ギャルと密着マラソン

 教室へ向かい、席へ向かう。

 いつもの特等席へ座り、俺は頬杖をついた。


「良かったのか、木葉」

「へーきへーき。なんとかなるっしょ~」


 楽観的だけど、本当に大丈夫なのだろうか。相手はあの風紀委員長だぞ。なぜかギャルに大変身したあの水瀬だ。

 まったく勝敗の予想がつかないな。


 ていうか、勝利の条件の“愛の交換”ってどういう意味なんだか。


 今の俺にはサッパリ分からなかった。



 ――二時限目、体育の授業となった。



 校外をマラソンするという、極めて単純かつダルい授業内容だった。

 みんな体操着に着替え、校門へ。


 5キロを周回することになった。



 こういう時の俺は最後尾でゆっくりまったり走る。No.1になったところで賞品なんてないからな。



「いたいた、風吹くん。探したよ~。ていうか、一番後ろじゃん」



 汚れひとつない白いシャツ、ショートパンツの体操着姿の木葉。わざわざ俺の方へ寄ってきた。


「木葉、先頭にいたんだろ。俺に付き合うことないぞ」

「ううん。風吹くんと一緒がいいの」


 隣を走ってくれる木葉は、笑顔を向けてくれた。そう優しくされると惚れてまうやろーッ。


「学校周辺を一周するとはいえ、長くてだるいな」

不貞ふてくされないの。ほら、あたしが最後まで一緒にいてあげるからさ」

「そ、それならいいけど」



 うんうん、と木葉は頷き俺の鈍足ペースに合わせてくれた。


 それにしても、ギャルの体操着姿は似合うな。

 木葉はモデル体型。胸が大きくてスタイルも抜群。手足もスラッとして芸術レベル。こんな可愛いのに、カースト底辺の俺を相手してくれるとか、どんだけ天使なんだ。



「そうだ、もうすぐ“あがたの森公園”だね。風吹くんの家も近い」

「まあまあ近所だからな」



 あがたの森公園。

 俺の実家があり、この前の痴漢事件もあった場所だ。そんな自然豊かなの周辺を走っていく。



「そういえば、愛衣に聞いたんだけどさ~。美味しい喫茶店を見つけたんだってさ」


「ん? 喫茶店か。それは興味深いな」


「うん、今度……一緒に行ってみない?」

「もちろんさ。――って、木葉、足元!!」


「へ!?」



 木葉は俺の方を向いていた為、足元に段差があるということに気づいていなかった。そこへ足を引っ掛け転倒。前へ倒れてしまった。



「ちょ、木葉!」

「――いったぁぁぁい」


「良かった、ケガはしていないようだけど……立ち上がれるか?」

「うん。たぶん」


 ノロノロと立ち上がる木葉だが、ズキッとしたのか顔をしかめていた。こりゃ、足を痛めたな。



「足をくじいたのか」

「そうみたい。どうしよう……」


 どうしようって、最後尾だから頼れる人はいないし、体育の先生は校門前でいないし……俺が何とかするしかない。

 そうだ、俺が木葉を助けるんだ。


 俺は、木葉の目の前で腰を下ろす。


「木葉、おぶってやる」

「……え、マジ!? うぅ……クラスメイトに見られるし、めっちゃ恥ずかしいんですけど!」


「恥ずかしいのは分かる。でも、俺も恥ずかしい。だから気にするな」


「でもぉ」

「救急車を呼ぼうにもスマホがないしな」


「ですよねー…。うん、分かった。風吹くんを頼る」



 観念したのか、木葉は俺の背中に手を置いた。けど、そこから先が進まない。

 なんだ、案外恥ずかしがり屋なところがあるんだな。



「それじゃ、物々交換だ」

「え、なにを交換するの?」


「この近所にあるショッピングモールで回せる福引券三枚をやる。ガラガラが回せて、一等は温泉旅行だったかな」


「いいね、それ。あたしは何をあげようかな――う~ん……部屋に“ヤンデレメイド・エイルさん”っていうフィギュア飾ってあるんだけどね。あれプレミアがついていて結構価値があるんだ。あれと交換する?」


「そりゃ好都合だな。俺、あのヤンデレメイドの原作が好きなんだ。よし、決まりだな。背中に乗ってもらうぞっと」


「う、うん。なんか緊張も解れたし、我慢するね」



 良かった。木葉は素直に従ってくれた。


 俺は背中に木葉を背負う。


 軽ッ……!


 体重40kg台なのか?

 重さを全然感じないぞ。


 それよりも背中に柔らかい感触があるような、ないような。



「ふむふむ」

「ふむふむ、じゃないわ! 風吹くん、さっさと歩いてよ。近所の人が妖怪でも見るかのように視線を向けているじゃない」



 気づけば、ジロジロ見られていた。

 通報されかねん。

 さっさと学校へ帰ろう。


 俺は木葉を背負いながらも、反対方向へ戻っていく。



「来た道を帰れば直ぐだからな」

「そっか! それなら皆とも会わないかもね」

「ああ、負傷者が出たんだ。先生も強くは言わないさ」


「そうだね……。それまでは風吹くんを“ぎゅっ”としてもいいんだよね」



 そう言って密着してくる木葉。どこか楽しそう。

 無論、俺は背中が幸せ。


 柔らかい感触や良い匂いが頭を幸せにしてくれた。



 うおおおおおおおおお……!

 (※心の叫び)



 あまりにテンションが上がってしまい、俺は足取りが軽くなる。余裕余裕、木葉を背負って戻るくらいなら、へっちゃらさ。



「木葉、もうちょい前へ密着してくれると嬉しいけどな」

「ば、ばか……。いいけどさ」



 木葉は、ぐぅっと更に密着してくれる。


 きたきたきたあああああああ……!


 俺はギャルパワーを満充電。

 全力疾走で学校を目指した――!

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