財布を落とした会長と物々交換

 大慌ての愛衣。お財布を落としただなんて、大変じゃないか。


「一緒に探すよ」

「う、うん。お願い……」


 来た道を戻り、廊下を探る。けれど、見つからなかった。教室の前まで戻って来てしまった。念のためと教室内も見て回ったけど無かった。



「もう誰かに拾われたのかもなぁ」

「そうかも。風吹くん、一度、職員室へ行ってみよう」


 顔を青くする愛衣は、最後の望みを賭けて職員室を目指す。俺も付き添いをする。



 ――職員室まで向かい、愛衣は親しい先生に落とし物の届け出がないかと問い合わせる。しかし、先生は首を横に振った。



「その感じ、だめだったのか」

「届いてないって。こうは考えたくはないけど……盗まれちゃったのかも」


「まさか。中身には何が入っていた?」


「細かいお金だけ」

「なんだ、お金だけか。学生証とかそういうのは無かったんだ?」

「……あ、学生証は入ってる」


 がくっと項垂れる愛衣。

 ここまで参っている姿は可哀想というか同情しちゃうな。てか、学生証は入れていたのかよ。お金だけならまだしも、学生証まで入っているとなると、たとえば男子が拾った場合、持ち逃げする可能性は高い。


 ギャル美女の……生徒会長のものと分かれば、それはもれなくお宝だ。健全なエロ男子なら秘蔵にするだろうな。



「どうする、昼休みも終わっちゃうけど」

「うーん……いったん諦めるよ。お金と学生証だけだし、そのうち出てくるっしょ」



 と、愛衣はポジティブに言うけれど、なんだかなぁ。



「分かった。今日は俺が奢るよ」

「え……そんなの悪いし、いいよ」

「気にするなって。俺と愛衣の仲じゃないか」

「う~ん、でも」

「そこまで言うなら、愛衣も何か俺にくれよ。物々交換だ」

「その手があったね! 風吹くん、頭いいね」



 とはいえ、今は財布を落としたばかりで何も持っていないだろう。俺の分析通り、愛衣はポケットにハンカチとポケットティッシュを入れているだけだった。

 それでも価値は十分にあるけど……えて言うまい。



「物は今度でいいよ」

「……むぅ。じゃあ……下着とか」

「ぐっ! そ、それは……ちょっと」

「あはは、ごめんごめん。冗談だよ。さすがのわたしも下着は無理だわ。でも、木葉だったらどうしていたかなぁ?」


 どうしてそんな目で俺を見つめるかなぁ!?

 ……いや、交換したけどね。

 口が裂けても言えないが。



 というわけで、愛衣との物々交換は後日ということになった。今は、俺がパンを買ってあげた。パンツではないけど、パンだ。


 自分と愛衣の分を購入し、そのまま空いている席へ座った。



「はい、いちごジャムパン」

「ありがとう、風吹くん」



 嬉しそうに受け取って、愛衣は何度も俺の左手を握った。そんな“にぎにぎ”されるとは――思わなかった。なんだ、この恋人同士の青春みたいなワンシーン。俺はいつから青春男になったんだ!?



「め、愛衣……」

「これはサービスだから」



 サービス良すぎだ。でも、嬉しかった。

 こんな銀髪ギャルから優しくしてもらえるとか……なんて夢見心地な気分なんだ。


 自然と手が離れ、俺は“くるみパン”を千切って口にした。くるみのコリコリとした食感が絶品だ。


 味わっていると、愛衣はいちごパンを半分千切って渡してきた。



「えっと……愛衣?」

「半分こしよっか」

「あぁ、俺のくるみパンも食べたいのか。いいよ」



 俺もくるみパンを半分にして愛衣に渡した。俺はいちごパンを受け取る。


 ん……?


 あれ、待てよ。


 このいちごパン、食べかけだぞ。



「風吹くん、固まってどうしたん?」

「いや、このいちごパン……愛衣が口をつけた部分が残っているんだが」

「ん、そうだっけ。まあ、いいんじゃない、食べても」


「いいのかよ」

「構わないよ。わたしってそういう細かいこと気にしないタイプだもん」



 そういうなら良いけど、愛衣が口をつけていた事実は変わらない。


 俺はごくっと息を飲み、いちごパンを口へ含む。



「――んまっ! いちごジャムが濃厚で美味いなぁ。って、愛衣?」

「…………っっ」



 俺がいちごパンを頬張っていると、愛衣は明らかに顔を真っ赤にしていた。口元を震わせ、ちょっと涙目だ。やっぱり嫌だったのか!?



「お、おい。嫌なら嫌って言えよ」

「ち、違うの……後になって恥ずかしくなっちゃった。まじまんじ!」



 ああああぁぁと、財布を落とした時は別の心の叫びが聞こえるようだった。……なんていうか、俺も手が震えてきた。


 以降のパンの味は覚えていない。



 * * *



 ――昼食を終えた。



 昼休みが終わる前に、俺と愛衣は一度保健室へ向かった。

 扉の前でノックをし、入室。



「あ! 風吹くんに愛衣じゃん! 来てくれたんだ」



 割と元気そうな木葉が半身を起こす。

 良かった、特に変わりはないようだ。



「よ、木葉。会長と偶然会って保健室へ来たんだ」

「そうなんだ。……もしかして、一緒に昼食を?」


「ま、まあな。でも、仕方ないだろ、木葉は動けないんだし……」

「それはそうだけど、むぅ」


「安心しろ。木葉の分も買って来た。はい、チョコパン」

「え、ほんとに! お腹空いていたから嬉しいぃぃぃ」



 だば~と滝のように泣く木葉。

 そうだと思ったよ。

 その足では買出しにも行けないだろうしな。


 愛衣も木葉を心配して、隣に座っていた。



「木葉、足は大丈夫?」

「うん、心配してくれてありがとうね、愛衣」

「大切な友人だから当然だよ。ただ、それまでは風吹くんを借りるけどね」


「え……」


「少しくらい良いでしょ。ていうか、別に風吹くんと木葉って付き合っているわけじゃないでしょ? ならいいじゃん」



「うぅぅ……」



 木葉は明らかに反論できない表情だった。本当のことは言えないんだろうな。


 俺はもう木葉のもので、同棲してるって。



「だめなの?」

「い、いいけどぉ……くぅ。知らない人よりはマシかな」


「どういう意味?」

「な、なんでもないよ。風吹くんをよろしく」

「任せて。ちゃ~んとデートまで済ませてくるから」



「「んな――!!」」



 俺も木葉も驚いて愛衣に表情で抗議する。愛衣は、小悪魔スマイルで舌を出す。

 対して木葉はぶるぶる震えて涙目になりながら、俺を見つめてくる。……やっべ、これどうしよう。



 思考を巡らすも、チャイムが鳴り響く。

 昼休みが終わった……。

 仕方ない、誤解を解く為にも隙を見て教室を抜け出すか!

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