運命の日

 ひとりで風呂、というのは久しぶりだ。

 今日は木葉が風呂に乱入してくる気配はなかった。



 だから湯船に浸かって一人考えていた。



 今後、木葉のお見合い相手が現れるかもしれない。生活の邪魔をする者が現れるというのなら、俺はどんな手段を使ってでもソイツを排除する。

 木葉と幸せに暮らすために。



 * * *



 風呂から出てリビングへ向かうと、木葉は寝ていた。

 そっか、それで気配がなかったのか。お疲れのようだし、放っておいてやろう。


 俺は床に寝転がってスマホをいじる。


 画面を見ると風紀委員長・水瀬から連絡が入っていた。


 ラインメッセージだ。



 水瀬:ちょっといいですか

 風吹:どうした?

 水瀬:明日は運命の日になると思うから……先に言っておきますね

 風吹:運命の日? どういう意味だ

 水瀬:明日、風吹くんを貰いますね

 風吹:貰うって……!

 水瀬:そのままの意味ですよ


 どういうこった。

 俺を貰う? 意味が分からない。というか、水瀬に俺をあげるなんて出来るわけないだろう。俺の意思は俺のものなのだから。


 でも、水瀬はなにをくれるんだ?


 風吹:よく分からないけど、物々交換ってことか

 水瀬:そんなところです。確実な取引になると思う

 風吹:どうして、そんなことが断言できるんだ

 水瀬:そういう“運命”ですから


 なんだかオカルト臭がするな。

 あんまり本気になって考える必要はないのかも。そうだ、これは水瀬が俺をからかっているんだ。


 風吹:分かったよ。俺はあげられないけどな

 水瀬:明日には分かります

 風吹:そうなのかい

 水瀬:はい。だから、よろしくお願いしますね



 お願いされてもな。

 以降、水瀬からメッセージは来なかった。

 何だったんだか。



 * * *



 気づけば朝を迎えていた。

 時刻は午前六時半。


「……やっべ、リビングで寝ちゃった」


 木葉も爆睡していた。

 ソファの上で人に見せられないような、だらしない格好だった。おいおい、服が乱れているぞ。おへそが出てる。


 てか、木葉のヤツ、昨晩からずっと眠っているのか。体質的長時間睡眠者ロングスリーパーなのかも。


 そろそろ学校へ行く準備をしないと。


 俺は木葉の体に触れ――。


 ……どこに触れよう。


 髪は聖域に等しい。顔は逆鱗だ。首なんて触れるところじゃない。胸……論外。お腹も違うし、足……そうだ足だ。いや、俺は半分、足フェチなのでそういう目線で見てしまう。残る部位は――そうだ、スルーしていた。


 肩に触れよう。


 無難に肩を揺らし、俺は木葉を起こす。



「……むにゃむにゃ」



 そんな漫画みたいな寝言を漏らす木葉。

 全然起きないな。


 どうすれば…………あ、そうだ。


 眠り姫を起こす条件といえば『キス』しかない。以前、俺もやられたし……昨晩もなんだかんだ甘いキスを交わした。


 なら、そろそろ俺からしてもいいんじゃないか。


 鼓動が激しくなり続ける中、俺は木葉に顔を近づける。


 あの色鮮やかな桃色の唇を奪う。


 そう決心した。


 これは俺の気持ちを伝える意味もある。


 もうすぐ木葉の唇を奪える距離。

 数センチ、数ミリまできた。



 ……これで。



 だが、寸前でスマホのアラームが鳴り響いた。

 飛び起きる木葉の頭が俺の顔面に命中。



『ゴチンッ!!』



 と、鈍い音を立てて衝突した――って!!



「いてえええええええええええッッ!!」

「いったあああああああ!!」



 とんでもない頭突きを貰ってしまった。

 なんて石頭!!



「こ、木葉……すまん。俺のせいだ」

「ふ、風吹くん、なにを!?」

「……キスしようとしたんだ。それでぶつかった」


「だからって頭突きは酷いよぅ」

「いや、木葉が飛び起きたから……」

「そ、そうかもだけど。ていうか、今何時?」


「朝の六時半。そろそろ仕度しないと」

「マジ!? あたし、そんなに寝てた?」

「ああ、ぐっすりだったぞ。もう学校があるし、仕度して」


「もう朝だなんて……疲れていたのかな」


 嘆いていても仕方ない。

 さっさと朝食を済ませて着替えないと。


「さあ、準備するぞ」

「う、うん……」



 木葉は朝シャワーへ向かった。

 その間に俺は朝食の準備を。



 そうして騒がしい朝が始まって――朝支度を済ませた。それからマンションを出たんだ。



 下まで降りて学校を目指そうとすると、行く手を阻まれた。



「やあ、待っていたよ。凩さん」



 なんだ、この学生服の男は?

 他の高校の制服のようだけど。


 って、まさか……例のお見合い相手か!

 こんな朝早くにやって来るとか……!


 男は明らかに木葉を見ていた。



「あなた……誰」

「俺は『水瀬みなせ ぜん』だ。ある外交官の息子だけどね――そんなことはどうでもいい。君を迎えに来た!」



 ……み、水瀬だって!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る