと鬼は王子を軽々と背負って歩き出す。


 「長のいる場所にお前を連れて行く」


 気絶した王子に言い聞かせる。


 数時間がたち日も暮れる頃、山奥に入って行った鬼。そこに鬼達のアジトはあった。


 暗黒の鎧を解くとなんと騎士の正体はまだあどけなさが残っている少女であった。ただし、頭の頂には小さな角が。


 「おねえちゃん、やったね!」


 「うん、今強いのは竜馬だからね。今の王子になら勝てるよ」


 にこりと笑う少女。角がなければ人間と同じだ。


 「これで明日、長に会わせることが出来るね」


 「うん、いつまでも対立していることにわたし疑問でちゃった。調べれば調べるほど。だってあれだけ食う対象だった人間を魔物が今は仲良くしてるんだもの。じゃあ、鬼族は何で対立してるのかなって密偵してるとやっぱどうしても思っちゃうよ。鬼だって元々は元人間族って祖先も多いしね」


 「明日楽しみだね」


 そういいながら木製の牢屋に入れる少年。


 王子が覚ましたのは夜中だった。荷物もなく、着の身着のままであった。


 「出せーーー!!」


 王子の怒号だけが夜の村に響いた。


 「うるさいなあ、この王子は」


 牢屋の見張り小屋で寝てた弟が起きて答える。


 「いいか、今のお前は竜馬がいないんだからな。また俺が暗黒の鎧を着たらお前なんて一瞬で殺せるんだからな!」


 「えっ……ってことは……?」


 「そうだよ。襲ったのは俺だよ」


 なんとその姿はどこにでもいるやんちゃな子ではないか。頂に小さな角がなければ人間そのものだ。頭髪で隠そうと思えば隠せるぐらいの小さな角があるだけだった。


 「ほら、長からの差し入れだ。食えよ」


 差し出されたのは、丸焼きにされた肉だった。葉で包まれている。


 「安心しな。人間や獣族の肉じゃねーよ。そこらへんの農家の家畜の肉だ」


 だが王子は手をつけない。


 「ったく信用されてねーな。ま、当然か。拉致したのはおいら達だからな」


 結局何も食わずに牢屋で寝た。


 鬼は見張り小屋に戻った。


 次の朝、暗黒の鎧を纏った兵士らに手を縛られた。


 よく見ると民も角以外人間と変わらない。


 そのまま長のところに連れてこられた。


 「そなたがジラント王国に親書を持っていく神聖ファリドゥーン王国の王子か。私の名はアータヴァカ。『荒野の主』という意味じゃ。人食い鬼だ」


 長は美青年であった。


 「王子と竜馬が戦った子はアラ、君をここに連れて行ったのはミラだ」


 「よろしくね、王子」


 「アラだ。ちーっす」


 「おっと、この姿では失礼かな? 我の真の姿はこうなのだ」


 そう言ってアータヴァカは掌に漆黒の渦を作る。その渦を自分の体に当てるとなんと漆黒の武具が生まれていく!! 己の着てる服が鎧と一体化する!! 腕や脚に渦を当てると漆黒の鎧となり骨音をならしながら筋肉が盛り上がる。背丈がどんどん伸びる。通常の鬼と違い変身途中でも戦えるようにしてるのだ。兜も生じさせた。顔だけは……顔だけは渦をわざと当てなかった。兜からすり抜けるように角が生じ牙が伸びる。顔は冷酷な表情へと変貌した。


 「この姿に面頬めんぽうを付けたら戦う時の姿となる」


 (たしかに……。暗黒戦士の姿そのものだ! 声も変わってる!)


 「実は我々は天帝インドラ様が治める忉利天とうりてんから派遣された軍なのだよ。人間の暮らしはもちろんの事、軍事も経済状況も調べている。しかし、調べれば調べるほど、報告すればするほど、我々は疑問に思っていたのだよ。自国が支配する国々には天の神として恩恵を与えながら、敵国には人食いの本性を現して貪る。破壊の主まで呼び出してそなたの国を滅ぼしたのだ」


 やはり……。


 「憎いかね?」


 「はい」


 「だが、そんな鬼なのに人間と獣人とも共に融和できる国を作りたいなんていったらおこがましいかね?」

 

 「……」


 「これは四天王のうちのある御方おんかたの命令によって行なう秘密作戦なのじゃよ」


 (ある御方?)


 「破壊は破壊しか生まぬ。なのに鬼族は破壊の力を使ってまでかつて魔族がいた地位を奪い取ってまで支配しようとしている。うまくいくはずがない。かつての魔族のように滅ぼされることじゃろう」


 「だから、そなたらと一緒にジラント王国に行く鬼族側の親書をも持っていってほしいのだ」


 「身勝手かの? だがそなたには選択権はない。許してくれ」


 そう言って呪文を唱えるとアータヴァカはまたしても掌に漆黒の渦を作り……それは緊箍きんこの輪となった。王子の抵抗もむなしく王子の額に納まる。


 「かつてそなたらの神であるミスラもこの環をはめながらジラント王国の建国者を救ったのじゃ……逆らったら環がそなたの頭は破裂する。さすがに王子たるもの、故事の結末は知っておるの?」


 憎しみの顔つきで睨み返す王子の姿がそこにはあった。


 「許されぬ行為なのは分かっている。だが償いをさせてほしいのだ……共に高度文明の環に加わるべきだと。だがそれは行わず鬼族は覇道の道を選んだ……我々は、その理想郷を復元したいのじゃ。魔導物質の除去をもお手伝いしたい」


 「わかりました」


 王子に選択権などなかった。


 「ですが少しでも罠と分かれば我々も総攻撃を行ないます」


 「その心意義はよし」


 「ミラ!」


 「はい」


 「王子と共に困難の旅に出て欲しい」


 「もちろん、王子も鍛えて欲しい。ただし、少しずつだ。魔術も伝授してほしい」


 「はい、大元帥アータヴァカ様」


 「ミラ、アラよ、少し寄って聞いて欲しい」


 ――王子は半獣族じゃから鬼になってもむしろ半獣、つまり魔族の力が増幅するじゃろ。彼の心は光のまま暗黒竜の力を目覚めさせるのだ。ただし、目覚める時まで王子には内密じゃ


 ――はい


 ――彼は暗黒竜の血筋の王子。さすればきっとすべての種族の融和と文明の復興が担えるはずじゃ


 ――はっ


 このひそひそ声がうしろめたさを物語っている。王子はますます不信感を募らせた。


 こうして鬼族とともに冒険の旅が始まるのであった。


 三人は人間の血肉がフックでぶらさがる家々や人間の記録があろう文庫、鬼たちの日用品が売っている商店などを後にした。

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