第五部 作品解説

一.「王書」最大の勇者ロスタム


 日本では王書は悪竜の化身と戦う勇者ファリードゥーン、魔竜アジ・ダハーカ、ザッハークが有名ですが、イラン本国では実は勇者ロスタムのほうが圧倒的人気です。なぜでしょうか? それは、息子ソフラーブを子と知らずに殺す場面、自分の息子を殺したと知って茫然自失となってさまよう場面、死者となったソフラーブを蘇らせる霊薬を探して見つからないなんていう場面まであるからではないでしょうか。最後は勇者と喝采されずに親族同士の争いで落とし穴にはまって死んでいく場面。勇者ロスタム編は「勇者」として閉じることは本来極めて厳しい物語なのです。だから日本ではゲーム化なども出来ずに子どもにも浸透しなかったのではないでしょうか。少なくとも私にはそう見えます。イランの方々は勇者ロスタムの物語の一場面を口ずさむことが出来るほど愛された悲劇的な勇者でして誰もが知る国民的英雄キャラなのですが、このような終り方をされると日本人は呆然としてしまうのではないでしょうか。やっぱり日本では国民的RPGドラゴンクエストのように「魔王や竜を退治してハッピーエンド」のほうが子どもには(大人にも?)受けるのです。ところが勇者ロスタム編は死も裏切りシーンもかなり入っているのです。勇者ロスタムの物語は決して「愛と勇気と友情の物語」なんかではございません。なので拙著のラストはある意味ロスタムに救いの手を差し伸べることとなりました。


二.青銅の体を持つイスファンディヤール


 イスファンディヤールはもちろん鬼でもなく、むしろ勇者ロスタムのように七武勇伝を持つ「勇者」です。本当は勇者同士の戦いなのです。勇者(ヒーロー)といっても正義とは限らない……。勇者ロスタム編が日本人に支持されない理由がなんとなくここでも分かるのではないでしょうか。

 青銅の体を持つという時点で人間ではありませんよね。この部分を壊さずにどうやって王書風のファンタジー作品にするか私は大変苦労いたしました。そこで一種のミイラとして鎧に収められ、幽霊としてこの世に出た武者として本作品に登場させました。剣などでは一切傷つけることが出来ない体という点からしてもう異形の存在です。少なくともこの時点で彼はもう人間ではありません。しかし、原作どおり弓矢で目を射る形で彼を倒すことにいたしました。

 幽霊婚は台湾を初め世界中で見られます。これも是非知ってほしいところいでございます。ただしもちろん原作では幽霊婚の場面はございません。


三.原作における勇者ロスタムの最後


 ロスタムから見て「腹違い」の弟、シャガートはカブール王の娘と結婚します。政略結婚の意味合いも持っています。カブール王となったシャガートは親戚にして友好国となったカブール王国に対してロスタム王が貢物なんて要求しないだろうと思っていました。しかしその後もロスタムはカブール王国へ貢物を要求したのです。これに立腹したシャガートは落とし穴作ってロスタム王と竜馬ラクシュを謀殺します。穴に入ったあとも徹底抗戦したロスタム王の弓矢によってシャガートも命を落とします。

 このように最後は醜い親族争いで命を落とすのが原作における勇者ロスタムの最後なのです。


四. 阿傍


 阿傍とは、地獄の獄卒である阿傍と羅刹の併称です。特に閻魔の前にひったてる恐るべき鬼として描かれます。仏教では閻魔のもとに常におり、罪人は百千万歳のあいだ呵責をあたえられるという。ですから悪というよりも罪人を懲らしめる刑務官のような役割のほうがちかいでしょう。姿は牛頭の場合もあれば羊頭の場合もあります。いずれにせよ地獄絵図で必ず見る鬼のはずです。ただし、悪いことしなければ阿傍のお世話になることはありません。また永久に責められるというわけでもありません。もちろん羅刹ですから羅刹天として天界にいる場合もございます。本作品のラストの塔も実は天界にある塔です。


五.ヤマーンタカ


 ヤマーンタカとは閻魔をも殺すものという意味です。日本では大威徳夜叉明王という明王の地位にいます。チベット密教でヤマーンタカです。インドではマヒシャサンバラといってアスラの一族の王にして天界を支配しましたが女神ドゥルガーに敗れています。本書ではヤマーンタカの姿を重視しています。大威徳夜叉明王は六本の足でもって牛に乗りながら六界を見渡している像が一般的です。悪に堕ちた閻魔を倒したものにふさわしい名前ではありませんか。もちろん、こいつも元は阿修羅の出自です。有名な像は東寺と金沢文庫の像が有名です。主に武運を司ります。


六. サーラメーヤ


 インドラの飼っている雌犬サラマーの雌犬二匹をサーラメーヤと呼びます。個別にはそれぞれシャバラとシュヤーマといいます。ギリシャ神話のケルベロスにあたる冥界の番犬で、閻魔にも仕えます。姿は四ツ目で斑模様です。この時点でインドラは間接的ですが地獄とも繋がっていることがわかります。人間界を歩き回って死ぬべき人間を見つけ出しては地獄に連れ去ります。なお、母親サラマーは魔族のパニ族と対等に交渉を行なっています。もうこの時点でインドラは最後まで真っ黒ということがおわかりいただけたでしょうか。なお、『マハーバーラタ』においては、サーラメーヤらがユディシュティラと兄弟たちを来世へと先導する役割を持ちます。


七.インドラのもう一つの武器「パランジャ」


 インドラの武器はヴァジュラのイメージが強いですが実はもう一つ「パランジャ」という蛇行している黒い剣も持っています。


八. ロスタムは実在人物?


 ロスタムはアフガニスタン・ザーブル州生まれという設定になっていますが『王書』が編纂されたはるか前の1世紀~2世紀ごろのパルティア王国の将軍だった可能性があり『王書』に登場するロスタムと戦った白鬼とはスキタイ人などの事を指すのでは?という学説があります。まだ確たる証拠がないので参考程度にとどめておいてください。


九. 救世主クルサースパとはロスタムの遠い祖先である


 ゾロアスター教及び『王書』では世界の終末時にアジ・ダハーカが復活して人や動物の3分1を喰いその後救世主クルサースパに倒され世は平和が訪れる事になるのですがなんでロスタムの遠い祖先であるクルサースパが最後の審判を迎えると突然目覚めて復活するのかと言ったところが何も説明されず現代文学的に大いに矛盾するので最後の部分は筆者が独自解釈しストーリー化しました。それに今生きている我々に最後の審判が来ていないという事は……おそらくそういうことであろうと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る