好きになっていく甘々のキス

 戦いに疲れ、俺と木葉はそのままマンションへ戻った。

 戦利品の荷物もたくさんあったから、どのみち長居はできなかったしな。



「――ふぅ、やっと到着だ」

「ぬいぐるみがたくさんだね! これ、リビングに飾っておこっか」

「部屋が賑やかになるし、いいんじゃないか」



 さっそくリビングへ向かうと、ぬいぐるみを綺麗に並べていく。まるでユーチューバーだな。こういう光景をよく見かける。



「パパに勝てて良かった」

「本当にね。危うくこの生活が終わるところだった」


「風吹くん、勝負ごとに強いよね」

「そうかもな。昔から、じゃんけんとか強いし」


「強い人が好き」


 突然、手をぎゅっと握られ――好きとか言われて鼓動が早くなった。魔法ような言葉に、俺は時を止めていた。


 こんな時、どういう顔をすればいいか分からない。どんな言葉を掛ければいいか分からない。


 けど、木葉は構わず俺の胸に飛び込んできた。


 綿あめのような“ふわふわ”っとした感触が包む。……女の子の感触だ。なんて柔らかい。何度も何度も経験はしているけど慣れないないのだ。


 揺れ動く瞳。

 乱れる呼吸。

 行きつく暇もない空気感。


 縮まっていく距離。


 肌のぬくもりが熱くなっていく。


 ……俺は、

 木葉は……


 いったい、何を望んでいる?


 そんな些細ささいなこと、

 一秒後には判明していた。


 俺の唇にしっとりとした感触が触れていた。


 童帝と謳われし俺には無縁と思われていた奇跡の瞬間。……いや、何度かあったけど記憶というものは曖昧になっていくものだ。


 そう、人間は大切なこともあっさり忘れてしまうものだ。

 けれど思い出すこともできる。


 ああ……そうだ。


 こんな、甘い感じだった。



 甘くて、情熱的で、抱きしめたくなって……幸せで、脳がピリピリして……。もっともっと先を追い求めたくなって……もっともっと木葉が好きになっていく。


 気持ちが加速していくんだ。



 ……思い出した。



 これが“キス”だった。



 求める前に、木葉が激しく求めてきた。

 今日は一段と違った。


 ただ重ねるだけでなく、何度も何度もキスを繰り返した。


 夢中になって、没頭して、一心不乱に、無我夢中に、埋没していく――。



 ふと気づくと、俺は木葉を押し倒していた。



 ネカフェでは出来なかった行為が、今ではできた。

 今はきっと理性を失っているからだ。

 まともな思考じゃない。


 でも。


 木葉の許しはあった。

 どうぞと言わんばかりにまるで抵抗はない。



「木葉、俺は……」

「勝った人にはご褒美がないとね」

「いいんだな?」

「うん。ネカフェで見た動画みたいにしていいよ」


「……ッ!」


 言われて俺は胸がドキドキしてきた。

 そこまでしていいとはな。

 けど、もうチャンスが今しかないように思えていた。だから、俺は――。



 手を伸ばし、木葉の服を――おぉ!?


 ん?


 なんか視線を感じるような。



「…………風吹くん、なにをしているんだね」

「あれ、お義父さんいつの間に」


 なぜか棒のように突っ立っている凩父。音がしなかったから、ぜんぜん気づかなかなかったぞ。


「チャイムを何度も鳴らしたし、音もかなり立てていたが……いや、そういう問題ではない。貴様、木葉になにをしているー!!」


 そうブチギレるお義父さん。

 夢中になっていて緊張していたから、気づかなかったようだ。やばいな、なにか言い訳を。


「……そ、その。これは木葉の目のゴミを」

「そんな言い訳が通用するか!!」


 ですよねー。


「パパ、これは誤解よ! 別にその……えっちなことをしようとしていたとかじゃないし。ていうか、勝手に上がらないでよ!」


「その言い訳は無理があるだろう、木葉。だが……お前たちは母さんが決めた許嫁だからな」

「え、それって」

「もう事情は聞いた。だが、羽目を外し過ぎないようにな。二人はまだ学生の身分なのだから……」


「もう行くの?」

「母さんとの約束があるからな」


 そうお義父さんは背を向けた。

 なにしに来たんだか。


「もう無断で家へ上がらないでね、パパ」

「時と場合による。……ああ、そうそう、木葉」

「ん?」

「例の外交官の息子だが……木葉を諦めきれないようでな、近々会いにくるかもしれん。その時は……話だけでも聞いてやってくれ」


「は?」


「そういうわけだ。さらばだ」

「ちょ! パパ、嘘でしょ!?」

「仕方ないだろう。向こうがどうしてもというのだ。まあ、振ればいいだろ!! それに風吹くんがいるんだ。風吹くん、君が『彼氏です』とハッキリ言えばいい。じゃあ、あとは任せたぞ!!」


 逃げるように去って行くお義父さん。って、これは逃げたぞ!


「え~…家へ来るってこと? 風吹くん、どうしよう」

「あの言い方だと、そうっぽいな。うーん……振るしかないんじゃないか。俺も一緒に立ち会うし」

「お願いね。知らない人と話すのも面倒だし、それに外交官の息子とか興味ないよ。ちょっと変わってるけど、でも普通の男の子がいい」


 そう俺を見てくる木葉。

 俺ってちょっと変わっているのか。

 そうなんだろうなぁ。


「心配するな。俺がいるし、木葉も強く出れば何とかなるだろ」

「そ、そうだよね。うん、告白されても振るから安心してね!」

「それは頼もしいな」


 最初から勝負が決まっているとか、気楽でいい。



 この時はそう思っていた……。

 まさか、あんなことになろうとはな。

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