第30話 二人ノ祭リ

「はっ?」


 予期してない方向からの言葉の投球。

 ユウキは簡単には受け止めきれず唖然の声をあげる。


「紫衣楽があの男を追い出した……?」


「忘れたの? 私は神威の盟主、団員を追放する権限は持っている」


(そういえば……愛絆さんも)


 愛絆の例の発言をユウキは思い出す。

 彼女は様々な者に恨まれている、中には復讐しようとする者もいると。


(まさかこれが危惧していたリスク……)


 紫衣楽という存在がいかに強力で危ない女だということを思い知らされる。


「てか、何で追放なんかしたんだ? 殺されるほどの恨みって何なんだ?」


「ただ将来性がなかった卑劣男だからだけ。努力もせず無能な奴を排除するのは当然」


「使えない卑劣男……?」  


 語られたのは謎に隠された紫衣楽の過去と憂炎との因縁。


「時間がない。手短に話す」



* * *



 紫衣楽と憂炎はほぼ同じ時期に集団へと加入したいわば同期。 

 才能に溢れ天才肌だった憂炎だが性格は傲慢で紫衣楽や周りを見下し貶していた。


 しかし寝る暇も惜しんで努力する紫衣楽とは次第に実力差を離され、遂には紫衣楽が神威の盟主へとなってしまう。


 そして。


「消えなさい」


「はっ……?」


「聞こえなかったの? 貴方のような満身な存在はいらない。今日中に消えなさい」


 神威専用の施設内。

 紫衣楽は団員が全員見ている前で彼を見せしめとして追放した。


「ふ、ふざけんな紫衣楽! まだ19のガキが何を偉そうに!」


「私はこの集団の盟主よ。追い出す権限はある。貴方のような24の大人、でもね」


 突然の宣告を受け入れられず、食い下がる憂炎を紫衣楽は淡々と一蹴する。


「ろくに訓練もせず、神威の名を使って女遊び、団員への見下しの暴言、貴方は神威にとって汚物よ。便はしっかりと流さないと」


「ふ……ふざけるな! 俺は天才なんだぞ、お前らみたいな三流とは違うんだ! あぁそうだ、ここで紫衣楽を潰して俺が盟主になれば文句はないだろ。実力主義なんだろォ!」


「……チッ、めんどくさいわね」


 ゴミを見るような視線で憂炎からの無駄な決闘を渋々と受け入れる。


「出会ったの時からムカつくんだよお前、愛想もねぇし達観したような生意気な性格しやがってさァ! その顔をへし折りたいって前から思ってんだよッ!」


 憂炎は苛立ちを覚えるガキに下剋上を狙い、紫衣楽に決闘を挑んだ。

 しかし結果は憂炎の見るに堪えない惨敗。


「がはっ!?」


 半殺しというレベルで紫衣楽に一方的に嫐られ血反吐を撒き散らし地面へと突っ伏す。

  

「もういい? 血の掃除が大変なんだけど」 


「この……このガキがァ!」


 全員の目の前で叩き潰されるという屈辱を味わい憂炎は紫衣楽に飛びかかる。

 

「邪魔」


 だがそんな無策な攻撃など紫衣楽に簡単に見切られ鼻の骨を砕くほどの蹴りを叩き込まれる。


「がぁ……!」

  

 遂に憂炎は白目を剥き意識を手放した。


「そこの貴方、こいつ外のゴミ箱にでも放り出しておきなさい。犬の糞を添えて」 


「は、はい!」


 団員の男達に命じ、気絶する憂炎を外へと連れて行かせる。

 

「……害虫が。二度と現れるな」



* * *


 

「そして今に至る、周りに恥を晒されたことに対する復讐ってとこかしら」


 冷血姫と呼ばれるに相応しい紫衣楽の過激な所業にユウキは身震いする。

 だがそれ以上に憂炎の情けなさと自分勝手さに呆れた。


「なんだそれ……ただの自爆、逆恨みでしかない」


 引き起こした出来事とは釣り合わない動機にユウキは呆れ返る。


「そう下らないわ、でも憎しみって時に人を大いに狂わせる。こんなことをしても私に復讐しようと思うくらい」


「クソッ……サイコ野郎が。俺達は急いでるっていうのに」


 目的の物を得る寸前の障壁にユウキは舌打ちと共に苛立ちを募らせる。


 二人が隠れている中、徐々にユウキがサイコと貶す男の声が聞こえてくる。


「おい紫衣楽ァいるんだろう? 隠れてねぇで出てこいよその男とパンパンしてんのか? もっと強気な態度取ってくれないと復讐のやりがいがないだろ、淫乱女よォ!」


 赤の他人が聞けば鳥肌が立たせて逃げたくなるような言動を平気な顔して響かせる。 


「好き放題言いやがって……私はまだパ……パンパン……したことないわよ」


(えっ恥ずかしがってる、あれっ可愛いッ!)


 卑猥な言葉に少しばかり口調がどもり赤面する彼女にユウキは悶える。

 普段が冷酷で無表情な彼女だからこそ、そのギャップの破壊力は倍増する。


「さてどうするか……作戦は」

 

「紫衣楽、俺の妖術使えないか?」


「貴方の妖術?」


 気配を察知されないよう、囁くようにユウキは紫衣楽に耳打ちする。


「……悪くはないわね。理には叶ってる」


「だろ? あの数からしてどの道逃げるのは難しい。なら二人で正面から返り討ちにするのが得策なはずだ」


「貴方……結構思いっきりあるのね」


 思い切りの良いユウキの決断に紫衣楽は少しばかり感心する。

 翔蘭に鍛えられてなければユウキがこんな好戦的な選択を取ることはなかった。


「面白い、乗らせてもらうわ」


 ユウキの提案を受け入れると紫衣楽は身を隠していた草の塊から移動を始める。


 それをまだ感知していない憂炎は飢えた男達を使い血なまこになって捜索していた。


「焦らすなんてやっぱりお前は生意気で屈服させたい女だなァ!」


「うっさいわね……変態」


 発狂を続ける憂炎の前に、紫衣楽は再び姿を現す。

 

「耳が腐るわ」


「ハッ、ハハハッ! やっと現れたか、かくれんぼには飽きたのか? おいッ!」


 憂炎の呼びかけに男達は紫衣楽の前にゾロゾロと集合する。


「来なさい、粗チン野郎」


「言われず……ともォ!」


 紫衣楽の挑発に待ってましたと憂炎はてつはうを着火させ投擲する。

 男達も呼応するようにてつはうを投げ込む。


 数秒もすれば紫衣楽の上空は爆弾の雨で覆われた。


「ホント……浅はかな男ね」


 迫りくる爆炎を含んだ塊。

 だが紫衣楽は顔色一つ変えず、華麗に指を鳴らした。


 その瞬間、彼女の背後から無数の矢が放たれ無数のてつはうを全て捉える。

 射られたてつはうは瞬く間に氷に包まれていき地面へと落下していく。


業魔遠雷ごうまえんらい


 僅かな隙も与えず、紫衣楽は無差別に御札を男達へと投げつける。

 御札には電流が走り屈強な男を次々と一撃で無力化させた。


「えっ?」


 今の所業、時間にして僅か2秒。

 瞬きすらも許さない速度の連携に憂炎は理解できず呆気にとられた。


「なっ!?」


 ようやく状況を把握した憂炎は周りに倒れる男を見て驚愕する。


「何をした……?」


「連携しただけよ。いい男とね」


 紫衣楽が手招きすると氷の矢を放ったユウキがゆっくりと背後から現れる。


「お前はさっきの……!」


「上出来よユウキ」


 紫衣楽の満足そうな顔を見てユウキは安心する。


「お気に召したようなら良かった」


 ユウキの考えは至極単純。


 加熱性を含むてつはうを氷の妖術で無効化すると同時に紫衣楽が無力化させる。

 奇想天外で劇的な案という訳ではないが数的不利を覆すには十分な作戦だった。


「氷の妖術……チッ目障りがァ!」


 想定外の障壁に苛つく憂炎は指に挟んだてつはうを一斉に投擲する。


「氷流蒼弾」


 だが無惨にも氷の妖術の餌食となり爆発することなく落下していく。


「行くわよユウキ、祭りの時間よ」


「クッソ! おいお前ら殺れッ!」


 ユウキと紫衣楽の狂宴が始まる。


 息の根を止めようと男達は果敢に挑むが二人の連携に手も足も出ない。


「ぐはッ!」


 ある者は前歯が折れるほどに顔面に蹴りを叩き込まれ


「ぶぐっ!?」


 ある者は御札によって木々を薙ぎ倒すほどの威力で吹き飛ばされる。

 

 氷の妖術と御札の妖術はてつはうや武器を次々と無効化し男達を過激に無双していく。

 僅か数分で五十人ほどはいた憂炎の仲間の半数は気絶に陥っていた。


「馬鹿な……!?」


「手品はもう終わりかしら?」


 御札を自由自在に動かして紫衣楽は憂炎を煽り一歩一歩ゆっくりと歩いていく。

 実力差は既に判明していた。


「お、おい大丈夫なのか!? あいつらバケモンだぞ!」


「うるせぇ黙ってろッ!」


 憂炎に雇われた男の一人が劣勢という焦りから苦言を呈する。

 その言葉を強引にねじ伏せると憂炎は迫りくる紫衣楽とユウキに後退りを始めた。


「ま、待ってくれ紫衣楽悪かった俺が全て悪い! だから命だけは!」


「懺悔は終えた? 安心しなさい、せめての慈悲で一瞬で殺してあげるわよ」


 安い命乞いに揺らぐはずもなく紫衣楽は狂気を帯びた真っ直ぐな目で睨む。


「恨むなら……自分を恨むのね。ユウキ」 


「あぁ、言われずとも……!」


 最後の仕上げとユウキと紫衣楽は憂炎を叩き潰そうと襲いかかる。

 だがその時、恐怖におののいていた憂炎は豹変したように悪どい笑みを浮かべた。


「な〜んてなァ!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る