第29話 エンヴィー・アサルト

 翔蘭の予感を知る由ないユウキと紫衣楽はその後も妖獣を蹴散らし先へと駆けていく。


 緑熊獣以上に凶暴な存在も現れるが二人の敵ではなかった。


「ギィァァァァ!」


 ユウキの斬撃で喉を引き裂かれた妖獣は断末魔と共に絶命する。  


「かなり倒したな……もうそろそろじゃないのか?」


「そろそろって、もう見えてるわよ」


「見えてる?」


 紫衣楽が指差す方向。

 そこにはまるで温泉のように湯気をあげている広大な池が木々に囲まれていた。


「まさかあれが?」


「淫麗酒の元となる液が含まれた池よ。あんなに美しいのに使用方法は媚薬なんて不思議なものよね」


 紫衣楽の言うとおり、淫麗酒の元液は下品なピンク色ではなく透明な色をしている。

 聖水のような雰囲気があり、性欲を掻き立てる代物とは到底見えなかった。


「美月歌達はいないか……まぁいい、早めに採取してあの娘達を待ちましょう」


「そうだな、よしっじゃ早速」


 愛絆から渡された特殊な瓶を取り出し採取をしにいこうとしたその時だった。


「ッ!」


 何かを察知した紫衣楽はユウキに向けて御札を投擲する。


「うぉっ!?」 


 御札は額のスレスレを横切り、突然の出来事にユウキは思わず尻餅をついてしまう。


「なっ、急に何だよ!? 何でいきなり俺を狙って!」


「貴方を狙ったんじゃない。貴方の後ろ」


「後ろ?」


 恐る恐るユウキは背後を振り返る。

 そこには弓を持った見ず知らずの男が気絶して倒れていた。


「えっ男?」


「危なかったわね。少し遅れてたらそこの男に頭を射抜かれてたわよ」


 その場に落ちていたのは肉体を骨ごと貫くには十分な鋭利な鉄製の矢。

 紫衣楽が気付かず射られていれば間違いなくあの世行きであった。


「御札の力で眠らせた。しばらくは起きないから安心なさい」

 

 男に近付くと紫衣楽は軽く顔を蹴り、意識がないことを確認する。


「それで誰なのかしらこいつ」


「お前に関係ある奴じゃないのか?」


「こんな中年男と関わりなんてないわよ。貴方がやらかしたんじゃないの? こいつの妻を寝取ったとか」


「んなことするわけねぇだろ!? 大体この男と面識なんて……」


(いや何で命を狙われたんだ? 命を狙われるほどの悪行はしてねぇぞ)


 恨まれている記憶も、過去も存在しない。

 なら何故この男に命を狙われたのか。


 その理由は直ぐにも判明する。


 カチッ。


「ん……?」


 突然耳に入った機械的な音。

 何事かと音のした方を向くと、数個の黒い球体がユウキ達の元へと迫っていた。


「ッ! 避けろユウキ!」


 鳴り響く紫衣楽の叫び。

 その言葉に驚きつつも反射的にユウキは咄嗟に身を避ける。


 次の瞬間、轟音と共にその場は火炎に包まれ凄まじい爆発が起きる。

 木々を木っ端微塵に粉砕し爆風がユウキを襲い地面へと叩きつけられた。


「ッ!?」


 突然の爆発に困惑するものの、即座に弓を構え臨戦態勢を取る。


「何だ今のは……!?」



「てつはう?」


「人工的に作られた爆弾よ。妖術じゃない。気をつけて、辺りをよく見回しなさい」


 冷静な紫衣楽はユウキと背中合わせになるよう身体を近づけ周りを見回す。


「一撃では仕留めきれなかったか」


 そんな警戒する二人を見てあざ笑うような声が酒池肉林に響く。

 声の方向を見ると、ユウキの目の前に先程のてつはうと呼ばれた爆弾を両手に持った男が現れる。


「誰だ……?」


 オールバックに眉間にシワが寄った表情。

 高級そうな黒い衣服に指輪の数々。

 端正な顔立ちだがいい印象ではなかった。


(なんだこの悪面わるづらイケメンは……)


「貴方……何でここに」


「紫衣楽?」


 その男を視認した途端、紫衣楽は汚物を見るような嫌な顔を浮かべる。


「久しぶりだな紫衣楽。会ったのは一年以上前か?」


「そんなのどうでもいい。何故私がここにいることを知っている? 偶然ではないでしょう」


「使える情報屋に高値で依頼したのさ。それでも中々発見出来なかったがようやく見つけたぞ冷血姫さんよ」


「気持ち悪っ……私に執着し過ぎでしょ」


「お前にとっては気持ち悪いことか、だが俺にとっては人生全てを注いでもやるべきことなんだよ」


 紫衣楽と謎の男の間にはお世辞にも穏やかとは言えないほど険悪な空気が流れる。


 その空気を察し、ただならぬ関係であることをユウキは本能的に察する。


「紫衣楽あいつは誰だ、恋人か?」


「はっ? 違う、私がいた集団の元仲間よ。名前は憂炎ゆうえんだったかしら」


 憂炎と呼ばれる男はユウキに見向きもせず紫衣楽をじっと見つめる。


「気の強い部分は相変わらずか。体つきだけは最高の女、だが中身がこれだとな」


「残念、誰かに媚びへつらう姿を見せるくらいならその前に自害するわ」


「ワァァォ! いいねぇその勝ち気な態度、その生意気がムカつくんだよ……!」


 情緒が不安定な憂炎は抑揚が激しすぎるテンションで紫衣楽を罵倒する。


「嫉妬話は終わり? ならどいてくれるかしら。私達は貴方に構ってる暇はないの」


「わざわざこんな所に話だけしに来ないさ」


「なら何、私の身体が目当て?」


「それもいいが、違うな……正解は〜に決まってるだろうがァ!」


 突如、激昂した憂炎を合図に木々という木々から無数の男達が現れる。


「これは……!?」


「金と女に飢えた荒々しいはぐれ者達さ」


 数秒も立たずしてユウキと紫衣楽の周りは武具を装備した男に囲まれた。


「……なるほど、さっきユウキを狙った男は憂炎が雇った傭兵。ずいぶんと手の凝った復讐方法ね。下らない」


「その綺麗な口がいつまで持つか見ものだな。お前ら、この女を殺せば金貨三十枚だ。男の方も殺せば五枚追加だ」  


「「「オォォォォォ!!!」」」


 その宣言を聞いた男達は狂喜乱舞する。

 ユウキと紫衣楽を獲物のような目を向けると迷いなく迫り始めた。


「ちょ!?」


業魔煙楼ごうまえんろう


 紫衣楽が御札を地面に叩きつけると凄まじい量の煙幕が噴射されていく。


「こっちよ」


 強引にユウキの腕を掴むと紫衣楽は煙の中を駆け木々へと退散する。

 煙幕が晴れたころには既に紫衣楽達の姿はなかった。


「チッ妖術か……まぁいい、所詮は小手先の力だ。おい早く探せ!」


 苛つきの顔を浮かべたが直ぐに飄々とした顔に戻り憂炎は辺りを探し出せと指示を出す。


 男達が酒池肉林の木々を探している中、紫衣楽達は近くの草の塊へと身を隠していた。


「……少しは時間を稼げるか」


「おい紫衣楽あいつらは何なんだ!?」


 相次ぐ怒涛の展開についてけないユウキは紫衣楽を問い詰める。


「一体何があっ「静かに」」


「声は小さく、奴らに居場所がバレる」


 口に指先に当てる無自覚なお茶目ポーズでユウキを制止する。


「憂炎、私のいた妖術師集団の元仲間よ。だいぶ前に追い出されたけど」


「追い出されたって……それが何でお前をあんな狙う理由に」


「理由は簡単よ、彼を追い出したのは私なんだから」





 

 

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