第六章 第一節 魔女

 全身黒の鎧を着、兜の表面には巨大な赤き目を頂き鬼が全身黒の鎧を着、兜と一体化した耳が異様に大きい鬼に刃を貫いた。

 黒き甲冑を着た青鬼と黒き甲冑を着た赤鬼が続いて刃を貫く。三対一である。さすがの多聞天もかなわない。


 「この目でお前の裏切りはしかと目にした」


 広目天が手にしているのはジラント王国の親書。動かぬ証拠であった。


 「人間と手を結ぶとは愚かなり、多聞天」


 増長天が嬉しそうに刃をねじり込み刃を抜いた。


 「新たな多聞天はいずれ見つけようぞ。耳の大きい鬼は魔導物質で作ろうと思えば作れるのだからな……」


 持国天は刃を抜いた。


 「だが多聞天が率いる軍は夜叉族では最大」


 増長天は多聞天の戦力が脅威であった。


 「かまわぬ。そのまま人間族の国神聖ファリドゥーン王国を攻めるのだ。裏切り者の元大元帥ことアータヴァカごとな」


 その言葉に三武将はひざまずく。インドラの命令は絶対だ。


 「魔導吸収物質で作り上げた青銅の剣と鎧を早く量産させるのだ。暗黒物質鎧を無効化すれば鬼はただの木偶人形にすぎぬ。もちろん人間も獣人もたやすく切れる。」


 「はっ」


 三武将が答えた。


 インドラは死体となった多聞天を忉利天からアジトの方向に蹴り落とした。


 「地上側のジャヒーの作業はどうなっている」


 落ちていく多聞天を見ながら嬉しそうに聞くインドラ。


 「抜かりはありません」


 さすがは広目天。監視の目そのものである。


◆◆◆◆


 ミラとアラが鬼族の村へ帰ろうとした前日に王宮に鬼族の使者がやってきた。


 「アータヴァカ様!」


 なんと大元帥自らファリドゥーン王国にやってきたのだ。


 「カーウース王とロスタム王子にご報告があってまいりました。」


 その報告は危機的な内容であった。


 「我々の長である多聞天様が殺されました。まもなく天空の忉利天から鬼族がこちらに攻めてくるものと思われます」


 「それに親書がまだ届いておりません。おそらくは……」


 この言葉に対し、王は言葉を失った。


 「王子、何度もお願いをしてすまぬ」


 「父上、大丈夫です。危機は全員で乗り越えましょう」


 さっそく五人で王宮を出発する。


 ミラとアラは鬼族の村へ。タウス、ケンと王子はもう一回ジラント王国へ行く。親書の確認を行なうためだ。


 鬼族の村に近づいた。ここで分かれるのだがあるはずの無い第三の道があった。道を行くとすぐ先には泉があった。泉のほとりには酒のびんとギターが置いてある。


 「なんだこれは?」


 栓を抜くアラ。泡が瓶から吹き出す。


 「ラッキー! 飲もうぜ!」


 「何考えてるのよ! アラ! 毒だったらどうするの! それに貴方まだ子どもでしょ?」


 が、すでに酒はアラの喉をすぎていた。


 「ぷは~っ。うめえ!」


 「ねえちゃん、こいつは麦酒だぜ」


 タウスが恐る恐る指でさわり舌を舐める。


 「本当だ。これはビールだ」


 「今の時代、わが国ではビールは貴重ですが……。ジラント王国から取り寄せたものでしょうか?」


(今だ――!!)


 森の奥で呪文を発し、五人に弱い光を当てた。


 見事に呪文がきいた。酒を飲まずともすでに泥酔状態にする呪文であった。


 「歌おう」


 五人が意気投合してなぜか歌い始める。近くに小屋を見つけた。そこにはビール瓶が一杯あった。


 緊張感が完全に切れたのかタウスは文明時代の流行歌、アラは鬼族の歌などを披露する。鬼族の歌はどことなく東方の歌のようであった。二人に聞くと当たり前であった。はるか東方の彼方にあるの漢という国の歌だったのだ。


 「美しい歌ですわ」


 そこに現れたのは美女。


 「その酒は私達の物。でもその曲に免じて許しますわ」


 「ず、すまぬえ」


 「めうしわけごぜいません」

 

 ミラとアラはもう呂律ろれつまわっていない。


 「アフラの名の下に乾杯!」


 ケンが印を結んで飲む。


 女が顔色を変えて苦しむ。


 「貴女よ、なぜ苦しむのかな?」


 次にケンが解毒魔法を全員に浴びせた。


 「どうなってるんだ。おいらは鬼なのにビールごときで記憶が……」


 「頭痛い」


 「吐きそうだ」


 女が今度は眠りの魔法を唱える。魔法陣もなしに!


 ケン以外眠りにつく。


 「なぜお前は効かぬ。犬人の子よ」


 「ふっ」


 敵に護符を見せるケン。


 「お前は我々と同じ獣人かと思いきや魔族だな」


 「どうしてそれを!」


 ケンが小屋にあった毛を見せる。


 「これはアフラの加護を受けていない珍しい獣の毛です。光の魔法を浴びさせても毛には光沢がないのですよ。つまり貴方は魔族と見受けました」


 「犬っころが!」


 手には巨大な炎が。


 「死ね!」


 しかしケンの前で炎が止まり……そのまま跳ね返って行った!


 女の悲鳴が木霊する。


 「魔法そのものには跳ね返す魔素がございます。もちろん、自分も魔法で回復できなくなってしまいますが今回はやむを得ませんでした」


 ケンが首輪を外し、そのまま女の首に向かって投げる。


 見事にはまった。首が絞まる。


 なんと若い姿だった女の姿がどんどん老婆へと変わっていく。老婆の姿のまま肩から下の皮膚はさらに狼のごとき毛だらけの姿に変わっていく!


 「その首輪は獣や人、鬼などの精をすするのです。そしてそれから……」


 印を結び終えた。引導であった。


 「首が切断されます」


 その淡々と語る声と同時に女の首が切断された。


 魔女が死ぬと全員眼が覚めた。醒めた後の惨酷な死体を眼にする王子。


 血だらけの首輪を拾いながらケンは言う。これがジャヒーの最後であった。


 「鬼の子よ。あの時逆らっていたら貴方もこうなっていました。もっとも精までは吸わせませんでしたが」


 震える鬼たちがそこにいた。


 一方小屋を探索していたタウスは……。


 「これは……」


 タウスが驚く。


 「地下通路じゃないか!」


 瓶が詰った箱をよけるとそこにはいかもに怪しげな地下通路。


 タウスが地下通路に入った。他の四人も続く。


 その先に見えたものは……。巨大な魔法陣であった。


 「転送魔法陣ですね」


 ケンが確認する。


 「敵は大掛かりに進撃するつもりです。おそらくあなた方の鬼族から抹殺するつもりでしょう」


 ケンの言う通りすぐさま鬼族の村に行き、彼らを王城街から少し離れた神学校に避難させた。校庭にキャンプを張る。神学校には怖がる人々もいた。しかしやむを得なかった。議会の鬼族受入許可がすでに下りていたからだ。


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