雨に濡れちゃった

 普段の三倍の力を獲得した俺は、木葉を背負いながら歩く。

 一歩一歩を確実に踏みしめ、俺の背中に身を預けてくれている木葉を落とさないよう、慎重に進む。


「衝撃とかで痛くないよな」

「ううん、むしろ気持ちい」


「え……」


「風吹くんの背中って広くて温かいんだもん」



 そうか、俺の背中がお気に召したらしい。

 これといって使う機会もなかった錆びれた背中だったが、こうして木葉を救うことが出来た。人間の体に無駄なんてないんだな。



 あと少しで学校に到着だったのだが、雨が降った。



「嘘だろ!?」

「うわ、大雨じゃん! 風吹くん、コンビニで雨宿りしよっか」



 ちょうどいいな。

 びしょ濡れになりながらもコンビニ前の屋根を借りた。赤いベンチがあって、そこへ座る。


「まさかこんな土砂降りになるなんて……天気予報で言っていたか?」

「天気アプリ見るの忘れてたぁ。ていうか、びしょびしょぉ」



 木葉の体操着は、雨でぐっしょり。俺もだけど。


 ……って、よく見ると木葉の下着が薄っすら見えている。



「…………っ」

「ん? どうしたの?」


「えっと、その……木葉、足は大丈夫か?」

「動かすと痛いんだよね」

「そうか、無茶はするな。それとなんだ……えっと」



 見えているぞ――と指摘するべきか。

 もうちょっと眺めていたい気もする。


 しかし、チラチラ見ていると木葉は気づいた。



「…………ッ!! 風吹くん!!」



 木葉は、涙目になって腕で隠すけどもう遅いって。散々見て楽しんでしまった。



「す、すまない。そんなに透けるとは思わなかった」

「ずっと見てたんだ」


「そ、そりゃあ……男の子だもん。好きな女子の下着くらい見たいわっ」



「す、好き……?」

「――あ」



 つい口が滑った。

 俺はそれ以降、木葉の目を見れなくなった。けれど、木葉はしつこく俺の目を追ってくる。



「ちょっと、こっち見て」

「み……見れるか」

「なんで恥ずかしがるの。もう一度言ってよ」


「…………いや、その」


 あたふたしていると、雨が止んだ。



「あれ、晴れちゃった」

「通り雨だったんだな」

「突然雨が降るアレね。なんだー」



 これでもう戻れるな。

 俺はベンチの前で腰を下ろす。木葉は周囲を気にしながらも俺の背に乗った。



「もう少しで学校だ」

「うん。それまで風吹くんの背中を満喫する」



 再び“ぎゅっ”と抱きしめられる。

 雨でれて湿気が凄いけど、もうどうでも良かった。木葉をおんぶできるという圧倒的なまでの幸福感。このわずかな奇跡の時間をギリギリまで堪能しよう。



 ゆっくりと――、

 でも、俺はえて遅く歩いた。



 * * *



 校門前には、誰も居なかった。



「お、一着か……逆走だから一着も何もないか」



 校門前には体育系の教師・剱山けんざんが立っていた。ギャル――いや、木葉を背負う俺を意外そうに凝視してきた。


「微風。お前、凩をナンパでもしたのか?」

「ち、違いますよ! 凩さんが足を挫いたので、たまたま居合わせた俺が運んだんです。緊急事態につき、逆走を許して下さい」


「ほう、お前が? これは驚いた」


 剱山先生は、まるでからかうかのように笑う。なんだよ、その意外すぎるって視線。


「偶然です」

「偶然ねぇ……まあいい。微風、お前は人助けの為に自ら動いた。それは立派なことだ。なかなか出来ることじゃない。最後まで責任を持てよ」


「はい、先生」

「凩を保健室まで運ぶんだ。がんばれよ」

「分かりました」


 なぞのエールを貰い、俺は筋肉マッチョ教師・剱山の横を通って保健室を目指した。



「先生、すっごく疑ってたね」

「そ、そうだな……誤解されたかな」

「いいじゃん、別に。付き合ってるって思われたと思う」


「……っ!」


「風吹くん、耳真っ赤だよ」

「目の錯覚だ」

「そんなわけないよ――はむっ」


 木葉は、俺の耳たぶを甘噛みした。

 はむはむと唇の感触だけを使って刺激を与えてくる。あまりの感触に俺は背筋がビリビリっと稲妻が走って木葉を落としそうになった。



「んああああああ――――!!」



 た、たまらんっ。

 なんて刺激の強い一撃だ。

 危うく頭が真っ白になるところだったぞ。



「風吹くん、揺らさないで! 落ちるって」

「木葉のせいだろう!? いきなり耳をはむはむするなっ」

「えへへ。ごめんごめん、赤かったから」

「ショートケーキの最後に残したイチゴじゃないんだから」



 美味しそうにくわえてきやがって!


 ……ありがとうございます。

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