第四部 作品解説

一.神々の世界の半分を敵に与え、和睦したインドラ


 「世界の半分をお前にやろう」という台詞でまずなにが思い浮かぶでしょうか。そうですよね、『ドラゴンクエスト1』の竜王の台詞です。これに近い台詞をなんとインドラは言っているのです。

 インド神話ではカシュヤパ仙が神々を多く生み出したそうですが、特にアスラ族の神を生み出した神仙です。テーヴァ族にとって敵であるヒラニヤカシプをテーヴァの王、インドラは退治します。息子を殺されたカシュヤパ仙は悪魔召喚の儀式を行なったところ炎の中から黄色の目、大きいな牙、真っ黒な怪物ヴリトラ竜が出たという。カシュヤパ仙は大地をも破壊できるこのヴリトラなら天帝インドラを退治できるであろうとし、命令を下します。ヴリトラは命令を快諾して太陽を隠し、旱魃も同時にもたらすという強大な力でもってインドラを何度も負かします。

 インドラはとうとう懇願し和睦条件として「神々の世界の半分をお前にやろう」という条件と「ランバーという妻を与える」こと、テーヴァ側から「ランバーの願いはどんなことも聞き入れる事」という3つの条件を承諾し、ヴリトラ竜は和睦します。ランバーは実はインドラが差し向けた暗殺者で偽装結婚でした。ランバーはバラモン階級(カシュヤパ仙はバラモン階級でカシュヤパ仙の子ヴリトラもバラモン階級ですから)ゆえに飲酒を断るもヴリトラは妻のことを絶対に聞き入れるという条件を飲んでしまった目に断れず泥酔するまで酔います。泥酔したところインドラがヴリトラ竜を謀殺します。ヴリトラ竜は嵐と旱魃の象徴であります。

 ところで同じ嵐と破壊の神ルドラはインドでは後にシヴァ神となるのですが、ペルシャではサルワという悪魔になります。ところが元々ルドラ神というのはアスラ族の神なのです。それがインドではテーヴァ神の三大神の一柱となっています。そう、もう一方の嵐の神は善神どころかインドを支配する神になっているのです。この2つの説話を結びつけて、実はヴリトラ竜とはルドラ=サルワだったのでは? という勝手な妄想で同一にしましたが、もちろん神話的には正しくなくヴリトラ竜とルドラは元々は同じアスラ族であっても別個の存在となって一方では天空神に、もう一方はそのまま(インドでは)悪鬼のアスラとして退治されていきます。暴風雨の神と旱魃の神という違いも大きかったのかもしれません。

 それにしても一時的にとはいえ神々の世界の半分を勝手に敵に与える部分が「インドラはやはり魔王」だと呼ばれてしまう原因なのかもしれません。インドラに仕えた神々にとっては迷惑極まりなかったでしょう。


二.大元帥夜叉明王


 アータヴァカは元々荒野の主、広野の主という異名を持つ人食い鬼で夜叉(ヤクシャ)族でしたが荒野で僧侶が鬼にいじめられている姿に心を痛めて改心し、仏陀のもとを訪れ改心を決意します。その時、すべての軍隊の指揮官となるようにと仏陀は大元帥の称号を彼に与えます。これが仏教でいう「大元帥夜叉明王」です。戦、勝利の仏であります。本作品でも改心して人間と和睦していますね。


三.降三世夜叉明王、勝三世夜叉明王


 ニシュムバ、シュムバ兄弟はシヴァの妻で女神ドゥルガーにマヒシャアスラ王が殺された報復として世界を取り戻しますがやはりドゥルガーがさらに進化した暗黒と殺戮の女神カーリーに殺されています。ところが、仏教では仏の教え従わない三世を支配するシヴァ(大自在天)に対し金剛薩埵がニシュムバ、シュムバ兄弟の真言を取り、妻の烏摩(つまりドゥルガー=カーリー)とともに踏み殺された上で生まれ変わり夫婦は仏に帰依した形を取っています。ニシュムバ、シュムバ共に「殺戮者」という意味です。本来は蔑称です。本作品は男兄弟ではなく姉弟という形に変えていますが、本作品もこの説話を取っています。降三世、勝三世とは三世界を支配するシヴァに勝利したものという意味で尊称となっています。

 なお、ニシュムバ、シュムバは作品上では「称号」になっていますがもちろん本当は阿修羅(アスラ)族の王兄弟の名前です。ただし、夜叉明王でもあるわけですから夜叉(ヤクシャ)族という鬼でもあるわけです。

 降三世明王と勝三世明王の二尊は胎蔵界曼荼羅に、孫婆菩薩(シュムバ菩薩)と爾孫婆菩薩(ニシュムバ菩薩)の2尊として表現する場合は金剛界曼荼羅の中に「童子」として表現します。ミラ、アラが少年少女なのは仏教(密教)の曼荼羅表現に基づいたものです。ここでもヒンズー教で貶められている阿修羅の復権が行なわれています。そう、明王どころか菩薩の地位にまで高められているのです。しかも「殺戮者」の音訳をそのままにて漢字で表現し、菩薩名としています。


四.竜馬ラクシュ


 『王書』ではロスタム王子の愛馬となっているラクシュはたしかに「竜馬」の愛称は持っていますが、本当に竜馬ではありません。あくまで愛称です。ただし、怪力を持ち、巨大な馬であったそうです。本作品では本物の竜馬となっております。原典でもロスタム王子と共に最後まで戦う勇敢な馬です。なお、竜馬伝承はペルシャではなく主に中国で見られます。


五.ロスタム王子の七道程


 第一道程はラクシュと獅子の戦い、第二道程は灼熱の砂漠の最中で死に掛けたロスタム王子が神に祈ると牡牛が現れオアシスを発見するというお話、第三道程は竜退治、第四道程は魔女との戦い、第五道程はどこまでも続く闇の道を旅し、第六道程第七道程はそれぞれ悪鬼との戦いになります。すべて物語り上参考にし、すべてにおいて改変しています。原作と比較していただけると幸いです。


六.ソイレントグリーン


 昔、約五十年ほど前に原作「人間がいっぱい」というSF小説を映画化したのが「ソイレントグリーン」です。人口爆発で食糧が賄えず、人類はソイレント社が作る人工食糧を口にしたという設定です。映画を見ていない方にはネタバレになるのですが、その食糧の正体は人肉だったのです。今回「天に鬼がおり、また鬼族が人口爆発をおこしているという設定」ということから映画を参考にいたしました。しかし原作と違う部分があります。もう我々はiPS細胞によって臓器を培養することが可能なわけです。いったいこの世界に出てくる鬼と何が違うのだろうかという警告を含めて、描写しました。


七.ジャヤンタ


 インドラ、シャチーの息子がジャヤンタです。嵐の神ということになっています。しかし文献にはほとんどどういう神か記載されていないのです。でも阿修羅の子にして天帝インドラの子ということだけは間違いありません。次期天空の王は阿修羅族の王にしてテーヴァ神族の子ということにもなります。


八.インドラが持つ三鈷杵(ヴァジュラ)は元々三又の鉾だった


 今でこそ密教の宝具である金剛杵(ヴァジュラ)の一種である三鈷杵は密教の宝具にしてインドラ(帝釈天)が雷として放つ武器ですが元々は雷そのものでひいては三又の鉾です。三鈷杵はその名残が残っています。しかも金剛杵をあしらったタイ王国のラーマ6世の印章は三又の鉾の形をした金剛杵となっております。さらに十二夜叉神将としてのインドラは三又の鉾を持ちます。我が国の東寺の帝釈天像は金剛杵の一種である独鈷杵(どっこしょ)を持っていますが今回は三鈷杵=三又の鉾としました。


九.インドラが唱えた回復呪文


 「भै」(バㇵイ)は भैषज्यगुरु、バイシャジヤグル(Bhaiṣajyaguru)=薬師如来の先頭の言葉です。「भै」一文字で種字となり真言を一瞬で唱えたことになります。インドラは先ほども申しました通り十二夜叉神将の一柱でもあり十二夜叉神将は薬師如来を守る夜叉神である事から薬師如来の真言を回復呪文として唱える事が可能なのです。なお「バイ」でも正しい発音ですがより正しい発音は「バㇵイ」です。

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