小さな恋心

 教室に取り残され二人きりとなった。

 凩は、椅子をピッタリと近づけて俺の目の前にいた。

 そんな接近されると顔をまともに見れない――ので、俺はスマホで自身の顔を隠した。


「ねえ、風吹くん」

「ん、なんだ。俺は今ゲームに夢中なんだ、手短に頼む」


 ついでに甘々の“GIGAMAXコーヒー”を飲みながら聞いてやる。すると、凩はとんでもないことを口にした。



「赤ちゃんってどうやって作るのかな?」


「ブッ――――――!!!」



 俺は、GIGAMAXコーヒーを吹き出し、スマホを水没させてしまった。茶色に塗れ、ビショビショだぁ……こりゃ、ミンチよりひでや。



「な、なにを言い出すんだ凩さん!」

「あーあ、スマホがコーヒー塗れだよ?」

「凩さんのせいでしょ……まあ、防水スマホだから大丈夫だけどさ」



 ティッシュで汚れを拭きとり、元通り。

 安堵あんどしていると、凩は申し訳なさそうに俺のズボンをき始めた。いや、だけど――そこは!


「ちょ、どこ拭いてるの!!」

「どこって、股のところじゃん。コーヒーで濡れてるし」

「そ、それ以上は危険だって!」

「あー…、平気だよ。別に気にしないし」


「いやいや、それ以上は俺の大切な息子がエレベストになってしまう」

「あはは。面白ね、風吹くん」


 冗談じゃないんだけどなぁ。

 凩の顔が近いし、角度によってはそういう風に見えなくも……あ!


 教室の外に誰かの気配があった。


 あれは、昼の時に見かけた風紀委員長の水瀬じゃないか?


 彼女はかなり慌てて去っていったようだけど。って、これって誤解されたのでは!?


 うわぁ……大丈夫かな。



「まずいな……」

「え、なにが?」

「なんでもない。それより、もう帰ろう。ズボンがコーヒーで汚れちゃったし、甘いニオイもきつい」


「そうだね。帰ろうか」



 * * *



 早くも公園の前まで来た。

 あんまり会話も弾まず、俺は申し訳ない気持ちになった。くそう、もう少し時事ネタとか雑学とか哲学でもいい、ネタを増やしておかないとな。


 凩を退屈させてしまうと、変に距離感ができて……嫌われてしまうかも。


「なんだか悪い」

「ん? ううん。風吹くんと一緒に帰れて嬉しいよ。ほら、元気だして?」


 細い指が俺の頬をでる。

 これは凩の……肉球みたいにふにふにしてる。


 そんな風にはげまされて、俺は今までの嫌な気持ちが晴れた。


 どうしよう、今の一瞬で惚れてしまった。



「凩さん、その……」

「あれぇ~、顔が赤いよ? あ、もしかして、今のでキュンときちゃった? チョロいね、風吹くん」


「ぐっ! 俺をハメたなぁ!?」


「あはは。下着を奪われたお返し」

「奪ってないし。あれは物々交換だ」


「そうだったね。じゃ、あたしはこっちだから」


「あ、ああ……気をつけろよ。この公園って最近、素っ裸の痴漢ちかんが出没しているらしいから」


「うわ、それキモいね。うん、気をつけるね。バイバイ」



 背を向ける凩。

 ……行ってしまう。


 物騒だし、送った方が良かったかな?



 ――やっぱり、気になる。



 凩の後を密かに追う俺。

 これは、凩をあくまで痴漢から守るための重大なミッションなのである。決してストーカー行為ではないっ。



 こそこそと後ろをついていくと、不穏な気配があった。



「げっ、本当に素っ裸の男がいたよ。あれが不審者か」



 全裸のおっさんが物陰に隠れていた。

 その視線は明らかに凩に向けられている。おいおい、襲う気満々じゃないか。


 まずいな、俺ひとりではどうすることもできない。あんな未来からワープしてきた殺人ロボットみたいな男を相手に、どう戦えって言うんだ。


 どう出るか悩んでいると――



「――でさあ、このゲームが」「ああ、あのゲームな。すげぇ流行ってる」「俺の友達全員やってるよ」「物々交換が主流なんだって」「今どき珍しい仕様だよなぁ」



 公園で遊んでいたらしい中学生が通り掛かった。なるほど、俺もプレイしているゲームをみんなで遊んでいたんだな。


 そうだ!



「ちょっと君たち、俺と物々交換しないか!」

「あ? あんた誰」

「俺は、そのゲームのランカーでね。入手困難なレアアイテムをいくつも持っている。物々交換しよう」


「え? お兄さん、このゲームしてんの?」


 少年たちが俺に群がる。


「ああ、レアアイテムをくれてやる。その代わり、俺を手伝え。それが交換条件だ」

「いいけど、なにをすればいいの?」



 俺は作戦を伝えた。



「公園にいる『ヘンタイ』を追い払う。方法は簡単だ、集団で向かい、叫ぶ! とにかく叫ぶ。暴力は一切なしで追い払うだけだ」


「なんだ、簡単じゃん。任せてよ」



 少年たち五名を引き連れていく。

 凩に追いつき、俺は状況を確認。


 人気のない場所に入ったな。

 どうやら、あの全裸のおっさんはいよいよ凩を襲おうとしていた。


 今しかない!


 俺は凩が襲われる寸前に、少年たちに合図をした。



「いくぞ!!」



「おう! やってやらあ!」「うわぁ、マジで全裸だ!」「きもちわりぃー!」「けど、面白そうじゃん」「あのギャルのお姉ちゃんを助けるんだろ! 正義の味方とか最高!」



 全力疾走して、俺は間合いに入った。



「おい、ヘンタイ! 凩さんに何をする気だ!!」


「……っっ!!」



 全裸のおっさんは、急に現れた俺と少年五名に驚き固まった。それは、凩も同様だった。



「えっ、風吹くん!? え、なに、なんなの!? って、なんか裸のおじさんが立ってる!? え、まって。痴漢?」

「説明は後だ! それより、少年たち!!」


 合図を送ると五名は叫んだ。



「ヘンタイだああああああ!!」「ここに痴漢がいます!!!」「きもいおっさんが女子高生を襲おうとしてる!!」「うああああああ、ヘンタイだああああああ」「もじゃもじゃが襲ってくるううううう!!」



 わーわー騒いでいると、近所の人たちが何事かと集まってくる。

 事態に気づいた大人たち(なぜか親父もいた)が全裸のおっさんを取り押さえた。



 こうして俺は、ヘンタイから凩を守ったんだ。



「……えっと、なんだったの?」

「言ったろ、この公園って痴漢がいるって」

「あ……そういうことか。うわぁ、本当にいたんだ」


 信じてなかったのかよっ。


「そういうことだ、これからは俺が送るよ」

「そっか、風吹くんってあたしを守ってくれたんだ。嬉しいっ」



 いきなり抱きつかれ、俺は頭が真っ白に――。

 ついでにあの少年たち五人にからかわれていたけど、もうそれどころではなかった。


 鼓動が早くなりすぎて、息をするのも辛くなっていた。



「……こ、凩さん」

「風吹くん、その……好き、だよ」


「え……」



 今、好きって聞こえたような。

 か細い小さな声だったけれど、気のせいではないと思う。俺の耳がバグってなければ、凩は確かに『好き』と。



 それはつまり、俺のことが?



 改めて聞こうと思ったが、パトカーが二十台ほど到着。お巡りさんと刑事さんが大人数ですっとんできて大事件へ発展。それどころではなくなった。


 また今度にしよう。

 今は――これでいい。



***おねがい***

 続きが読みたいと思ったらでいいので『★×3』をしていただけると非常に助かります。

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