11:何かありそうなクラスです。
うちの高校で昼飯といえば、三つの選択肢がある。
一つは、弁当を持参すること。
親に作ってもらったものや通学途中コンビニなどで調達したものを持参して食べる。これが割と一般的で全体の六割ほどはこのタイプに属する。
二つ目は、構内にあるカフェテリアを利用すること。
うちの高校には生徒や教員が自由に利用できるカフェテリアが出店しているので、そこで昼飯を済ませる。こちらは持参派と比べて弁当を用意する必要が無いメリットがあるものの、店の面積の都合上席数がそれ程ないので、全体から見ると少な目だ。
そして、三つ目が購買である。
これは校内にあるコンビニの様なイメージだろうか。提携している近所のパン屋から仕入れた惣菜パンや菓子パンが主な商品で、紙パックのジュースも売っているのでとても便利だ。俺と正人もこのグループに所属していて、お昼時にはよく利用している。
ただ、購買は商品の数に限りがあるので、人気のパンは早いもの勝ちという生徒内で広まっている暗黙のルールがある。
そのため、いつもなら俺達もどちらかの教室前で待ち合わせて午前の授業が終わり次第連れだって購買に向かうのだが……今日の俺は教室の自分の席で正人が来るのを待っていた。
「陸ー、飯買いに行こうぜー」
「それはいいけど、その前にお前に言っておきたいことがある」
意気揚々とやってきた正人にそう告げれば、奴はキョトンとした顔で立ち止まる。
「何だよ、そんな名曲の歌いだしみたいなこと言いだして」
「いやな、思ったんだけど、お前うちのクラスに来すぎじゃない?」
気づいたらうちのクラスに居るので忘れていたが、俺と正人は別のクラスだ。
入学してからもうすぐ一月だが、正人はほぼ毎日俺のクラスへ飯を食いに来ている。
最初の一週間は、『まあ、最初は見知った奴と食う方が気楽か』と納得していたのだが、二週間、三週間と過ぎても足繁く訪れるので、『そっちのクラスに友人は居ないのか』と段々不安になってきたのだ。
もしもそうなら、一応は親しい友人として何とかしてやりたいし、一度ちゃんと話を聞いておこうと思った訳だ。
「友達居ないなら相談には乗るからな」
「おい待て、いきなり人をボッチ呼ばわりするな」
「違うのか?」
「違わいっ! ちゃんと向こうのクラスにも友達くらい居るわ!」
何だ、そうだったのか。
割と真剣に心配していたんだが、杞憂に終わって良かった。
「俺がよくこっち来てんのは、アレだよ、アレ!」
「アレ?」
正人の指さした方へ視線を向ければ、白坂の居るグループがあった。
クラス最大規模のこのグループは男子女子共に多く、入学式の日のように白坂を中心に囲むようにして集団ができている所をよく見かける。今日も多くの人が押し掛けている様で、彼女の姿は人の隙間から偶にしか見えなかった。
いつも楽しそうな会話をしている彼らだが、当の白坂はあまり会話には参加せず静かに微笑んで聞き側に回っていることが多い。時折何か質問されたり、意見を求められたりしたときに口を開く以外は、殆ど喋っている印象は無い。
まあ、いつも見ている訳じゃないので、俺が見ていない時には喋っているのかもしれないけどな。
「ねー、白坂さんはどっち派?」
「もちろんキノコ派だよね?」
「マイナー派は黙ってて! 白坂さんはタケノコ派よね?」
今日は何やらチョコレート菓子について議論しているようで、白坂は意見を求められていた。
話を振られた白坂は少し考えた後、『どうでしょう? どちらもそれぞれの良さがあるので選べませんね』と、どちら派とも言わない曖昧な感じで答えを濁していたが、周りの奴らはその答えで納得したのか、特にそれについて不満を漏らす様子は無かった。
……それでいいのか、お前ら。
「何だ、お前も白坂さんが目的の口か?」
「そうだけど、多分お前が思ってるような目的じゃない」
「というと?」
「俺は小説のネタ探しがメインだ」
なるほど、正人らしい。
確かに『小説のネタ』という観点において、彼女は非常に優秀な存在だろう。あれほどの美少女はそうそう居るものでもないし、その人気具合もフィクション染みていてポイントが高い。
俺でさえ彼女の周りで起きるイベントを記録しているだけで何となくラブコメが書けそうな気がしてくるのだから、正人にしてみたらいいネタ提供者ということになるのだろう。
「それに、このクラスにはあいつも居るからな」
「あいつ?」
「ほらあいつ、皇帝」
「あー」
挙げられた名前に、俺は納得の声をあげる。
皇帝とは、もちろん国の偉い人という意味ではなく、ただの渾名だ。
本名を
しかも小耳に挟んだ情報によると、中学サッカーで全国大会まで行った強豪校のキャプテンだったというのだから凄まじい。イケメンで運動もできるとか羨ましい限りである。
ちなみに渾名の由来は、『羽田がピッチに立てば、ゲームを支配する皇帝となるから』らしいが、俺はあまりサッカーに詳しくないのでよく分からない。よく分からんが、とにかくサッカーが上手いのだろう。
「――っべー! りょー君、マジやっべーわ!!」
――と、噂をすれば。
「この間のサッカー部の新人歓迎試合、先輩たち相手にハットトリック決めるとか、りょー君マジやばいわ!」
「あれ本来、新人に先輩の威厳を見せつける為とかで毎年ぼこぼこにされるやつなんだろ?」
「それに勝つばかりか、一人で三得点とか……すげぇな」
「そんな褒めすぎだよ。あれは新人皆の力が一つになったから出来たんだ。俺一人の実力って訳じゃない」
噂をすれば影。購買から帰ってきた羽田とその友人三人それぞれがパンの入った袋を持って教室へと入ってきた。何やら部活の話をしていたのか、先日活躍したらしい羽田が友人達から称賛されている。
それに対して羽田は奢ることなく謙虚な対応をしているのだから、人間ができていると言うべきか。まったく、真のイケメンは言うことも違うな。
「羽田君、今日もカッコイイねー!」
「彼女とか居るのかな?」
「前聞いたら、居ないって言ってたよ」
「え、ホント?」
近くに居た女子達から聞こえてきた声を拾い上げれば、そんな風に羽田について楽しそうに話していた。
……もう何というか、あまりに羨ましさが天元突破していて、逆に嫉妬心すら沸いてこない。
「お前のクラスって、いつか何かありそうだから、作家志望の身としては目が離せないんだよなぁ」
「なるほどな。まあ、理由聞いて納得したわ」
「ちなみに、俺はお前にも期待してるぞ?」
「はあ? 俺に?」
期待していると言われて、俺は首を捻る。
俺は前に挙げた二人の様に見目が良い訳ではないし、お世辞にも愛想がいいとは言えない。さらには自分から積極的に話しかけるタイプでもないので、親しい異性の知り合いは皆無である。そんな自分に期待されても、応えようがないので困る。
正人が言うからには小説のネタ的な意味で期待しているという意味だとは思うが、俺に期待するのはお門違いが過ぎるというものだ。
そう思って胡乱気な視線を正人に送れば、奴は『分かってないなぁ』とばかりに指を振った。
「お前、前髪長いから基本目元隠れてるし、なんかギャルゲーの主人公っぽいじゃん? だから、いつか何か大きなことを仕出かしてくれると信じてる」
「嫌な信じられ方だな、おい」
「俺的には白坂さん辺りとくっついてくれると色々想像が捗るんだが」
「言ってろ。――それより、そろそろ購買に行かないと全部売り切れるぞ」
一方的に話を打ちきって購買へ向かって歩きだすと、正人は『あ、おい! お前が話し始めたんだろうが!』と文句を言いつつも追いかけてきたので、そこでその会話は終了となった。
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