第21話 ファイヤー・ファイア

「鬼さんこちら、手のなる方へ!」


 いつも通りの翔蘭の舐め腐った挑発。

 卓越した身体能力で二人を誘き出しながら逃げるように戦いの場を探す。


 数分後、翔蘭が選んだ場所は退廃的な机や窓がある大広間であった。


「ここなら暴れやすいか」


 程なくして挑発に苛つきを覚えている二人が窓ガラスを豪快に破り翔蘭の前へと立つ。


「ちょこまかちょこまかと屋根裏に潜むウジ虫のように……!」


「逃げ腰、弱腰、帯に短し襷に長し!」


 着地と同時に美月歌と姫恋は変化球な暴言を投げつけるも、翔蘭は全く気にせず逆に冷静にツッこむ。


「知的ぶった言葉で見栄張んなよ。語呂悪いし馬鹿丸見え」


 舌を出しながら翔蘭は、売り言葉に買い言葉のように更に挑発を激化させる。    

 

「てか何で私達を襲うんですか? 柿でも食べて少しお話しましょうよ」


「無駄話をするつもりはありません」


「あららお喋りはお嫌いですか。そういう寡黙な人ってモテませんよ? 独身っすよ?」


「ほざけ……姫恋!」


「ハッハァ!」


 美月歌の声を合図に姫恋は地を蹴り、凄まじい速度で詰め寄る。

 腕からは爪の形状をした紫の武器が機械的に動き翔蘭を斬りかかる。


 爪が胸を切り裂く寸前、間一髪で双剣を取り出し斬撃を相殺した。


「おっと……!」


「ハハハハハッ!」


 闇に響く狂気の笑い声。


 隙かさず姫恋は空中で体勢を切り替え爪の斬撃を更に繰り出す。  

 刃同士が混じり合い金属音が弾けアクロバティックな戦闘が繰り広げられる。


 獣のような超低姿勢から放たれる爪の猛攻

に翔蘭に防戦気味となる。


「チッ! 容赦ないっすね躾のなってない


「犬じゃない、私は狼だよ。間違えんな! 願狼剣山がんろうけんざん!」


 必殺技の宣告と共に、爪からは紫の粒子を纏った幻術の斬撃が放たれる。


「乱舞炎華斬」


 卓越した身体能力で斬撃を避けながら炎を纏った双剣で更に相殺していく。


「貰った」


「ふえっ?」


 だが同時に、それまで身を潜めていた美月歌が姫恋の背後から現れる。


 無数のナイフは翔蘭を逃すまいと捉え投擲とうてきされる。


真貫童破しんかんどうは


 ナイフは蒼く光っていき凄まじい衝撃波を纏い襲いかかる。

 咄嗟に双剣で防ぐものの力に押し負け数メートルも吹き飛ばされた。


 アクロバットな動きで体勢を空中で立て直しすぐさま美月歌達へと臨戦態勢を整える。


(投げナイフ……洒落た武器を)


 ナイフが掠り頬から垂れる血液を舐める。

 新鮮な鉄分の味が翔蘭の舌を肥やす。


(あぁ〜これはちと劣勢かな? なんか乳首勃ってきちゃったし)


 翔蘭はいつものように笑顔を浮かべるが劣勢に立たされていることは自覚していた。


「もう疲れてきましたか? あれだけ大口叩いて呆気のないこと」


「絶体絶命ってやつ!? 滑稽の極み!」


 対称的に姫恋と美月歌は余裕の笑みを浮かべ翔蘭を嘲笑する。


(近距離特化の爪女に遠距離特化のナイフ使いの女……相性悪いな〜)


 互いに1人だけであれば翔蘭も余裕で倒せる確証がある。


 しかし近距離、遠距離を互いに補い、無駄のない連携で襲いかかる姫恋と美月歌に翔蘭はやや苦戦を強いられていた。


 このままでは体力勝負となってしまい時間と共に敗北。

 早急にこの状況を打ち崩す打開策を練らなくてはならない。

 

(まぁでも……それって最高じゃん、快楽の最高到達点じゃん!)


 だが翔蘭は楽しんでいた。

 この追い詰められている状況を。

 サディストでもありマゾヒストでもある彼女は逆境であればあるほど性的興奮する。


 額から垂れる汗を拭き取り髪をかき上げると翔蘭は小さく不敵な笑みを浮かべる。


「姫恋、あの女をどうしたい?」


「ぶっ殺すほどに倒す! 殺意全開で!」


「奇遇ね。次で捻り潰すわよ」


「シャァ!」


 そんな笑みを知らない2人は翔蘭にトドメを刺そうと突撃を始めた。

 先陣を切る姫恋は再び爪を尖らせ狼のように走り翔蘭へと接近する。

 

「貰ったりィィ!!!」


 絶叫と共に空中へと飛び上空から翔蘭へと襲いかかる。


「……バーカ」


 馬鹿みたいに突っ込む姫恋を見て翔蘭は舌舐めずりと共に小声でそう呟いた。


「乱舞炎華斬・幕」

 

 翔蘭は双剣を地面へと突き刺す。

 次の瞬間、辺り一面には炎が舞い踊り、煙幕のように翔蘭の姿を眩ませる。


「いいねぇその技、でもダァァメ! 美月歌頼むよ!」


 燃えさかる業火に動じず、姫恋と美月歌は炎を打ち消そうと妖術を放つ。


「願狼剣山ッ!」


「真貫童破!」


 蒼の衝撃波を纏ったナイフと紫の斬撃は瞬く間に炎を打ち消した。

 だが、鎮火された場所に翔蘭はおらずそこには双剣だけが無造作に置かれていた。


「あれっ?」


「いない……?」


 幻影のように翔蘭は姿を消す。

 まるで先程放たれた妖術で消し飛んでしまったと思うほどに。


「双剣が転がってる、あの女の姿がない、つまりこれってぶっ倒したってこと!? 一敗塗地いっぱいとち?」


「そう……ですか」


 その光景に勝利を確信する姫恋。

 それとは裏腹に美月歌は警戒していた。


(妖術であの女は消し飛んだ……? ならこの主張の強い生気は何?)


 辺りに翔蘭の姿はない。

 だが本能的に美月歌は彼女の生気を感じ取っていた。


 そんな時、美月歌の脳裏にある1つの可能性が過ぎった。

 彼女は消えたのではなく、ということが。


「まさか……!?」


 咄嗟に美月歌は上を見上げる。

 そこには壊れかけの天井に掴まってる翔蘭が悪魔的な笑みで見下ろしていた。


「姫恋、上だ!」


「はっ上?」


 まだ状況を把握できてない姫恋へと翔蘭は急速に降下しゼロ距離に降り立つ。


「なっ!?」


 ようやく翔蘭の存在に気付き爪で斬りかかろうとするがもう遅かった。


「乱舞炎撃ィ!」


 一手早く、炎を纏わせた翔蘭の上段蹴りが姫恋へと襲いかかる。


「ぐぶっ!?」


 蹴りは顔面に命中し、付近の壁を貫くほどにぶっ飛ばす。

 

「姫恋ッ!」


「余所見……禁物ッ!」 


 攻撃を食らった姫恋へと目をやっていた僅かな隙。

 それを見逃さず翔蘭は即座にわざと置いていた双剣を再び手に取る。


「クッ……!」


 美月歌は翔蘭に目掛けて数十本のナイフを一斉に投擲する。


 数メートルもない超至近距離。

 普通であれば被弾するのは確実。


 しかし翔蘭は全てのナイフを身体が触れる寸前で全て見切り回避。

 驚異的な反射神経で美月歌のゼロ距離までノンストップで近付く。


「乱舞炎華斬・峯、美少女からのプレゼントォォォォォ!!!」


 双剣を逆に持ち替えると業火を纏わせた刃の峰打ちを食らわせる。

 美月歌の腹部を抉るように攻撃は命中し目の前の壁へと一気に叩きつけた。


「がっ!?」

 

 凄まじい速度と威力に美月歌は翔蘭の攻撃に悶える。


「私の名前は翔蘭。次の女帝は私に相応しいんだよねェ! アッハハハハッ! アッハハハハハハァ!」

 

 自尊心の塊な翔蘭の自己紹介。


 いつもの敬語的な口調は崩れ、狂気と興奮が混じった笑みを浮かべた。


(あぁ実にいい! 先輩の苦痛顔もたまらんけど美少女の苦痛顔も最高ッ!)


 殺ろうと思えば美月歌や姫恋を殺すことは容易。

 だが苦悶の表情が見たい翔蘭は敢えて殺さず激痛を与え性癖を満たしていた。


「馬鹿な……こんなことがァ……!」


「ムカつく……ムカつくムカつくムカつく!  怒髪衝天どはつしょうてん!」


 深刻なダメージを負った2人は怒りを顕にしながらゆっくりと立ち上がる。


「って、今ので殺られる都合のいいこともないか」


(かわいい女の子達だけど、殺りに来るなら殺らないとね。それもまた一興)


「さぁ来なよ。命懸けでさ、天国に送ってあげるからさァ!」


 興奮のボルテージは更に上がり翔蘭は双剣を踊るように振り回す。


 その顔に理性はなく八重歯を惜しみなく剥き出しにし獣のような表情で煽る。


「この狂人が……姫恋!」


「分かってるよ美月歌……あいつの喉引き裂いて殺すことくらい分かってる!」


 同じく本気で殺そうと姫恋と美月歌は埃を振り払い殺意を剥き出しにする。


(いいね……いい殺意……!)


 闘争がぶつかり凄まじい殺し合いが繰り広げられそうになっていたその時だった。


「待て翔蘭!」


「ん?」


 いやというほど聞いてきた男の声。

 振り返るとそこには彼女のお気に入りの玩具であるユウキがいた。


「先輩……?」


 そしてその更に後ろには自らを紫衣楽と呼んでいたあの女も佇んでいた。


「戦闘を中断しなさい姫恋、美月歌、事情が変わった」


「「紫衣楽!?」」


 突然の戦いの中断宣言に困惑する翔蘭と姫恋、美月歌。

 

「ど、どういうことっすか先輩?」


「翔蘭、そいつらは……敵じゃない」


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