第六章 第三節 絶望の出発

 逃げたのは兵士だけではなかった。


 「竜が攻めてきたぞ」


 「滅びの時が来る!」


 半狂乱、パニックに陥る城内。いや、城内だけではなかった。門兵を通じて城下町にまで伝わってしまった。


 城内の兵士がいっせいにきりつけていく。


 恐怖感か、全ての感情を失い奇声を上げる。剣を光の剣で払いのけ、襲い掛かる兵士を返り討ちにして切りつけていくうちに、再び光の爆発が起こる。


 再び黄金の大蛇となった。


 宴会の席にいた王は玉座に逃げ椅子の下に隠れこむ。それを大臣達が引き上げてこういった。「あの者を招いた責任を取ってもらいます。王よ、あの者を追い出すのです」


 王はおそるおそる前に出た。


 「やめるのじゃ!皆のものよ」


 兵士に向かい、静止を命ずる王。


 そしてアルトゥスに向かいこういった。


 「アルトゥス、お前を国家反逆罪で追放処分とする。命があるだけでもありがたいと思え」


 大蛇の姿とはいえ、人間の言葉が理解できるアルトゥスにとってそれは苦痛と屈辱の言葉であった。


 ――やむをえん。お前の大義は魔を討つこと。人間を討つことではない。ここを立ち去るのだ


 「命に従うぞ、王よ」


 そういうと背中から黄金の翼がばさっと音を立てて生えてきた。


 アルトゥスは翼をはためかせ、闇夜の彼方へと飛んだ。


 目には涙であふれながら。


 ――アルトゥス、これが人間の現実だ。ましてあの街は一度竜に滅ぼされた街なのだ。王国の人間も汲み取って欲しい。その絶望を救うものこそ勇者なのだぞ。そして真の姿になった理由を知ったとき、本物の王となることであろう。


 王は飛び去っていく大蛇を見ながら腰をぬかし、倒れこんだ。腰から下には水があふれていた。それを見た大臣達は王に対し言った。


 「貴方もです。貴方には王である資格はありません。そんな弱腰の王など必要ありません。貴方の子カーグ十六世が王座につきます」


 「所詮、俺は政略結婚で生まれた道具なのだな。魔とは権力欲にとり憑かれたお前達ではないのか? あやつが魔だったらとっくにこの街を攻撃してるわ! 魔とは人間でもあるのだ!」


 「侮辱は許しません」


 そういうと大臣の一人が王に手をかけた。クーデターであった。本当は大臣の衣装をまとった神官だったのだが。


(ふっ、これでこの国は弱体化した。直轄地にして我らの王子の領土とするか……)


 急遽合併した王国には権力欲と闘争がいつ出てもおかしくなかった。騒乱はそのひきがねとなってしまったのだ。そのひきがねを大臣、いや大臣をも手玉にとり大臣の姿を取ったミスラ神官が利用したのだった。


 王子はまだ十六歳であった。自室に身を潜めていた。このとき、自身が急遽王になるとは、そして父が大臣に殺されたことをまだ知らなかった。王位簒奪おういさんだつに利用されたのだ。


 この時闇の中で口が裂けるような不気味なほくそ笑んでいる存在がいた。人である存在ならば知りようもない。


(こいつは本物の闇の心の持ち主だ。こいつは闇に取り込めるぞ)


 「くっくっくっくっくっくっくっ」


 (なんと言う至福。なんという快楽。なんとしても友を復活させねば――!)


 闇に居たものはふっと存在を消した。


◆◆◆◆


 絶望の思いと引き換えに念願の剣、いや黄金の大蛇の体を得たアルトゥスは飛び続けた。


 涙をぬぐいながらアルトゥスは渾身こんしんの思いでアルボルズ山脈の西側を越える。幾日もたち、三日目の朝日が差し込むと懐かしい光景が飛び込んできた。故郷だ。暗黒の大蛇ヴィシャップに支配されし故郷に戻ってきたのだ。


――俺はなぜ大蛇なのだ。なぜ真の姿が大蛇なのだ。なぜ……。


 ミスラの答えはなかった。しかし、血と剣の力によってアルトゥスはその答えを瞬時に知ってしまった。ただし、あまりに惨酷なその答えをミスラ神に対してすら言い出すことが出来なかった。

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