31:父親からの連絡

「――つーかよ、こんな美少女の手料理を毎日食わせてもらっといて好きにならないとか、お前マジ何なの?」


 面白く無さそうな表情ながらも、正人が一応の納得した様子を見せたことで、一先ずの話し合いの決着は付いた。


 俺としてはこれで解散ということでも良かったのだが、正人が『折角集まったんだから、いつも二人で居る時はどんな感じなのか取材させてくれ』と言いだしたので、俺達は仕方なくその後も三人でダラダラと雑談を続けている。


 しかし、いつの間にか話題は横道に逸れに逸れ続け、最初はネタ収集としての真面目な取材だったのに、気づけば正人の取材は俺への非難大会の様相を呈し始めていた。


「……何なのって言われてもなぁ」


 俺は正人の問いかけに何と答えて良い物か悩み、首を傾げる。


 正直に言えば、俺は白坂を好きになるとはいかずとも、彼女に惹かれ始めているという自覚はある。

 それは先ほど正人が問うてきた『気になったりもしないのか?』という問いに対する自分の反応が、一瞬とはいえ間の空いたものになってしまったことからも分かると思う。


 ただ、それを馬鹿正直に正人に告白するのも躊躇われるわけで。

 俺は内心を気取られない様に、それっぽい理由を付けて答えるのだった。


「人の感情ってのは複雑怪奇で簡単には理解できない物だし、いくら毎日料理を作って貰ってたって別に好きにならなくてもおかしくはないだろ?」

「いや、おかしい。お前は絶対におかしい。さっきは冗談で言ってたけど、マジでホモを疑うレベル」

「……そこまで言うか」

「ああ言うね! 大体お前、白坂さんの料理に一体どれほどの価値があると思ってるんだ。もしクラスの奴らに値段を付けさせたとしたら、確実に一食で諭吉が何人も飛ぶぞ」

「さ、流石にそこまでの価値はないと思いますけど……」


 ――と、ここまで俺達のやり取りを静かに聞いていた白坂が口を挟んだ。

 見れば彼女の端正な眉が困惑気にほんのりと寄せられていて、『流石に言い過ぎでは?』と正人の事を見ていた。


 しかし、奴はそんな視線を受け流し、『いーや、白坂さん、君は自分の価値が分かっていない』と語り出す。


「いいかい? 思春期の男っていうのは、自分で言うのも何だけど悲しい生き物でさ。女の子にちょっとでも触れられたら赤面するし、軽く微笑まれただけで恋をしてしまうものなんだ。それなのに女の子に手料理なんて作って貰うなんてイベントがあってみろ、きっとその場で告白する男子が続出するぞ!」

「……そうなんですか?」

「……まあ否定はしない」


 話を振られたので仕方なく『あくまで一般論として、そういう奴も居るだろう』と答えてやると、白坂は『えぇ……』とさらに困惑気に眉を寄せた。

 その一方で、正人は俺の返答に満足したのか、うんうんと力強く頷いている。


「そうだろう、そうだろう。ましてや学校でも一二を争う美少女である白坂さんの手料理っ! そんなものを作って貰えるとしたら、俺達男子がどれほど喜ぶことか、ご理解いただけるだろうかっ!」

「は、はぁ……。……ごめんなさい。説明してもらっておいてなんですが、私にはちょっと分かりません」


 拳を握りしめて暑苦しく熱弁する正人だったが、どうやら白坂にはあまり伝わらなかったようだ。俺は『そんな馬鹿な……』と崩れ落ちる奴に向けて、呆れた視線を送るのだった。


『ニャイン♪』


 さて、困惑する白坂を横目に俺が『話の落ちも付いたところで、今日はそろそろお開きにするかな』とか考えていると、正人の所為で微妙になってしまった部屋の空気を払拭するかの様に、猫の鳴き声の様なメッセージの通知音が響いた。


 それに釣られて自分のスマホを確認してみるが、新着のメッセージは無かった。どうやらメッセージが届いたのは俺ではなく、他二人のうちのどちらからしい。


「あ、私ですね」


 隣で同様にスマホを確認していた白坂がそう言い、画面上で指をスライドさせてスマホのロックを外した。そして、アプリを開いてメッセージを確認したようだが……、彼女は画面を見つめたままその表情をくもらせ、きゅっと口元を引き結んだ。


「……白坂?」


 先ほどまで見せていた困惑気ながらも穏やかだった表情からの突然の変化。そのあまり変わりように俺は一体どうしたのかと驚き思わず彼女の名前を呼んだ。しかし、返事は返ってこなかった。

 彼女の視線は手元のスマホに固定され、ピクリとも動かない。だが、画面を見ているようでいて、その実、何も見ていない様にも見えた。


「白坂!」


 何だか嫌な予感に駆られて、軽く肩を揺すりながら先ほどより強く呼べば、ようやく彼女は俺の呼びかけに気づいて顔を上げた。


 正面から見た彼女はパッと見にはいつも通りに見えたが、明らかに纏う雰囲気がさっきまでとは違っていた。

 見られているだけで思わずぞっとする様な冷たい瞳。笑みを浮かべている様に見えて、全く笑っていない表情。内面で静かに感情を荒げる彼女に、俺はかけようと思っていた言葉を失った。


 まるで、今の一瞬で部屋の中に吹雪が吹き始めたのかと錯覚する様な冷たい空気感が場に張り詰め、それに当てられた正人が『ひっ』と小さく悲鳴をあげた。

 俺も危うく同じ道を辿りかけたが、短く彼女に『何でしょう?』と問われて逆に冷静になって耐えることができた。


「あ、いや……用事って訳じゃないんだが……。……誰からだったんだ?」

「……どうしてですか?」

「特に理由はないんだが……何となく気になって……」

「……何でもありません。ただ父から『これからこちらへ来る』と連絡が入っただけですから。あまり気にしないでください」

「そうか? それならいいんだけど……」

「……すみません。話も終わったことですし、私はそろそろ帰ります。今日は夕飯を作ってあげられそうにありませんので、すみませんがご自身で用意してください」

「あ、ああ……分かった」

「望月さんもすみません。お先に失礼します」

「……お、お構いなくぅ……」


 『では、失礼します』と何が何やら分からず戸惑う俺達に一方的に告げると、白坂は止める間もなくさっさと出ていってしまった。


 不気味なくらいに静まり返ったリビングにて、遠くで玄関のドアが閉まる音を聞きながら、俺と正人はお互いに顔を見合わせた。


「……な、なぁ、今の白坂さん、めちゃくちゃ――」

「――ああ、怒ってたな」


 初めて見た白坂の表情が頭に焼き付いて離れず、俺達は彼女が出ていったリビングの扉をいつまでも呆然と眺めていたのだった。

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