21:タダより高い物はない

「珍しいな。お前から遊びに誘ってくるなんて」


 その日の放課後、俺は正人を誘って駅前のモックに訪れていた。

 駅前ということもあり、店内は大勢の学生で賑わっており、座る場所を見つけるのにやや苦労したが、運よく隅っこで空いている席が見つかった。


 俺は持っていたトレーを机に置きつつ、返事をする。


「……まあ、偶にはな。この前折角誘ってもらったのに断ったこともあったし」

「ふーん、じゃあコレはそのお詫びって訳か」


 同じく対面に腰掛けた正人が『コレ』と言って、トレーに乗ったバーガーセットを指さす。それは俺が先ほど自分の物とまとめて代金を支払ったものであり、端的に言えば俺が正人に奢った物であった。

 ちなみに、俺はポテトしか頼んでいない。腹がいっぱいになって白坂が作ってくれた夕飯が食べられなくなるのは本意ではないので。おやつ感覚で軽く摘まめる程度に留めた。


「違うとも言えるし、そうとも言える」

「どっちだよ」

「まあまあ。いつも世話になってる礼だと思って、遠慮なく食ってくれ」

「うさんくせぇ……まあ、奢ってくれるって言うならありがたく頂戴するけどさ」


 少し訝しみながらも正人はそう言って徐にフライドポテトへと手を伸ばし、揚げたてのそれに齧りついた。

 それをしっかりと確認して、俺は一言。


「実はお前に相談があるんだが……」

「やっぱり裏があるんかいっ!」


 当たり前だろ、何もなくてバイト一時間分にもなる金額をお前に奢るか。

 タダより高い物はないと知れ。


「奢るって言ったら全部Lサイズに変更しやがった分、きっちり相談には乗ってもらうぞ?」

「うぐっ……まあ、食っちまったし、別に相談に乗るくらい別にいいけどよ」


 『でも、こんなだまし討ちみたいな真似すんなよなぁ……』と正人。

 奴がやっても全く可愛くはないが、拗ねた様に唇を尖らせ不満をアピールしている。繰り返すが、全く可愛くはないが。


 ……まあ、正直俺も少し悪いとは思っている。でも、何も見返り無しで相談すれば、こいつは絶対茶化してくるような気がしたから止むを得なかったのだ。


「――で、相談って何だよ?」


 正人は少々不貞腐れた様子を見せながらもそう尋ねてくる。

 どうやらちゃんと代金分は答えてくれるらしい。


 俺は『実は……』と前置きしてから、相談内容を奴に告げた。


「最近世話になっている人が居て、その人にお礼がしたいんだが、何かいい物を知らないか? できれば貰っても困らないもので、俺が渡しても変じゃない奴」


 俺がそう尋ねた途端、正人の手から摘まんでいたポテトが落ちた。

 『何をやってるんだ』と奴の顔を見れば、俺の発言に驚いた様子で眼を見開いていて――


「おい、落とした――」

「彼女か?」


 ――ぞ、と言いかけて、それを遮るように正人が尋ねてくる。


「世話になってるって、彼女なのか? そうなのかっ!?」

「お、おい、ちょっと待て、落ち着け!」


 正人が突然立ち上がったかと思ったら、急に肩を掴まれて前後に揺す振られる。

 ガクガクと視界が揺れ、俺から見える世界が二重三重にぶれた。


「何だよお前、俺には『彼女なんて要らない』みたいな態度とっておいて、やっぱり裏では着々と行動してんじゃねえか! 言ってくれればこんな賄賂なんてなくても……いや、寧ろ俺が払ってでもいくらでも相談くらい乗ってやったのに。何で今までそんな小説のネタになりそうな――コホン。もとい、面白そうなこと黙ってたんだよ!」

「あ゛~あ゛~あ゛~、うるせぇ、気持ち悪い、暑苦しい!」


 俺は正人に揺す振られつつ抗議したが、聞き入れられる気配がない。


 ……くそ、これだから正人に相談するのは嫌だったんだ。

 こんな相談周りにできるのはこいつぐらいしか居なかったこともあるが、『小説でラブコメとかも書いているし、女友達へのプレゼントとかそういうことにも詳しいだろ』なんて考えるんじゃなかった。


 白坂は『いつまでも待っている』と言ってくれたが、最近の彼女を見ていると、流石にこれ以上お礼を先延ばしにしているのも忍びなかった。だが、かと言って何か案がある訳でも無かったので正人を頼った訳だが……どうやら俺は選択を誤った様だ。


 俺は己の失策を悟るも、全てがもう遅かった。

 今は為されるがままに、正人が落ち着くのを待つのだった。






「落ち着いたかよ」


 あまりに騒いでいたので『何事か』と周囲の視線を集めていたことに気づいたのか、しばらくしてからようやく俺は解放された。


 解放された瞬間は酔ってしまって軽い吐き気を催していたが、正人のジュースを奪って飲んだら大分落ち着いた。もうあんな陸上ジェットコースターの様な揺さぶりは二度とごめんである。


「……ああ、悪かった」

「別にいいよ。でも、相談には乗ってくれよ?」


 じゃないと気持ち悪いのを我慢した意味がないからな。

 散々な目に合わされたために若干鋭くなってしまった視線を向ければ、正人は少々ばつが悪そうに『分かってるよ』と頷いた。


「えっと……確認なんだが、その最近世話になっている人っていうのは、女の人って認識で合っているか?」

「……どうしてそう思ったんだ?」

「ただの勘だ。まあ、しいて言えば、『男ならお前は悩まずに適当に良さげな物を見つけて贈るだろう』って思ってな?」

「なるほど」

「で、当たってんの?」

「……そうだよ。俺達と同じくらいの女の子だよ」


 隠していても意味はなさそうなので頷けば、正人は『へぇー』とか『ほーん』とか意味のない言葉を呟きつつ意味深な視線を向けてくる。

 ……おい、何だその視線は。さっきの今でまだ懲りていない様だな?


「……まだ勘違いしている様だから言っておくけど、彼女とはそんな関係じゃないからな」

「はいはい、分かってますよー」


 ……本当に分かっているのだろうか?

 あまりに飄々とした正人の態度に少々不安を覚えたが、白坂との妙な関係を説明しようとすると変なことまで喋ってしまいそうなので、この場で言及することは止めておいた。


「それで、俺は何を贈ればいい?」

「うーん、そうだなぁ……。その子との関係性にも依るけど、コスメやハンドクリームは比較的誰にでもオススメだって聞くな。よく使うものだからって、喜ばれるらしい」

「ふーん、そうなのか」

「ただ、コスメは既にお気に入りのメーカーとかある場合が多いから、それを外すと使われないかもしれない」

「分かった。肝に銘じておく」

「――あ。あと、これとかはどうだ?」

「どれだ?」


 こちらに差し出された正人のスマホを俺達は二人で覗き込む。


 その後、時間も忘れて正人のアドバイスを脳内のメモに書き込みながら頷いたり、『これはどうなんだ?』と質問したりしていると、いつの間にか窓の外は真っ暗になっていた。

 途中、俺の帰りが遅いので白坂から連絡が来ていたがそれにも気づかず、俺達は夢中になって『あーだこーだ』話し合っていた。


 ……その結果、白坂の機嫌を損ねてしまったのは、反省したい。


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