ファーストキス

 痴漢事件は無事に解決した。

 今度は、凩を安全な場所まで送り別れた。


 俺も自宅へ戻り、帰宅。


 妙にニヤニヤしている親父に出迎えられ、俺はスルーしていくが……呼び止められた。


「まて、風吹」

「なんだよ、親父。俺は忙しいんだ」

「忙しいと言っているやつは大抵忙しくないものだ。まあ、聞け」


 通せんぼされ、部屋に戻れない。

 仕方ないな。


「さっきの事件か?」


「うむ、それもある。だがそれよりも、あのギャルだ」

「凩さんがどうかしたか」


「やっぱり、お前の彼女なんだろ?」

「さあな。俺にも分からん」


 と、俺はうまく誤魔化したつもりだったが、親父は食い下がる。


「彼女のあの瞳。お前を見つめるあの純粋な眼差しは“恋”そのものだった。とはいえ、まだ生まれたての小さな恋・・・・だがな」


「そうなのか」

「そうなのかって。で、お前の気持ちはどうなんだ風吹」


トラップカード発動。黙秘権を行使する」


「やれやれ、素直じゃないな。まあいい、付き合うのはいいが羽目を外しすぎないようにな」



 俺は、親父をスルーして自室へ戻る。


 気持ち……?


 そんなの言うまでもない。

 俺はいつだって病的なまでにドキドキしているんだ。

 正直な気持ちを吐露とろできなくて辛い……辛いさ。でも、それでも凩と一緒にいるとワクワクするし、充実した一日を送れていた。


 今までのモブ人生が嘘のようだった。


 灰色だった俺を薔薇ばら色に変えたのは間違いなく――凩なのだから。



 * * *



 今日一日の疲れを湯船に浸かって癒していた。

 スマホを持ち込み、ゲームをしていると凩からラインのメッセージが入った。



 凩:電話していい?



 いきなり電話をご所望か。

 でも、俺も凩の天然癒し系ボイスを聴きたい。

 全裸で電話となるが、風呂の中なので仕方あるまい。



 風吹:了解



 と、送ると直ぐにライン電話が飛んできた。心の準備もないまま電話に出ると、向こうから慌てて飛び跳ねるような音がした。



「ちょ、風吹くん!?」

「ん、どうしたの凩さん?」


「そ、そこってお風呂なの?」

「な……なんで分かったの」


「いやぁ、その……ビデオ通話だし」



 耳に当てがっていたスマホを離し、画面をよく見るとそこには凩の顔が映っていた。顔をトマトのように真っ赤にして。


 ……って、まさかのビデオ通話とは気づかなかった。普通、音声通話だけかと思うんだが、凩はそうではないらしい。


 やっべ、俺も恥ずかしくなってきた。


 てか、俺の裸見られてないか?


「すまん、変なものを見せたな」

「ううん。お風呂の風景と上半身が少し映っていただけだから、気にしないで」

「そかそか。でも、俺全裸だけど」


「ちょ! 全裸で電話とか、しかもビデオ通話なのにー!」


 バタバタと暴れる凩。

 俺も出来れば服を着て通話したかったさ。でも、お風呂というタイミングだったんだ。どうしようもない。


「大丈夫だ。ビデオ通話では顔の部分しか見えないし」

「そうだね、肝心な部分は見えてないもんね。映したら怒るからね!」


「そんなセクハラ大魔神みたいなことはしないさ。それで、用件は?」

「うん。明日、お礼するね」

「お礼?」


「今日、痴漢から助けてくれたお礼だよ。本当に嬉しかったんだ。風吹くん、まるでスーパーヒーローのようでカッコ良かった」



 ああ、理解した。

 別にお礼なんていいのにな。

 見返りなんて――いや、欲しいけど。凩から貰えるものは何だって欲しい。



 そうだ、俺は物々交換をし続けたいんだ。いつか凩本人を手に入れる為に。



「そうか。そりゃ俺も嬉しいよ。じゃあ、物々交換だな」

「え、お礼なのに~?」

「細かいことは気にするな。いつもお世話になってるし、まあ、プレゼント交換みたいなものと思えばいいんじゃないか」


 と、俺はそれっぽく言ってみた。


「う~ん、風吹くんがどうしてもって言うのならいいけど」


「決定だな、物々交換で」


「うん、楽しみにしているね!」

「ああ、それじゃそろそろ切るよ。これ以上は、風邪を引いてしまうからな」

「体に気を付けてね。じゃあ、またメッセージはするね」


「おう。切るぞ」



 ポチッとビデオ通話を切る。


 ……ふぅ、緊張した。



 * * *



 次の日、俺は物々交換する『プレゼント』を持って登校。いつものように学校へ向かい、到着した。


 教室の扉の前で俺は深呼吸する。



 きっと中には、凩がいるだろう。



 鼓動が鳴りやまない中、俺は扉を開けた。


 俺の席の隣に凩がいた。

 こちらを見て、笑顔で手を振る。



「おはよー、風吹くん」



 今日も金の髪がサラサラで、香水の良い匂いが漂っていた。

 ついつい見惚れていると、凩は俺の方まで駆け寄ってきて手を握ってくる。……あ、朝から手を握られた。そんな、ぎゅぅっと。


 強制連行される俺は、自分の席に座るようにうながされる。

 席につくと、凩は顔を近づけて――清流のようなうるおいのある唇を差し出す。そして、まぶたを静かに閉じた。



「こ、凩さん……!?」


「はい、お礼」

「お、お礼ってキスなのか!」


「今なら誰もいないよ」

「そ、そういう問題では……」



 けど、これは人生最大のチャンスではなかろうか。

 凩が“お礼”というのだから、それを受け取る権利が俺にはある。それに、俺だってこの後、プレゼントを渡す予定だ。


 だから、これは物々交換なんだ。



「風吹くんがしないなら、あたしからしてもいいけど」

「いや、俺からする。本当に良いんだな?」


「うん。ファーストキスだから……優しくして欲しいな」


「あ、ああ……」



 って、ファーストキスなのー!?


 やっべ……。

 その情報で余計に緊張してきた。

 心臓がバックンバックンと加速し、俺は顔が異常なほど赤くなったと思う。……だめだ、胸が苦しい。



「ど、どうしたの風吹くん!?」

「すまん。緊張しすぎて心臓が壊れた」

「えー! 大丈夫? 病院いく?」


「ち、違うんだ」

「違う?」



 間違っても“恋の病”だとか……言えるわけないだろッ!



 結局、タイムオーバーとなりキスは出来なかった。クラスメイトが登校してきたんだ。……終わった。


 だけど凩は笑わず、俺の頭をでて慰めてくれた。



 キスは出来なかったけど……

 パンツと交換した。


 まさかの二枚目――入手ゲットである。

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