15:アホって言う方がアホなんだよ、バーカ!
想像してみて欲しい。
例えば、『一人暮らしの兄の部屋に見知らぬ女性、それも兄と同年代で明らかに訪問販売等の類では無い人物がやって来た時、妹はどんな反応を示すのか』という問題があったとして、この問題に対してあなたならどう答えるだろうか。
兄に彼女が出来たと喜んで女性を歓迎する?
なるほど、現実的でいい答えだ。家族として身内の幸せを共に喜べるのはとても良いことだし、好意的に受け入れられたらさぞ兄も嬉しいだろう。
それとも、ちょっと不機嫌になるか。
こちらはラノベでありそうな展開だろうか。『兄を取られたくない』との思いから、いじらしくも女性や兄に対してツンツンしてしまうのは、とても愛らしいことだろう。
……まあ、その他にも色々あるだろうが、恐らく大体の答えは『その女性が兄の恋人である』という前提の元に成り立つ答えだろうと思う。
兄の元へ訪問したということは兄に何か用事があるということだし、女性が一人で男性の部屋を訪れるのは余程親しい仲、少なくとも友人以上の関係であることの示唆である。
つまり何が言いたいかと言うと、俺はほぼ確実に春海に誤解されたということだ。
一人暮らしの俺の部屋にやってきた女性――白坂は、兄の彼女である、と。
実際にはただの大家代行と入居者、そしてただのクラスメイトという関係でしかないが、それはたった今彼女の存在を知った春海には分からないことだ。状況から見れば、妹が誤解するのも止むなしといったところである。
『失敗したなぁ……』と、心の中で一人ごちる。
本当は妹に白坂と合わせるつもりなど無かった。
恋人でもないのに夕飯を世話になっているこの微妙に理解しがたい状況を一々説明するのも面倒であったし、する必要性も感じられなかったから。
本来であれば、『二人が出くわす前に帰らせよう。それができなければ会わせない様自分が白坂に対応する』そんなつもりでいた。
しかし、白坂がやってくる直前に『何か実家に居るみたいだな』とか思っていたので、春海が客の出迎えに出ることに何の危機感も抱けなかった。俺が出ていればニアミス回避可能だっただろうに、我ながら気を抜きすぎである。
……まあ、出会ってしまった以上、全ては後の祭り。今更の話だった。
「ほい、砂糖はお好みで入れてくれ」
「ありがとうございます」
新たに淹れたコーヒーのマグカップを手渡せば、白坂はお礼を言って受け取った。
さて、話が長くなりそうだったので、とりあえず白坂には部屋の中に入ってもらった訳だが……何から話して良い物やら。とりあえずは白坂の紹介をするべきか? いや、まずは誤解だと強調して認識を正してもらう方が先だろうか。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
頭の中で話す内容を順序立てて考えていると、隣に座った春海に軽く袖を引かれる。
俺が『何だよ』と返すと、口元に手を当てながら耳元で囁いた。
「どんな弱みを握ってるの?」
「は?」
「だから! この綺麗な人のどんな弱みを握って脅してるのって聞いてるの! じゃなきゃ、お兄ちゃんの彼女がこんなに可愛い訳がないでしょ!」
「ホント失礼な奴だな、お前」
無遠慮極まりないその言い様に引き攣ったように眉が震える。
実際、俺も自分に白坂程の美少女の彼女ができると思っている訳ではないが、流石にその言い方にはカチンとくるものがあった。多分妹でなければ殴っている。グーで。
『まったく、この妹はもう少しだけでも兄のことを敬えないのか』と溜息を吐きつつ、俺は殴る代わりに春海の頬へ両手を伸ばし、その白くモチモチと柔らかい肉を指で摘まんだ。そして、左右両側で外向きに伸ばす様に引っ張ってやる。
「あ~? 兄に無礼な口を利くのはこの口かぁ~?」
「いふぁいいふぁい! やめれ、ほふぉをひっぱりゃないれっ!」
何を言っているのかよく分からない妹の言葉をさっくりと無視して、俺は妹の頬っぺたをむにむにと弄ぶ。摘まんで引っ張ってみると思ったよりもよく伸びてちょっと楽しい。
何というか……弾力のあるスライムの様な感じだろうか? 何だか癖になる感触が面白く、俺は少しの間夢中になった。
「……ふっ、ふふふ」
俺の両手を上から掴んで引き剥がそうとしてくる春海の手に抵抗しつつ、その感触を楽しんでいると、前方からそんな堪えきれなくて思わずでてしまったという様な笑い声がした。
声に釣られてそちらへ視線を向けてみると、やはり対面のソファで白坂が口元に手を当てて笑っていた。その顔は心底おかしそうで、俺は何となく居たたまれなくなって春海の頬から手を離した。
解放されて赤くなった頬を押さえる妹を尻目に、俺は誤魔化す様に自分の頬を指で掻くが、あまり誤魔化しになってはいなかった。
「仲がいいんですね」
「あ、いや…………そんなことないと思うぞ?」
「そうですかね? 私は一人っ子なので、そういう兄妹仲良さげなのは見ていてとても微笑ましく見えますが。……少し、羨ましいです」
「……そうか? 別にそんな良いもんでもないけどな」
「そうですよ! こんなバカ兄、欲しいならいくらでもあげます!」
白坂と会話していると、痛みから復帰した春海が横から俺を押しのけるようにして俺と白坂の会話に混ざってきた。
堂々と『バカ兄』と言うあたり、日頃から妹の中で俺の事がどう思われているかが窺い知れ、またピクピクと眉が動いた。
「……お前がいつもどう思ってるのか、よ~~~~く分かったよ。アホ妹」
「あーーーーっ!! 今、アホって言った? アホって言ったよね? アホって言う方がアホなんだよ、バーカ!」
「うるせー! バカもアホも大して変わんねえだろうが!」
「違いますぅ~。月とスッポン、炭とダイヤモンドくらい違いますぅ~!」
「前半はともかく、後半はどっちも炭素じゃねえか!」
「うるさい理系バカ!」
「何だとこのアホ!」
「ほら、やっぱり仲いいじゃないですか」
クスクスと笑いながらそう言われ、顔を突き合わせて『アホ』だの『バカ』だの言い争っていた俺達はお互いに顔を見合わせ、どちらからともなく気まずげに視線を逸らした。
……くそ、春海の所為で恥かいたじゃないか。
俺は体ごと二人から顔を背け、春海の所為で暑くなってしまった頬を冷ます様に、両手で顔を扇ぐのだった。
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