30:すまん、俺はノーマルなんだ。
「すみません、遅くなりました」
その日の放課後、甚だ不本意ながら正人に昨日の件について話すことになってしまった俺は、もう一人の当事者である白坂を自室へと招集していた。
理由としては、俺一人だと余計なことまで口走りそうだったこともあるが、彼女の発言の方が正人に聞き入れてもらいやすいと考えたからだ。
教室での奴の表情から察するに、正人が俺と白坂が恋仲だとかそういう方面に捉えているのはまず間違いない。十中八九、『お前らいつから付き合ってんの?』などと聞いてくるだろう。
そんな時、いくら俺が言葉を尽くして否定したところで意味はないなんてことは分かり切っている。どうせ都合のいい解釈をされて『またまた~』と流されてしまうだろうというのは、奴と付き合いの長い俺には目に見えていた。
しかし、そこに白坂が居るならば、話は変わってくる。
彼女が俺の発言を肯定してくれるのならば、俺一人の時よりも信憑性は格段に高まるし、まさか奴も、これまであまり関わり合いが無かった彼女も含めて揶揄ってくるなどということはしないだろう。
自分と近しい人間のことは揶揄ったり、遠慮なく小説のネタにしたりする様な奴だが、流石にそのくらいの分別は弁えている――……と思いたかった。
「いきなり呼び出して悪いな」
扉を開けて白坂を部屋に招き入れつつそう言えば、彼女は『いえ、私にも関係があることですから』と被りを振った。
「望月さんはもう中に?」
「ああ。今、大まかな成り行きを話し終えたところだ」
「なら、ちょうどいいタイミングでしたね。フォローは私に任せてください」
「助かる」
そんな会話をしながら短い廊下を進み、俺達はリビングへと入る。
リビングのソファには既に来ていた正人が座っていて、何やら熱心にスマホに文字を打ち込んでいた。だが、ガチャリと開いた扉の音で俺達が入ってきたことに気づくと、スマホを仕舞って視線を上げた。
「やーやー、どうも白坂さん、お邪魔してます。いやー、急に押し掛けちゃってごめんねー」
「あ、いえ。どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとう。悪いね」
「……そう思うなら帰ってくれないか?」
「だが断る!」
即答で拒否してきた正人には溜息を吐きつつ、俺は白坂を促して正人の対面に座った。
これから話し合われることを思えばとても気が重い。正直に言えば面倒だし、投げ出せるものなら投げ出して寝てしまいたいくらいだ。だけど、ヘタに誤解されたままにしておくのも、それはそれで余計に面倒なことになりそうな気がして怖かった。
どっちにしろ面倒なら、ちょっとでもマシな方を取るべき。俺はそういう風に自分を納得させると、再び出そうになる溜息を堪えつつ自ら話を切り出した。
「さて、白坂が来たところでもう一度言うけど、俺達は別に付き合ってはいない。昨日一緒に居たのは偶々映画館で一緒になっただけであって、お前が考えている様な浮ついた関係ではない」
『なあ?』と隣へ視線を向けると、白坂からも力強い頷きが返ってくる。
「はい。昨日は偶然映画館で空木さんにお会いして、それで映画の感想を話し合うために少しの間一緒に行動させていただいていただけです」
「なるほど、なるほど。あくまで偶然居合わせただけで、デートしていた訳ではないと?」
「はい、そうです」
「でも、毎日コイツに料理作ってあげてるんだよね? そこんとこどうなの?」
『コイツ』と俺を指さしながら正人がそう尋ねると、白坂は目をパチパチと瞬かせ、次いで意外そうな顔でこちらへ振り向いた。
「全部話したんですか?」
「……一応、一通りは」
そう、俺は白坂が来る前に、正人にこれまでの事を話していた。
……いや、待ってくれ。本当は言うつもりなんて無かったんだ。
だけど、正人に昨日の事を追及され順を追って話していくうちに、奴が『そもそもの話、お前が白坂さんに話しかけるって珍しいよな』と、俺にとって非常に言い訳しにくいことに気づいてしまったのだ。
今になって思うと、確かに俺と白坂の学校における接点は無いし、俺から話しかけるのは違和感を感じるポイントだったかもしれない。だが、まさかそこに目を着けられるとは思っていなかった。
なので、つい答えに詰まってしまった俺は悪くない。きっと正人の目の付け所がシャープ過ぎたのが悪いのだ。俺は悪くねぇ。俺は悪くねぇ!
俺が心の中で誰にしているのかも分からないそんな言い訳をしていると、白坂が一人納得するように『どうりで』とポツリと零した。
「最初に望月さんに出迎えられたとき、私がよくこの部屋に来ているのを知っているかの様な口振りをされていたのが気になっていたのですが、そういうことだったんですね。ようやく腑に落ちました」
「……すまん、白坂」
「いえ、私は別にバレていても構わないのですが……あなたはいいのですか? 学校の方に知られるのを嫌がっていたはずでは?」
「……まあ、こいつならいいかなって」
白坂からの問いかけに、俺は不承不承といった感じで応える。
正人はこんな奴だが、口は堅い。
俺が『誰にも言うな』と言えばちゃんと秘密にしてくれるし、例え誰かに尋ねられたとしても知らないフリをしてくれる。
逆を言えば、言わなければちゃっかり小説のネタにされたりすることもあるのだが、あくまで参考程度に利用するだけであって奴に悪気はないので、あまり取り立てて怒ることもできなかった。
恥ずかし気もなく俺の親友を名乗るだけあってそういう所の信頼は厚く、何だかんだと言えど、俺も正人のことは信用していた。
「おーおー、照れるねぇ。そこまで信頼されているとは、親友冥利に尽きるってもんだ。――でもすまん、俺はノーマルなんだ。お前の気持ちには答えられない」
「調子のんな! 俺もそうだよ」
俺は『ふざけるのも大概にしろ』と睨みつけるが、奴にとってはそんな視線などなんてこともない様で、どこ吹く風とばかりにケラケラと笑っていた。
俺はそれを見て、大きく溜息を吐いた。
……まったく、これだからこいつの相手は疲れるんだ。
「まあ冗談は置いといて本題に戻すけどさー、ぶっちゃけどうなの? 毎日一緒に居てお互いのこと好きになったりとかしないのか?」
「ええ、ありませんね」
「……気になったりも?」
「……ああ、特にない」
正人の質問に俺達が揃って首を振ると、奴は昼に教室でしていたように『えー……』とつまらなそうな顔をした。
「……そういうのって一緒に過ごしているうちに段々と相手の事を好きになっていくもんじゃないのか?」
「それはラノベの読み過ぎだ。一緒に居るだけでそんな都合よく好きになる訳ないだろ」
「いや、そこはさ、事実はラノベより奇なりと言うか、物書き的にはこんな美味しい展開でラブコメを期待しない方が無理な話というか……」
「俺達にそんな期待をされてもなぁ……。――というか、事実は『小説』より奇なり、な?」
「そうとも言うな」
「そうとしか言わねえよ」
俺が『小説家志望なら諺は正しく使え』とツッコミを入れると、正人は『気を付けまーす』と本当に聞いているのか疑わしい返事でそれに応えたのだった。
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