第五章 第三節 救いを求め

 草原を一頭の馬が駆け巡る。アルトゥスであった。


 羊皮紙の地図に印がついてある場に向かっていった。そこは山を抜けペルシャ帝国の中にあった。山を上り下っていく。難行であった。何度も崖から落ちそうになった。下山できるころになった時はすでに冬となっていた。あと一歩遅かったら凍死していただろう。


 その地図の印はミスラと言う名の神を祭る寺院の中にあった。


 ――ミスラ神 それは終末の世に救済をもたらすアフラの僕(ヤサダ)


 私は神官に事情を話し、説明を聞いた。


 ミスラの持っているものは剣ではなく、杖であること。竜の血を引いた人間が杖を引き抜くことが出来ること。そしてその杖は持ち主の意思によって剣になることの3つが主要な説明であった。


 だが剣を引き抜くことは神官に止められた。


 「そなたは正義の心はもっていようとも、力も意思も弱い。ここで修養するがよかろう。かつて数年前にもそなたのような剣士が尋ねてきた。アフラの加護を受けたのにも関わらず、復讐心だけで暗黒の竜に戦いを挑んだ勇者じゃ」

 

 「その勇者様とは今は一体?」


 竜を殺したが、自分も傷を負って死んだのじゃよ。もともとは小さな王国の王子じゃった。だが復讐の心だけでは倒すことは出来ぬ。逆に闇の誘惑に取り込まれてしまう。そこでアフラだけではなく、友愛と救済の教えであるミスラの教えを勇者は学んだのじゃ。


 そう言うと神官は衣服の袋から透明な小さな水晶を持ち出し、呪文を唱えた。するとみるみる水晶が黒くなっていく。


 (なんてことじゃ。魔と交わっている。いや、だからミスラの杖は引き抜けるのかもしれぬ。しかし、本人にそれを言うのはあまりに酷じゃ。神官長としてそれはできぬ……)


 「そなたこのままでは闇に堕ちてしまうじゃろ」


 淡々と述べる神官。


 「そんな! なんですって!」


 「だからこそ、この杖は人間であって人間でないものにしか引き抜けない。じゃが、正しい心の持ち主しか抜けんよう封印がされておる。そなたミスラの試練を受けるつもりはあるかの?」


 「もちろんです。わが部族と民族の復興のために」


 「ならばまず、そなたの前に試練を受けた勇者の手紙を読むがいい。そしてその心を受け継ぐことじゃ。試練はそれからじゃ」


 俺は一年半も寺院で修養した。


 まずスキタイ族は文字を持たなかったので文字を修得した。石版に文字を加工するのはアルトゥスにとって外国語であったため苦難の連続あった。次に神官らから武術を修得した。戦国の世でもあったため暗殺術も中には含まれていた。神官らはこうして異端や敵対者を殺していたのだった。ゾロアスター教神官がマギ(魔術師=学者)といわれる所以ゆえんである。


 さらにゾロアスター教の基礎理念を勉強し、いよいよその勇者が書いた羊皮紙を見ることとなった。その羊皮紙に書かれている内容は壮絶であった。


 退廃にふけっていた王国の隙をついて闇の竜に国が倒されたこと、王国の民族が東方に移動したこと、村を作ったにもかかわらず闇のものどもに攻められたこと。それを撃退したのに追放されたことであった。そこで光の力を手にしたのにも関わらず光の力を復讐の道具として使ったこと、それを悔やんだこと、それを悔い改め再び王政復古のためたった一人で闇の竜に立ち向かう決意で文章は終っていた。最後にこう記述を残して……。


『我死せり後、この危機が再び訪れたときに危機に対応すべきものが読むべし。カーグ十四歳』


 なんとカーグは今年で三十歳となるアルトゥスの半分以下の年齢であった。子どもがこんな悲壮な運命を背負って戦っていたなんて――!


 驚きと自分の人生の後悔を改めて思った。


 絶望に立ち向かった十四歳―! 俺は中年になってまで子ども帰りをして何をやっているのだろうか。


 それ以来剣術と文字の修得、異教であったゾロアスター教とアフラの教え、そしてミスラの教えを学んだ。月日は経ち、季節は繰り返し、さらに季節は春となっていた。


 神官の許しが降り、いよいよミスラ像の杖を引き抜く時が来た。最大の試練の時だった。

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