25:奇遇ですね。
とあるバイト休みな日の放課後。
俺はスマホを片手に馴染みのない道を歩いていた。マップアプリの矢印が示す通りに右へ左へ。学校から歩き始めて十分もすれば、もうマップなしでは帰れる自信がない場所まで来ていた。
ちなみに目的地は映画館である。小さい方の。
わざわざ『小さい方の』と形容したのは、俺が通う大和台高校から行ける範囲には二つの映画館があるからだ。
まず一つは、複合商業施設に併設された比較的大きな映画館。
一つで百席以上もある劇場を八つも備えており、最も規模の大きい八番スクリーンは三百席もあるほどの規模感だ。親子連れやカップルがよく訪れ、週末や連休にはそれでも満席になることもあるとかないとか。
そしてもう一つが、今俺が向かっている小さな映画館だ。
街の大通りから外れた場所にポツンとある映画館で、劇場も一つしか備えていない。それに加えて座席数も三十席ほどしかない為、近隣住民であっても知らない人の方が多いらしい。
ただ、こっちの映画館では大きな映画館では上映しない様な知名度の低い作品――所謂、マイナー作品と言われる映画――や、昔の古い良作映画を毎日三作品ほど日替わりで上映しており、映画好きなお客さんからは密かに人気があるみたいだ。
――と、持っていたスマホが震え、『ニャイン♪』とメッセージの到着を通知してきた。
開いてみるとそれは白坂からのもので、『今日はちょっと出掛けますので、お部屋へ伺うのが少し遅くなるかもしれません』とのことだった。
幸いにして今日はこれから俺も映画を見に行く予定なので、多少遅くなっても問題はない。寧ろ帰る時間によっては俺の方が遅いことも考えられるので、彼女からそう言ってくれるのはありがたかった。
俺は白坂からのメッセージにこの間購入した侍のスタンプで『承知!』と送ると、Nyaineを閉じて、再びマップアプリを開いた。
「……間に合うかな、これ」
スマホのマップアプリを使いたいが為に学校に自転車を置いてきていたのが仇になったか、見たい映画の上映時間まで割と余裕が無い。次がその映画の本日ラストの上映なので、間に合わなければ諦めるか、途中から見る羽目になるだろう。
それは何とも微妙である。
どうせ見るのなら、最初から最後までちゃんと見たい。
「自転車用のスマホスタンドでも買っとくべきだったかな」
俺はそう一人ごちると、少しだけ歩みを速めた。
『目的地に到着しました』というマップアプリの音声案内に視線を上げれば、コンクリート張りの少々無骨な建物が立ちはだかるように聳えていた。
壁面などに施設の名前が書かれていないので、外観からはここが本当に映画館なのか分かりにくい。だが施設の前には本日上映中のものと思われる映画のポスターが貼られていたので、恐らく目的の映画館で間違ってはいないだろう。
スマホで現在時刻を見ると、上映十分前。何とか間に合ったな。
俺はスマホをポケットにしまい、ガラスの押し扉を通って中へ入った。
上映時間までの待合室の意味合いも兼ねているのか、中は存外に広い。二、三人で座れる長椅子がいくつも置かれており、壁際には個人用のカウンターの席もあった。まあ、今は次の映画の上映時間ギリギリなので、人は全く居なかったけど。
売店がちょっとしたカフェも兼ねているらしいし、次早く来てしまった時は利用してみるのもいいかもしれないな。
そんな事を考えながらチケット売り場へと向かうと、途中で見知った人影を見つけた。
「白坂」
「? ――あ。空木さん、奇遇ですね」
購入したチケットを手にした白坂は、俺を見つけると傍までやってくる。
「まさか君も来ているなんて驚いたな。もしかして君も『キミハナ』を見に来たのか?」
「そうですけど……もしかして空木さんもですか?」
白坂の問いかけに頷いて見せれば、彼女は意外そうな顔をした。
まあ彼女連れならともかく、男が一人で恋愛映画を見に来るなんてあんまりイメージ沸かないよな。どっちかって言うと、俺もアクション系とかミステリ系の方が好みだし、彼女がそんな反応をするのも頷けた。
「あなたも恋愛映画とか見るんですね」
「まあな。――といっても、あんまり見る方じゃないのは確かだけど。後学の為に、一応ジャンルとして押さえてるって感じだ」
「では、今日も後学のために?」
「そんな感じ。君は?」
「私はこの映画の原作者さんが私の好きな作家さんなので。中々見る機会が無くてスルーしてしまっていましたが、こちらで上映されると聞いて見に来たんです」
「なるほどな」
俺は読書と言えばライトノベルやネット小説くらいしか読まないのでそういう考えに至ったことが無いが、一般向けの書籍が好きな人だとそういった理由から映画館へ足を運ぶこともあるらしい。
『そういう理由もあるんだなぁ』と俺が頷くと、白坂はチラリと腕に嵌めた時計を見た。
「そろそろ時間ですし、見られるなら少し急いだ方がいいかもしれません」
「おっと、そうだな」
そういえば、あまり時間が無いんだった。
折角間に合ったのに、話し込んでいて冒頭を見逃したとあっては道中少し急いだ意味がない。さっさとチケットを購入して中へ入るか。
「では、私はお先に失礼します。映画、楽しんでくださいね」
「ああ、お互いにな」
そこで白坂とは別れ、俺は一人でチケット売り場へ向かった。
ここのチケット売り場は最近多いタッチパネルで見る映画と席を指定して発券するタイプではない様で、カウンターの奥にはお姉さん……と呼ぶにはいささかお年を召したふくよかな女性店員が座っていた。
誠に失礼ながら、『トラ柄のシャツとか似合いそうだなぁ』とか思ったのは秘密である。
「十六時半からの君とした雪花の約束、高校生一枚お願いします」
「はーい、ちょっと待ってね」
学生証を提示しながらそう告げると、店員さんは受け取った学生証を確認した後、手元のパソコンを操作して何やら入力し始めた。俺はその間カウンターに置かれていた座席表を眺めつつ、どの席がいいか考えていたのだが、不意に店員さんが声をかけてきた。
「ねえ君、さっきの子とお友達?」
「え……あ、そうですけど」
次は席を聞かれるものだと思っていた俺は、突然それ以外のことを聞かれ驚いた。いきなりだったとはいえ、思わずどもってしまったのが少し恥ずかしい。
他に人は居なかったし、おそらく店員さんはここから俺と白坂が話している所を見ていたからそう聞いてきたのだろうが、それを聞いてどうするというのだろうか。
「やっぱり! じゃあ、さっきの子と隣合わせの席にしといてあげるわね!」
「は? え、いやその――」
「別に遠慮しなくたっていいわよ~。はい、チケット! もうすぐ始まっちゃうから、急いで!」
「いや、遠慮じゃなくて。俺達は別々に見ようと――」
「ほらほら、ぐずぐずしない!」
「ああ、ちょっと……」
最後にはカウンターの中から出てきた店員さんに背中を押されるようにして、俺は劇場内へと続く扉をくぐった。
背後から聞こえた『楽しんできてね』と笑う店員さんの言葉が全く別の意味を持つように感じられたのは、恐らく俺の気のせいではないだろう。
「……余計なお世話なんだよなぁ」
俺は小声で呟くと、薄暗いスロープを下っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます