23:私、あんまりそういうので怖がらないので。
「今日はよろしくお願いします」
次の日曜日。約束通り白坂は俺の部屋にやってきた。
時刻は丁度お昼過ぎ。いつもは夕方か日が暮れてからしかやってこない彼女が、この時間に自分の部屋に訪れたことに妙な新鮮味を覚えつつ、俺は扉を開けて中へと招き入れた。
『おやつに食べましょう』と持ってきてくれた手土産のケーキを冷蔵庫にしまい、俺達は早速リビングのソファに並んで座る。
「さて、何やる?」
彼女の好みが分からなかったので、とりあえず前もってローテーブルの上に俺が所持しているタイトルをすべて用意しておいた。
パッケージを見せるようにそれらを並べながら尋ねてみるが、彼女はどれを見せてもあまりピンと来ない様で、『う~ん?』と可愛らしく小首を傾げている。
「あんまりやりたいと思えるのは無いか?」
「あ、いえ。どれも面白そうですし、興味は惹かれるのですが、逆にどれを選んでいいものか分からなくて……」
「あー、そっか。ゲームあんまりやったことないって言ってたもんな。自分の好みのジャンルとかも分からないか」
先日、彼女自身が話していた通り、白坂はゲームに関してはほぼ初心者だ。
そんな彼女にパッケージを見せて『さあ、選べ』と言ってもこうなるのは当たり前で、本来ならば俺があらかじめ操作が簡単で初心者にもオススメな物をいくつかピックアップしておくべきだった。
「良ければ空木さんが一番好きな物を教えていただけませんか?」
「俺の?」
「ええ。私は操作すら分かりませんし、多分沢山質問してしまってイライラさせてしまうことになるでしょうから。それならせめて、空木さんが一番好きな物を遊んでいた方がストレスも少ないでしょう?」
「そんなこと気にしなくていいのに。――まあでも、俺が好きなのっていうと……これかな?」
俺は並べられたゲームのパッケージから一つを選んで手に取った。
表と背に書かれているタイトルは『ゾンビハザード4』。
とある企業が開発した人間をゾンビの様に変えてしまうウイルスが何者かによって持ち出され、それがもたらした災害に望まずして立ち向かうことになってしまった人々の決死の抵抗を描く、サバイバルホラーというジャンルのゲームだ。
ホラーと名のつくジャンルのゲームだけあってグロテスクな表現や暴力シーンが多数出てくるが、それだけに手に汗握る展開が多くて俺は好んでこのシリーズをプレイしていた。ちなみに既に続編も出ているが、俺は4が一番好きだ。
「だけどなぁ……」
選んだはいいが、これを白坂に薦めて良い物か迷う。
ゲーム初心者にいきなりホラゲをやらせて、もしそれでトラウマにでもなったら非常に寝覚めが悪い。鬼畜と言われても否定できない所業である。
ましてやプレイするのは白坂だ。
俺の中のイメージでは虫も殺せないほど優しい性格をしている彼女がこのゲームをまともにプレイできるかどうかを考えれば、残念ながら『無理』と思わざるを得ない。
「ほう、ゾンビ……ですか?」
俺が手に持ったパッケージを前に悩んでいると、当の白坂が横からひょっこり覗き込んでくる。こちらに近づいた際、彼女の髪からふわりと柑橘系のいい匂いがして、俺は慌てて距離を取った。
「……何ですか?」
「あ、いや、何でもない……」
いきなり変な行動をとった俺を不思議そうな目で見てきた白坂だったが、『コホン』と一つ咳払いして誤魔化した。尚も彼女は俺を訝しんだ目で見ていたが、俺が何も言う気が無いと見るとすぐに話題を変えてくれた。
「それがあなたの一番好きなゲームなんですか?」
「あ、ああ、まあな。一番好きかどうかは分かんないけど、この中じゃ一番よくプレイするゲームだよ」
「そうですか。じゃあ、それで遊びましょうか」
意外にもあっけらかんとそう言った彼女に驚いた俺だったが、慌ててそれに待ったをかける。
「いいのか? これ一応年齢制限がかかってるくらい過激なホラーゲームなんだけど」
「? 別に大丈夫ですよ? 私、あんまりそういうので怖がらないので。以前、友達のお家でホラー映画を見た時も全然平気でした」
「いや、映画とゲームは似て非なるものというか、全然別物というか……。正直、白坂はやめといた方がいいと思うんだけど……」
「えー……。――あ、もしかして空木さん、私のこと子供だと思って馬鹿にしてます?」
「いや、そんなことは――……って、あ。おい!」
俺が『何と言ったら良い物やら』と煮え切らない態度で返事を悩んでいると、白坂が俺の手からパッケージを抜き取ってさっさとゲーム機本体の傍へと行ってしまう。
おそらく『俺が何か言う前にゲームを始めてしまおう』と考えたのだろうが、どうやって起動するのか分からず、結局はゲーム機を前にして右往左往していた。
「……空木さん、これ、どこにディスクを入れればいいんですか?」
しょぼくれたワンコみたいな目でそんな問いかけをされれば、俺ももう止めることはできなかった。俺は一つ大きなため息を吐いてから、彼女からパッケージを受け取ってディスクをゲーム機にセットしてやる。
「俺は止めたからな」
また二人でソファに座りながらそう言えば、白坂はあまり見ない自信満々な顔で一言。
「大丈夫です。私は絶対に悲鳴なんてあげませんから」
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それから三十分後、俺はこれ以上ないくらい綺麗な即落ち二コマを見ていた。
さっきまで自信満々だった彼女は既に存在せず、襲い来るゾンビたちに悲鳴をあげながらショットガンをぶっ放す恐慌状態の白坂が居るだけだった。俺の部屋は今、ゲームの派手な銃声と白坂の悲鳴が競うように木霊していた。
始める前に説明書と実際のコントローラーを見せながらどのボタンがどういう操作になるのか一度説明したきりだが、意外にも彼女はあまりダメージを受けることもなく、次々とゾンビたちを撃ち倒している。
「ひぃぃっ!! こっ、こっちに来ないでください!」
必死になって銃を振り回す白坂は、真剣そうな彼女には悪いがちょっと面白かった。
普段、学校ではあまり表情を変えることのない白坂が、涙目になってあたふたしている姿は新鮮であり、『ちょっと可愛いな』なんて思ってしまった。
今まで『ネットで見る可哀想そうは可愛いって言葉、意味分かんねえ』とか思っていたが、今なら少しだけ理解ができるような気がする。
……ちょっと、揶揄ってみるか。
そんなことを考えていたからだろうか。ゲームをする白坂の隣で画面と彼女を見ていると、ニョキニョキとそんな悪戯心が芽生えてきた。
といっても、大したことをするつもりはない。
単にゲームに集中している彼女を後ろから少し驚かせようというだけだ。
ちょっとでも肩をビクつかせてもらえれば儲けもの、それくらいの軽い気持ちで俺は行動を開始した。
彼女の意識から外れている内に席を立ち、そっと彼女の背後に回り込む。そして、二度ほど小さく咳払いして喉の調子を整えると、可能な限り低い声でゾンビの呻き声の真似をしながら背後から彼女の細い肩に手をかけた。
「ヴァァァァァァ……」
「!?」
……その直後に俺の眉間へと放たれた一撃は、威力はともかく、速さに関しては世界を狙えるレベルだったとだけ言っておこう。
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