生徒会長が俺の膝の上に乗ってくる件

 志慶眞しげま先生が戻って来て、木葉の足に湿布を貼った。

 しばらくは安静となって俺はひとりで教室へ戻ることに。


「じゃ、また後でな」

「風吹くん、一緒に居てよ。寂しいじゃん!」


「仕方ないだろう。まだ授業があるし、昼休みに来るよ」

「えー! そんなのつまんない! 大丈夫、動けるし」


 無理に動こうとして、志慶眞先生に止められる。



「私の保健室で勝手は許さん」

「……うぐぅ」

「凩、お前は負傷者だ。無理に動かしてじゅうとくされては、私の監督責任となる。よくなるまでは絶対安静、動くな」



 そう説教され涙目の木葉だが、それ以上に志慶眞先生の圧が凄かった。保健室から一歩でも出ようものなら全身を縛り上げられそうな、そんな大蛇のような威圧感だ。


 これはもう従うしかないだろう。


 下手に抵抗すれば俺も巻き込まれるし。



「悪いな、木葉。ラインくらいはするからさ」

「絶対だよ。絶対に絶対だよ」

「心配するな」

「既読スルーしたら怒るからね!」

「そんなことしないって。ちゃんと返信するから」



 手を振って俺は保健室を後にした。



 * * *



 教室へ戻り、残りの授業を淡々と受けていく。


 隣の席にはいつも木葉がいるはずなのに、今はいない。たまにこちらを向いて笑顔を向けてくれるから……あの瞬間ときが心の拠り所になってさえいた。



 そうか、当たり前だった光景がなくなると……こんなにも“寂しい”って感じるんだ。



 ……木葉に会いたい。



 授業の内容が全く脳内に入らないまま、昼休みを迎えた。



 保健室へ行こうかと立ち上がると、廊下から生徒会長・鈴屋すずや 愛衣めいが現れた。雪原のような銀髪が今日も美しい。



 誰かに用なのかな。

 鈴屋は真っ直ぐこちらに向かってくる。木葉がいないことを確認すると、俺に話しかけてきた。



「ちぃーす、風吹くん。あれ、木葉は~?」

「負傷中につき、保健室で療養中です」

「えー、マジィ!?」

「マジです。体育の授業でマラソンがあったんです。で、転んで足をくじいてしまったってところですよ」


「そうなんだ。大きな怪我はないんだよね」

「大丈夫です。志慶眞先生が見てくれていますし」


「ならいいか。ていうか、敬語じゃなくていいよ、風吹くん」

「え?」


「同じ学年だし、同じ歳じゃん」



 そうだったのか。

 勝手に先輩かと思っていた。

 ならば遠慮なく……。



「えっと、鈴屋さん」

「名前で呼んで」


「な、名前で……?」

「愛衣でいいよ。てか、呼ばないとキスしちゃうよ~?」



 唇を限界まで近づけてくる鈴屋。ちょ……やば、あと数ミリあるかどうかの距離だぞ。吐息が掛かっていて、やばいって。


 さすが銀髪ギャル。

 というか、木葉の友達。


 これほどフランクでコミュお化けだとは――当然か。生徒会長なのだから。



 いやそれより、この状況をどう切り抜けるか、だ。



 このままでは俺はキスされてしまうらしい。なら、名前で呼ぶしか選択肢はないわけだ。



「わ、分かった。頼むから、そんな顔を近づけないでくれ……照れるから」


「じゃあ、呼んで」

「め……愛衣」


「う~ん、三十点かな。でもいいよ、残りの点数はこれから加点されていくはずだから」

「そういう採点方式なのか」

「うん。今はギリギリ合格かな~」



 合格ラインが低すぎる気がするけど、とりあえず顔は離して貰った。けれど、いきなりひざの上に乗られて俺は吃驚びっくりした。



「め、愛衣!?」

「別にいいじゃん。もう、わたしと風吹くんってズッ友でしょ。あ、それとも恋人でもいいけど」



 こ、恋人!?

 いやいや、こんな距離感はおかしい。まだ愛衣とは話してそれほど経っていないし、お互いのこともあんまり知らない。


 生徒会長であり、木葉の友達って認識なだけだった。


 でも、今のこの信じられない状況はいったい……。



「なんでそんなに俺に構ってくれるんだ」

「ん? そんなの決まってるじゃん。あの木葉が男の子を気にしているとか、そんなのリアコでやばたにえんじゃん。今までとレベチよレベチ」



「いったい何語だよ!!」


「もうマヂ、ぴえん超えてぱおんだわ!」


「いやもう意味わからん。スワヒリ語かヒンドゥー語か!?」


「でも、木葉にきゅんだわ。応援したくなるけど、わたしも負けてらんないのよねー」



 ――だめだ、愛衣は独特の世界観をお持ちのようだ。

 恐らく、今までの全部ギャル語なんだろうけど、翻訳不可能だ。専門の方をお呼びしないとな。



「あー、なんだ。愛衣、とりあえず降りてくれないか。みんなにジロジロ見られているし」



 周囲の男子が羨ましそうに――いや、憎らしそうに俺を凝視していた。これはまずい。非常にまずい。後で体育館の裏に呼ばれる案件になりかねん。



「そうかなぁ、気のせいだよ。それより、お腹空いたね。なにか食べに行こうか」



 俺の話をまったく聞かねえ~!

 この生徒会長には勝てないな。


 木葉には悪いけれど、放課後まで待ってもらうか。



「……わ、分かったよ」



 手を引っ張られる俺。

 まさか会長にここまでして貰えるとは……もしかして、愛衣って。いや、まさかな。そんなわけはない。



 食堂まで向かい、パンかおにぎりでも買おうかと列に並ぶ。いよいよ番がきて、先に愛衣がパンを買おうとしていたが、突然叫んだ。



「ああああああああああああああ!!」



「ど、どうした、愛衣?」

「お財布落としちゃったあああああぁぁ……!!!」



 な、なんだって!?

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