第八章 天帝との戦い

 ロスタムは深紅の絨毯が敷かれた秀麗な階段を上っていく。ここに居るはずの近衛兵すらいない。静寂さがかえって不気味だ。階段を上ると絨毯が敷かれている先に扉があった。扉を開けるとさらに絢爛豪華な謁見室にたどり着いた。単に絢爛豪華なのではなくどこか虚飾、醜悪の一面も見える。威圧的なのだ。

 絨毯は玉席の前で途切れていた。玉席に暗黒の鎧を着た戦士がいた。なまめかしい銀の長髪と黒き角を持つ鬼が座っていた。恐怖の天帝インドラであった。


 「待ちくたびれた」


 暗黒戦士が玉座から立ち上がる。三叉矛さんさそう石突いしづきを床に叩きつけた。


 「王子のその力、誠に惜しい。実に惜しい。なぜ暗黒竜の血筋を引くものが人間らの味方をし、なぜこのわたしがお前の遠き祖先であるアンラ・マンユ、ザッハーク、アジ・ダハーカを復活させようというのか?」


 「お前の道具としての復活、だろ?」


 王子はきっぱりと答えた。


 「お前は天帝などではない。魔王だ!」


 その声を聞き高笑いするインドラ。

 

 「その通りだよ、王子。私が欲しいのは魔王の座だ。アンラ・マンユ、ザッハーク、アジ・ダハーカを従える天魔王になるのだよ。魔導物質を使ってな。お前も暗黒竜の子としてわが部下になれ。わが片腕となれ。代わりに我が持つ半分の領土をそなたに授けようぞ」


 「断る。お前がほしいのはただの傀儡くぐつ


 「命が惜しくないのか。実に……残念だ。サルワ王はこの交渉に応じたのだが。交渉は決裂か」


 言葉を終えると鉾をかざして雷撃の雨を降らせる。さすがは雷帝である。この雷撃でインドラは様々な人間の街を滅ぼしてきたのだ。しかしロスタムはあらかじめバリアを張っていた。無傷だ。玉座も含め謁見室にある品々は焼け焦げて塵と化していた。謁見室の後ろにあるガラス窓どころか下層階にある物まで粉々にした。焦げる匂いがする。友軍の呻き声までする。恐怖の天帝と言われるだけのことはある。


 「挨拶はここまでだ」


 インドラは瞬時に王子を鉾で貫こうとする。剣で跳ね返すのがやっとであった。まるで舞い踊るかのように王子の反撃を受け流す天帝。


 そして鉾ではじき返し、王子の体を鉾が貫く。だが王子は立ったままだ。意に介さない。その後、突然角が王子の額から生えた。黒き血が鱗へと変化しながら傷口を塞ぎ、ゆらりと立ち上がっていく。まず竜人へと変化して行った。竜になるには相当の消耗を強いられる。闇王子との戦いで竜になったらここで死んでいただろう。


 剣と己の体がさらに巨大化していく。王子は本性である暗黒竜の姿へと変わった。翼が背中で開く。


「人間も、獣人も、祖先も愚弄ぐろうすることは許さん」


 己の言葉と同時に振った己の巨大な剣を天帝が受け止める。それを見た竜が鍵爪で鎧ごとえぐる。さらに業火を鬼全体に浴びせた。だが敵は無傷だ。


 「くっくっくっ。それがお前の本気か?」


 鉾を上にかざし、雷を帯びた鉾が竜を……何重にも貫いた。なんと二度目の雷撃でバリアを壊したのだ! 咆哮が響き渡る。友軍の呻き声も聞こえなくなった。一騎当千とはまさにこの事。


 「私は『竜殺帝ヴリトラハン』の別名を持っているほどでね。竜なぞ敵ではないのだよ。たとえサルワことヴリトラであってもな」


 黒の血がわき腹から流れ行く……。


 竜の体は修復されていくが……。体力は相当奪われた。


 「私もお前の攻撃が瞬時に見えるようにある人間の眼を食べた。カーウースという名の男の目をな。我とお前は結局同じ存在だ。我々は黒き者」


 竜はその台詞を聞くと絶望の咆哮をこだまさせた。


 そこに咆哮を聞きつけやってきたもう一人の鬼がいた。焦げるはずのない鬼の鎧兜は焦げていた。満身創痍の姿だった。


 「これ使って!」


 鬼が瞬時に手刀で竜の体内に石を埋め込み、石が竜の血肉と同化する。


 体内に埋め込まれたのは魔導石――!


 魔導物質の力によって竜の傷が塞がっていくだけでなく爪も角も腕も足も背びれもなにもかも巨大化し、なにもかも鋭利なものに変化した。


 「それが王子の思いを具現化したものだよ! もう一回炎を浴びせよ、竜よ!」


 鬼の声に答えるべく竜の口腔こうくうにたまったものは黒き光。鬼は手に激痛が走りそのままうめきながらどっと倒れる。


 天帝が纏っていた暗黒物質の鎧兜は……何度も業火を浴びせた結果、粉々になっていた。床はさらに黒ずんでいた。


 「我の鎧を壊したからなんだというのだ?」


 ――भै(バㇵイ)


 一旦眼を瞑り……ひび割れた声で呪文を唱えると即座に背中から回復し、粉々になった鎧兜や面頬めんぽうの破片を手で払った。そして三つの眼を開けた。


 その姿は白き氷の肌、銀の長髪、細い顎が引き締まった白鬼。赤き唇に黒き角。白のローブ。蟀谷こめかみから生えた黒角と三の目。女性と見間違うばかりの美貌の持ち主であった。これがインドラの真の姿――!


 「残念だったな、暗黒竜」


 ――ओम्  इन्द्र वज्रम् स्वाहा (オン・ヴァジュラ・インドラヤ・ソワカ)


 インドラは印を結び……かすれ声で真言を唱え終えてから矛を叩いた。すると三叉矛さんさそうが収縮して三鈷杵ヴァジュラとなった。三鈷杵さんこしょでロスタムを叩く。雷撃も食らうので地味に効く。あの法具は力が足りない場合でも攻撃する事が出来る武器なのだ。塞がったはずの傷口が再び開く。インドラの体中から血が流れだす。もう回復力がないのだ。という事は……チャンスだ。


 「この三鈷杵で出来損ないの暗黒竜を消し炭にしてやる」


 悪態をつき躯体にまだ残っているひび割れた鎧から人間と同じ色の血を流すインドラ。王子は敵が三鈷杵で雷撃を唱える時に生じる隙を見逃さなかった。瞬時にインドラの背中に移動し背中を切りつけた。


 さらに己の手でインドラの体内にある魔導石を抉り取った。


 「何をする! 止めろ!」


 膝をつくインドラ。致命傷であった。三鈷杵が乾いた音を立てて転がっていく。


「これがないと鬼は何もできないんだよな? インドラ」


 インドラが光り輝く。体が自爆しようとしているのだ。これが魔導物質に頼った者が石を強制的に抉り取られた者の結末である。体を守る魔導石がない鬼などもはや暗黒竜の敵ではなかった。最後に空中に蹴り上げる。空中でインドラの肉片は爆発した。肉片が地上に落ちていく。


 王子は人間の姿に戻った。傷だらけで立つのがやっとであった。三鈷杵を拾って懐にしまう。こんな禍々しい武器は王城の地下で封印しよう。


 そして王子が次の部屋で目にしたのは……。


 ミラが牢獄の扉を壊すと……鎖に縛られた王がいた。目を抉られ変わり果てた姿――!


 王子が抱えて鎖を断ち切り玉座まで運んだ。よくあの電撃で命を落とさなかったものだ。奇跡としか言いようがない。


 「父上!!」


 「大丈夫だ。目は見えんともお前の心は伝わっているぞ」


 心の目は見えていた。


 「もう悲劇は終りだ。これで人も元魔族たる獣人も半獣人も鬼も半鬼も共に生きる時代が来た」


 その言葉を聞くと王子はミラの前に立った。


 「そこで、王の提案に関してなんだがミラ……」


 「何?」


 「僕は僕の未来を全てあげる。あいつみたいに『世界の半分だ』なんてせこい事は言わない。だからすべての種族が融和した世界を見るために君の未来のすべてが欲しい。死線を越えた君となら新しい世界でやっていけそうな気がする。一緒に新しい世界を作りたい。だから代わりに君の未来をすべてくれないか」


 言い終えると顔が真っ赤になった王子がいた。異形の暗黒竜になるつらさを一番よくしている人と結ばれたい。告白であった。


 その返事は……。


 呪を唱えもとの姿にもとったミラ。


 「もちろんよ! 王子!」


 二人は抱きしめあった。


 王子とミラは互いを抱きしめたまま意識を失った。力を使い果たしたのであった。生き残った友軍が三人を発見し急いで地上に戻って治療に当たった。

 でもロスタムに不安など無かった。だって愛する者が居るのだから。

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