22:大家さんの欲しい物
「――え、私の欲しい物ですか?」
その日の夕食の席にて。何とか白坂のご機嫌を回復させることに成功した俺は、彼女に『何か欲しい物はないか?』と尋ねていた。
これだけ聞くと、『夕方にモックを奢ってまで正人にアドバイスしてもらったのは何だったのか?』と思うかもしれないが、これも奴のアドバイスによるものだ。
あの時、正人にはあれこれと良さげな小物やお菓子などを提案してもらっていたのだが、ふと奴が思いついたように『別にサプライズとかじゃなきゃ、その人に直接欲しい物聞けばいいんじゃね?』と言ったのだ。
俺はその発言に『確かに』と思った。
俺は別に白坂に誕生日や何かの記念の品としてプレゼントを贈ろうとしている訳ではないし、それなら直接彼女に今欲しい物を聞いて、それを贈った方が喜ばれる可能性は高い。
どうせなら喜ばれる物を俺も贈りたいし、彼女が貰って喜んでくれた方が俺も嬉しい。
なので、先ほどの質問をした、という訳である。
「ああ。日頃のお礼に何でも――……は無理だけど、君が欲しい物をプレゼントするよ」
「別に私は金品が欲しくてやっているのではないんですけど。それに、お礼ならいつも言ってくれていますよね?」
「俺の気持ちの問題だ。できれば何か言ってもらえる方が、こちらとしては助かる」
「そう言われても……」
そう言って、ほんのり眉を寄せる白坂。
その表情は困惑気味で、『果たして何を言えばよいのか』と悩んでいる様に見えた。
まあ、そんな反応になるのも当然か。
何の脈絡も無く突然『欲しい物はないか~』なんて聞かれても、そんなにすぐには浮かんでこないだろう。逆の立場だったとしたら、多分俺も困ってしまうと思う。
……ここは一旦引き下がって、また何か思いついた時にでも言ってもらうのが一番いいだろうか。
「……お礼って、『欲しい物』じゃなくて、『欲しいこと』でもいいですか?」
そう考えていると、俺よりも先に白坂が口を開いた。
どうやら何か思いついた様だが……『欲しい物』じゃなくて、『欲しいこと』?
「……えっと、それは何かのサービスとか、俺に何かして欲しいとかそういうことか?」
「そうです。いけませんか?」
「別にいいけど、俺にできることなんて高が知れてるぞ? 力仕事ならまだしも、知っての通り、料理や掃除は壊滅的だからな」
「知っています。別に家事をお願いしようなんて考えていませんから、大丈夫ですよ」
「……そーかい」
別に自分で言ったことなので気にしている訳ではないが、少しくらいは『家事が壊滅的』の部分を否定して欲しかったところである。
「あなたにお願いしたいのは、あれです」
『あれ』と言って彼女が指さしたのは、リビングのテレビの前に置かれたゲーム機だ。
無印から数えると五世代目にあたるそれは、いつもならテレビ台の中に仕舞ってある。だが、夕食前に俺が白坂の料理ができるまで遊んでいたので、床に放置されたままになっていた。そういえば、コントローラーもソファの上に投げっぱなしである。
白坂はそれを興味深そうに見つめつつ、ぽつりと呟いた。
「私、昔からゲームってあまりやったことがないので、やらせて欲しいなって」
「……そんなんでいいのか?」
「ええ、空木さんがいいなら、ぜひ」
『ダメでしょうか?』と言外に視線で尋ねてくる白坂。
別に俺としてはゲームを貸すくらい、いくらでも構わない。俺はいつでも出来るし、なんだったら気に入ったタイトルがあったら、ゲーム機ごと彼女の部屋に持ち帰ってもらっても構わないと思っている。
……だが、『ゲームをやりたい』と言った彼女に、気になる点が一点だけあった。
「君、『できるだけ金掛けないように』って、何か俺に気を遣ってないか?」
すでに白坂には俺が親から仕送りなどを貰わず、バイトをして自分で家賃を払っていることを知られているので、『もしや常に金欠な俺に気を遣ってお金をかけない物を選んだのではないか』と心配になったのだ。
俺としてはこれは俺からの恩返しなので、そんな遠慮などして欲しくない。
彼女が欲しがる物によっては無理かもしれないが、それでもまず検討くらいはしたいし、最初からこちらへ譲歩され過ぎるのも少し困ると思った。
しかし、そんな俺の考えは彼女にとっては杞憂だったようで、白坂は『そんなことありませんよ?』と返してきた。
「ゲームって『ちょっとやってみよう』と思っても中々手が出しづらいので、こういう機会でもないと遊べないですから」
「あー……なるほど。ゲーム機って意外と値段するもんな」
普段遊んでいてもあまり意識することはないが、ゲーム機というのは精密機器だけあってそこそこお高い。もちろん機種にもよるが、このゲーム機本体なら新品で買うとなると、このアパートの家賃一月分くらいはかかるはずだ。
俺の様に何か欲しいゲームのタイトルがあったりするならともかく、『ちょっとやってみたい』くらいでそんなに高価な物を買うのは、確かにゲーム初心者にとってはハードルが高いのかもしれないな。
「そういうことなら、俺はそれで構わないよ。いつにする? 俺は別に今日これからでもいいけど」
「流石に今日はちょっと。そうですね……では、今度の日曜日はどうでしょう? その日ならゆっくり遊べますし、あなたもバイトのお休みの日ですよね?」
スマホでスケジュールを確認しつつそう提案してくる白坂。
彼女は夕食を作って貰う関係でこの先一か月の俺のシフトを把握しているので、こういうときは話が早くて助かる。
特にその日で問題も無かったので、俺は頷いて了承の意を示した。
「そうだな。じゃあ、そうするか」
「はい」
そう言って白坂が頷いたので、俺は胸を撫で下ろした。
だけど少しだけ、後になって後悔した。
その時の俺はようやく白坂に恩返しができることが嬉しくて気が回らなかったが、それが俗に言う『おうちデート』と呼ばれるものだと夜にベッドに入ってから気づいた。……いや、気づいてしまった。
気づいてしまえば、気にしないようにしようと考えても気にしてしまうもので……。
嬉しそうに微笑んでいた彼女を思い出せば今更『やっぱなしで』とも言えず、俺は約束の日まで少しだけ寝不足の日が続いたのだった。
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