物々交換のラストチャンス
今度は木葉に連れられていく。
しかも手をぎゅっと握られて。
今日は、女の子らしい桜テイストのネイル。あの細くて小さな手に俺は引っ張られていた。
閑静な街の中を歩き、どこかを目指していく。
休日なせいか観光客とすれ違うことが多い。そんな周囲の視線でちょっぴり恥ずかしさもあったけど、随分と慣れてきた。
木葉の横顔を眺めていれば、余計な雑念なんて入ってこない。今はただ、流れるままに。
* * *
段々とお城が見えてきた。
まさか、
「なぁ、木葉。まさかとは思うけど――」
「ううん、お城じゃないよ。こっちこっち」
こっち? どっちだ?
知らない道を歩いていく。
未知とはそれだけで恐ろしいものだが、木葉と歩く道は安心感があった。
きっと、この先は……ん?
橋を渡ると大きな鳥居が見えてきた。
木葉は鳥居をくぐる前に真面目に一礼。俺も同じように真似た。
少し離れた場所にには【
「四柱神社?」
「おや、風吹くん初見かぁ、意外」
「喫茶店から近いのにいつもスルーしてた。てか、こっちは来ないからな」
「それは良かった。ここね、パワースポットでどんな願いでも叶うんだって!」
「どんな……願いでも?」
「そうなんだ。だから、願い事をしに参拝しに行こうよ」
「願い事が叶うとか言われたら行くしかないな」
御利益ありそうだし、行って損はないだろう。
歩いていくと、木葉は
木葉の礼儀正しさに感心を覚えつつ、先へ進む。そうして段々と神社が見えてきた。それなりに参拝客がいるけれど、混雑というほどではない。運がいいな。
これなら五分程度で参拝できる。
列へ並び、その時を待った。
「ねえ、風吹くんは何を願うの?」
「俺? そうだなぁ……木葉とずっといられますように、とか」
「ちょ、めっちゃストレートに言うじゃん。うぅ……もぉ、風吹くんのせいだからね」
木葉は俺から視線を外して耳を赤くしていた。……自分で言っておいてなんだけど、俺も恥ずかしくなってきた。
「そういう木葉は、何を願うんだ?」
「それはね~。――あ、参拝できるよ」
願いを聞く前に順番が回ってきた。残念、木葉の願いは後で聞いてみようかな。
賽銭箱の前に立つ。
まずは、姿勢を正す。
深いお辞儀を二回。手を合わせ、パンパンと二回打った。両手を合わせ、拝む。この瞬間に願いを込める。
俺は、宣言通りに“木葉とずっといられますように”と万感の思いを込めて願った。
深いお辞儀を済ませ、参拝完了。
……ふぅ、なんだか汗を掻いたな。
「無事に終わったな、木葉」
「うん。願いが叶うといいな」
「で、その願いって?」
「世界が平和でありますように……」
「マジ? 木葉って真面目系ギャルなのか」
「なんてね。もちろん平和も願ったけどさ、一番の願いは風吹くんと――」
「俺と?」
「――――」
その瞬間、吹き飛ばされそうなほどの強風が吹き、木葉がなんと言ったのか全く聞こえなかった。
「え、なんだって??」
「……というわけなの」
「いや、分からん。風が邪魔した」
「もう教えなーい」
くるっと背を向ける木葉は、小悪魔のように舌を出していた。……くっそ、突風のせいで!
神社を後にして、ショッピングモールへ向かった。徒歩十分という距離だった。
「ここなら遊ぶ場所も多いし、昼飯も食べられるな」
「うん。あとさ、この前貰った“福引券”を使おうと思うんだ」
「おぉ、そうだったな。有効期限が今日までだ。丁度良かったな」
さっそく抽選会場へ向かった。
列はなく、すぐに挑戦できた。
テーブルの上には木製抽選器『ガラポン』があった。気前のよさそうなおっちゃんによれば、金の玉が一等『温泉旅行』、赤の玉が二等『ダイスンの掃除機』、緑の玉が三等『白鳥のクッキーセット』、青の玉が四等『ポケットティッシュ』が当たるらしい。
「ギャルのお姉ちゃん可愛いねぇ。君には特別に教えてあげるよ。実はね、この抽選には
と、おっちゃんはゲヘゲヘと悪そうに言った。悪の親玉かよ。
「隠し玉、ですか?」
「そうなんだ。幻の
「え、それが出るとどうなるんですか?」
木葉は興味津々の様子でおっちゃんに聞いた。俺も気になる。
「よくぞ聞いてくれた姉ちゃん。虹の玉が出るとな……ゴニョゴニョ」
って、耳打ちすんのかいっ。
くそ、聞こえなかったぞ。
気になるなぁともどかしさを感じていると、木葉はこっそり教えてくれた。
「風吹くん、虹の玉は何かのペアチケットだってさ」
「へえ? まあ、出るか分からないしなぁ」
「がんばるよ。三回引けるもん」
そうだ、福引券は三回分あるんだ。
一個くらいは二等、一等が出るといいんだが。
福引券をおっちゃんに手渡す木葉。三回分の挑戦権を得て、いざレバーに手を伸ばす。……緊張の一瞬だな。
「がんばれ、木葉」
「うん、金か虹を出すよぉ!」
ぐるぐると回転していくガラポン。
その勢いはどんどん加速。
中の玉がジャラジャラと激しく音を立てて――ついに一個目の玉を吐き出した。
『――ポロン、コトコト……』
「これは……青?」
「あぁ! 残念だね、ギャルのお姉ちゃん。ポケットティッシュだ」
「……うぅ。世の中そんな甘くはないわよね」
悲しみにくれる木葉は、早くも二回目の挑戦へ。これは全部ティッシュの可能性もあるぞ。てか、もう一等も虹の特賞もないんじゃないか。
いや、だけど……木葉の目は諦めていなかった。
そうだ、諦めたらそこで試合終了なんだ。
「木葉、俺もいく」
「風吹くん!?」
俺は腕を伸ばし、木葉の手に添える。一人の力で敵わないのなら、二人だ。
「へぇ、今度はギャルの姉ちゃんと冴えないアンちゃんのペアで行くか。まさか、カップルだとは思わなかったが……フッ、おもしれぇ!! やれるもんなら、やってみな!」
何故かおっちゃんは煽りまくってくる。って、誰が冴えない!? くぅ、今に見てろおっちゃん。ギャフフンと言わせてやるかな!
俺は神社で込めたように、願いを込めた。
「いくぞ、木葉」
「うん」
力を合わせ、ゆっくりとレバーを回していく。
その時――“あの風”が吹いた。
神社で吹いたような、同じような荒くれの風。強引で気の強い風だ。
「な、なんだ!? 急に突風が……。それに、ギャルの姉ちゃんと冴えないアンちゃんの竜のような虎のような尋常ではない気迫!! ありねえぇッッ!!」
ガラッと回すと、ポトッとそれは落ちた。
「「……!?」」
「こ、これは…………青、ティッシュだ」
「「…………」」
ですよねぇ。
人生そう簡単にはいかない。
いけると思ったんだがなぁ。
落胆していると、びゅーびゅーと風が吹き――俺の背中を押したんだ。
まさか、まさかな。
神様が“やれ”とでも言っているのか?
バカバカしい。
そんなのあるわけない。
現実に奇跡も魔法もない。
あるのは狂った世界だ。
結局、三回目も青だった。そう、人生なんてそんなものさ。俺に運なんて――。
そんな時、後ろに並んでいた女の子がさっきの突風で転んでしまっていた。足から血を流し大変なことに。
「……! 大丈夫か、このティッシュを使ってくれ……って、おい、愛衣じゃないか!」
「いたたた……足を擦りむいたわぁ。って、あ……。くっそー、尾行がバレちゃったかぁ」
「生徒会長が何しているんだか」
「いや~、わたしも福引券を持っていてさ。同じ方向だったから……でも助かったよ。ああ、そうだ、わたしの福引券とティッシュ交換しない?」
「いいのか?」
「うん、いいよ。怪我をした今のわたしには、ティッシュの方が欲しいし」
「……分かった」
俺は、愛衣とティッシュと福引券を物々交換した。そして、愛衣の存在に気付いた木葉が駆け寄ってきた。
「愛衣! どうしたの、そんな血だらけで!」
「あはは、二人を邪魔した罰が当たったのかな」
「なに言ってるの。手当をしないと」
「大丈夫。止血はしたし、近くのドラッグストアで
「本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。それより、福引券のチャンスがまだあるよ。木葉、がんばって」
「え……でも」
「もし、温泉だったら……わたしも連れていって」
「分かった。愛衣の分も頑張るから」
メラメラと燃える木葉。
俺も同じ気持ちだ。
これがラストチャンス。
愛衣の物々交換してくれた福引券を使い、今度こそ……!
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