第二章 第一節 闇の安らぎ

 闇の者は闇があれば暗黒の宇宙でさえも自由にどこへでも行ける。


 それは精神体でもあり、肉体でもあった。闇に溶ろけさせる時が至福の時であった。


 闇の者が闇そのものになり同化するときは、闇はこれ以上の絶望を与えることはない。


 闇の中にいれば喜怒哀楽も何もない。


 それは全ての平和。


 全ての安息も約束され、もはやそこには不幸はなかった。


 魂はこの世界では生きない。


 死にもしない。


 永遠に存在し、あり続ける。


 それが最高神アーリマンの究極の世界であり、求める世界であった。


 शून्य くうになれ。無こそ至高。


 それが人間をはじめとする全ての生き物の福音であることを求め続けた。


 この世は常に戦いに満ちた修羅であった。


 修羅ならば闇であるほうがよいではないか。


 人間、希望を持ってはいけないのだ。


 新たな光と希望は人間を不幸にし、また魔の大好物となるだけ。


 闇のものは闇からこの世の闇から出るとき、喜怒哀楽を復活させる。


 ただし、闇であるものの本能からか憎悪が先行しがちであるが……。


 タルウィもその一人である……。


◆◆◆◆


――闇との友情


 ザリチュは魔になったばかりのタルウィに実戦を教えることとした。


 「人の作りし矢が刺さるようではいずれ命を落とす。そこでお前に実戦を教える」


 それ以来、洞窟で特訓が始まった。タルウィは不気味な咆哮を上げ、翼をはためかせ突進していく。


 だが、爪ははじかれ逆にザリチュの爪が翼を切り裂く。


 次に、尾で打ち付けられ、動かないところに炎を浴びせられた。


 最後に死の眠りの息を喰らうタルウィ。


 こうして何度も瀕死になっては闇のしずくでもって元に戻った。


 それは死をも覚悟しての特訓。特訓の最後にはザリチュが瀕死になる事も少なく無かった。


 洞窟に不気味な咆哮や笑い声、断末魔は幾度も無く響き渡る。


 闇の者どもは笑みを浮かべながら見ているだけである。


 闇の者にとって破壊と殺戮は悦楽であり、歓喜であった。歓喜のもとで闇の力を高めていく。


 タルウィは特訓により鋭利な方法による爪で切り裂く方法、翼の展開、効率的に尾でなぎ倒す方法、牙で人間を破滅させる方法、不気味な咆哮を上げる方法など……。やがてその身で炎のみならず高温の熱風を撒き散らすことも出来るようになった。


 さらに二匹は時折特訓の成果を人間界に出ては遊戯感覚で実戦し、様々な被造物を破滅させ、植物を滅ぼし、砂漠に戻した。


 タルウィが持つ人々を眠らせる息は実は毒草をも生み出す息であることをザリチュに特訓で身をもって教わった。


 二匹はときおり砂漠で特訓の成果を試すべく死の息を撒き散らした。


 タルウィとザリチュは砂漠を始め毒草を成長させた。


 人々を絶望に追いやることに成功した二人の間には次第に友情が生まれていった。


 全てを破壊した土地をタルウィとザリチュはそこを「平和」と呼んだ。


 そこにはもう人間も闇のものどもの戦乱も何もなかった。


 人や家畜を食い殺しては成長し、とうとうザリチュの体躯はより禍々しくねじれた角が伸び、黒き鍵爪もさらに少し伸び、背には青ががった黒いせびれが次々生えてきた。


 暗黒竜は環境により変化する生き物でもあるのだ。


(くくっ。あのころのタルウィに戻りつつあるな。それでこそわが本望)


 ザリチュが歪んだ笑みを浮かべた。


(これで再び友と交われる。闇の悦楽が楽しめるな……)


 タルウィは「闇」と「死」の友人たるその笑みを不思議がることはなかった。


 闇のものにとって惨酷とは糧にしかならなかった。例えそれが背徳や企みであろうとも。


 砂漠化と破壊の功績は闇の世界中に轟き、暗黒竜王に認められた。


 ザリチュはいまやとうとう師であり友ともいえるザリチュと同じ七大大魔になる閲覧式を控えていた。


 初めて七大大魔の長である暗黒竜王アーリマンを見ることがとうとう出来るのである。


 全ての魔族ダエーワが暗黒竜王の姿を見られるわけではない。


 闇の中の闇であり相当の魔力の闇の力でないと配下になるどころか閲覧すらままならないのが現状だった。


 ザリチュが言った。


「タルウィ、そろそろアーリマン様がお見えになる。闇の間で待っている。今日はお前を大魔にする日だ。失礼のないようにな。それから今日からお前を『大魔タルウィ』と呼ぶ。大魔としてふさわしい者となって闇の者を増やし、闇の者を率い、闇の福音をもたらすよう心がけよ」


(この日を待っていたのだ。タルウィが真のタルウィに戻り、わが友愛の日々となる事を)

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