喫茶店で甘いデザートを

 アルプス公園を去り、バスで再び駅へ戻った。

 街中へ歩いて向かう。


 木葉と一緒に街中を歩くと、さすがに振り向かれる頻度が高くなった。不釣り合いと思われてそうだな。いや、そもそも俺の存在が視界から消されている可能性さえある。


 周囲の男の視線は、木葉を見ているようにも思えた。けどいいさ、木葉の隣は俺なのだから気に病む必要なんてこれっぽちもない。


「……ふっ」

「どうしたの、風吹くん?」

「いや、なんでもないさ。それより、これからどこへ行こうか」

「う~ん、喫茶店とか?」


「そうだな、一息入れよう。俺の奢りだ」

「え、奢り? いいの?」

「もちろん。この近くに俺のお気に入りの喫茶店があるんだ、そこへ行こう」



 駅から徒歩十五分とそこそこあるが、涼しくて過ごしやすい気候だから、汗を掻かずにいけるだろう。


 雑談を交えながら歩きだす。



 * * *



 喫茶店の前に到着。


「……まるも?」

「そ。喫茶まるも。ここのコーヒーが美味いんだ。あとケーキも」

「へえ、知らなかったなぁ」


 入店し、ビンテージ風の雰囲気のいい空間が出迎えてくれた。テーブル、椅子すべてが落ち着きのある木製。


 空いている席へ座り、少しすると店員さんが水とメニューを出してくれた。



「どれにしようか、木葉」

「どれも美味しそうなんだけど! 自家製レアチーズケーキ、プリン、ブラウニー、林檎のタルトまである。ベークドチーズケーキもいいわね」


「おすすめは、レアチーズケーキだぞ。俺はレアチーズケーキにする」

「うん、じゃあ一緒にしようかな」

「おう」



 メニューが決まった。

 店員さんに伝え、しばらく待つ。



「それにしても、良い場所だねえ。落ち着きがあるっていうか」

「そうだろう。このお店の異世界のような空間も素晴らしいと俺は思う」

「これは居心地最高だね」

「うん、コーヒーとケーキも味わえば、もっと好きになるよ」

「へえ、楽しみ」



 少しすると、コーヒーとケーキが到着した。ブルーベリーソースがたっぷり乗ったレアチーズケーキ。紫水晶のようなブルベリーが輝いている。



「う~ん、コーヒーの香りが最高だ」

「わぁ、予想以上ね。なんだか贅沢」



 まずはコーヒーを一杯味わう。

 う~ん、これこれ。この上品で芳醇ほうじゅんな味わい。ハイブランドを凌駕りょうがする香り。全てにおいて高品質だ。


 木葉もコーヒーを味わい、絶賛していた。



「さて、次はケーキだ」

「うんうん、こっちも楽しみ」



 フォークを手に取り、ゆっくりと入刀。ブルーベリーソースを混ぜ合わせ、口へ運ぶ。


「ん~、このチーズとブルーベリーの完璧な融合……美味い」

「す、すっごく美味しい。風吹くん、これ凄くない!?」

「俺が作ったわけではないけどね」

「ううん。ここへ案内してくれたこと、感謝してる。こんないい場所知らなかったもん」


 今日一番の笑顔を向けてくれる木葉は、じっくりとコーヒーとケーキを味わっていく。良かった、気に入って貰えて。


 ――気づけばもう完食していた。


 コーヒーは空。

 ケーキも完食。



「食べ終わっちゃったな」

「あっと言う間だったね。物足りなささえ感じる」



 それほどまでにこの喫茶店のメニューは美味であり、満足度が高いと言えよう。



「ぼちぼち店を出るか」

「その前にさ、その……さっきのことなんだけど」

「さっきのこと?」


「アルプス公園のこと。あの時、風紀委員長からスマホを取り返してくれて嬉しかった。どうやって取り返したの?」


「……そ、それは」


 正直に言うしかないよな。

 けど、木葉その前にこう言った。



「物々交換で何とかしたんだね」

「そうだ。物々とは言い難いけど今度、風紀委員長と……水瀬と遊ぶ約束をした」

「そっか。でもいいよ、風吹くんはあたしの為に必死になってくれたんだよね」


「あぁ。いつも真剣だよ。俺は透明人間のような空っぽな人生を送ってきたから……だから、俺を認めてくれる木葉を大切にしたい」


「それじゃあ仕方ないね。うん、水瀬と遊ぶ約束は果たすといいよ。多少の浮気は大目に見るから」


「う、浮気って……おいおい」



 なんだか逆に照れるっていうか、そういう風に感じてくれるのは正直悪くなかった。……ちなみに話し声が女性店員さんに聞こえていたようで、クスクス笑われていた。


 うわ、恥ずかしいっ!



 喫茶店を出ると今度は木葉が行きたい場所があると言った。



「素敵な喫茶店を教えてくれたお礼がしたいから、あたしのおススメも教えるね」

「物々交換ならぬ情報交換ってところかね」

「そそ。じゃあ、手を繋いで行こっか」



 手を差し伸べられ、俺はドキッとした。いや、ドキドキっとした。

 ちょうど強い風がなびいて、木葉の金の髪を撫であげた。はらはらとゆらゆらとする長い髪。



 大きな瞳が俺の存在すがたを映し出す。



 ……ああ、俺はこの瞳を知っている。

 教室で、はじめて物々交換したあの日。

 そうやって俺を認識してくれた。


 俺はあの時から木葉が――。

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