好きの交換

 リビングで待っていると、木葉が笑顔で現れた。

 普段着だというキャミソールにショートパンツという大胆な格好で。

 薄着過ぎて胸の主張が激しい。まさにギャルの姿。とてもよく似合っていて、感動さえしてしまった。


「涼しそうだな」

「風吹くんも、あたしの着る?」


「サイズが合わないよ。今日はワイシャツで我慢するさ」

「明日とかに着替えを持ってきなよ。これから一緒に住むんだし」


「そ、そうだな。そうする」


 本当にするんだな、同棲。

 いまいち現実味がなかったけど、この光景に俺はようやく実感が沸き始めていた。


 俺は木葉と暮らす。


 最高じゃないか、ギャルと一緒に住めるとか!


「あれぇ、風吹くんってば緊張してる?」

「う、うるさいな。当たり前だろ……その、木葉が――」

「うん? あたしがな~に?」


 ぐいっと顔を近づけてくる。

 くッ、可愛すぎて目を合わせられない。

 神々しいまでの視線に俺は死にそうになっていた。


 ニヤケ顔がでないよう必死にポーカーフェイスを決め込む俺。


 なにか、なにか話題を――『ぐぅぅぅ……』――と、俺の腹が鳴った。そういえば、もう良い時間だった。



「……ぁ。すまん、腹が減った」

「あはは。そうだね、ご飯にしようか」


 スマホを取り出す木葉。


「ん、出前か?」

「うん。ウーハーイーツで頼もうかなって」

「ウーハーイーツか。注文した品を買ってきてもらえるサービスだよな」

「そそ。ちょっと高いけど、便利だからね。今日はおごるよ」


「じゃあ、物々交換だな」


「え、別にいいのに……と、言いたいところだけど、風吹くんと交換するの楽しいから、受けるわ」


 可愛くサムズアップする木葉。

 さすがギャル。ノリノリで助かる。


「おお、良い返事だな。それじゃあ、俺は――」

「ちょっと待って、風吹くん。たまには交渉していい?」


「マジか。いいけど、何が欲しいんだ?」

「じゃあ、キスがいいなぁ」


「物理的接触で交換か。――って、俺にメリットしかないじゃないか」

「いいの。交換は交換だよ。好きって気持ちのね。それに、まだ風吹くんからキスしてもらってないもん」



 …………“ボンッ”と俺は顔が破裂した。


 これはもう受けるしかないじゃないか。拒否なんてする方が間違っている。俺は物々交換を決めた。



「分かった。俺がキスする代わりに、飯を奢って貰う。取引成立だな」

「うん、じゃあ今して」


「え!?」


 驚くと木葉は不安気に「交渉決裂なの……?」と落ち込む。……やっべ。


「分かった。すればいいんだろ」

「うん。して」


 まぶたを閉じ、キスを待つ木葉。

 心臓が壊れてしまいそうなほど激しく脈打つ。


 両手を木葉の肩に置き、俺はゆっくりと顔を近づける。


 そして、キスを――『ピンポーン』――と。



 そう、ピンポーンと……はい?



 時を止めていると『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン』と連打が続いた。来客らしいが、ピンポンダッシュ小僧みたいな連打だな。



「誰か来たみたいだな」

「くぅ……風吹くんとキスしたかったのにー!!」



 ぷりぷり怒って木葉は立ち上がった。

 俺も残念だけどな。


「待ってるよ」

「うん……」


 待っていると、扉の方で悲鳴が上がった。


「きゃあああああああ!!」

「な、なんだ!?」


 急いで向かうと、玄関前ではとんでもない事になっていた。

 木葉が押し倒されていたのだ。


 生徒会長の鈴屋さんに。

 なんでいるんだか。



「ちょ、愛衣! 離してよぉ!」

「木葉ぁ~、わたしの木葉。う~ん、お肌すべすべ~」


 鈴屋が木葉にスリスリしまくっていた。なにこの百合フィールド。いや、会長の一方的なものだけど。


「愛衣、今日はお泊りできないの!」

「えー、なんでよ。一週間に一度はさせてくれるじゃん」


 そうだったんだ。

 木葉と鈴屋は、親友の同士のようだし、よく遊ぶ仲なんだな。



「今日から、風吹くんと一緒に住むからもうダメ」

「えっ、風吹くんって……ああ、あの木葉がぞっこんの……って、目の前にいるし!」



 二人から視線を向けられ、俺は「やあ」しか言えなかった。どうすればいいんだ、これ。



「え、なに……木葉と風吹くん、同棲するの?」

「気づいたら同棲開始してました」

「うわ、ラブラブじゃん。わたしも混ぜて」


「それは木葉に聞いてください。俺に権限ないので」


「なるほど。で、木葉、どうなの」


 と、鈴屋は木葉に問うも、もちろん「帰って」の一点張り。


「なんでよー。風吹くん、わたしとえっちなことするって約束じゃん」

「ちょぉ!!」


 それは約束したけど、木葉が怖いぞ。

 俺は恐る恐る木葉の表情を伺う。


 すると、怒って鈴屋を押し倒した。

 おぉ、すげぇ力だ。


 壁に追い込むと、木葉は鈴屋の脇をくすぐった。



「ぷ、あははは……ちょっと、木葉! やめ、やめてぇ……! わ、分かった。帰る、帰るからあああああああ、あああああああああ……!!!」



 どうやら、鈴屋はくすぐり攻撃に弱いらしい。ついには逃げ出した。


「あ、会長行っちゃった」

「愛衣ってば、もう……風吹くんもだよ。なんであんな約束したの!」

「なりゆきっていうか、別にするつもりはないよ」

「本当に? 絶対?」


「あ、ああ。しないしない」


 断言すると、木葉はションボリして俺に抱きついてきた。どうやら、木葉は寂しがり屋な部分もあるようだ。


 ほどなくして、ウーハーイーツで注文した品が届いた。

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