第31話 下劣は死ねばいいのに

 憂炎は懐に隠し持っていた小型のスイッチを力強く押す。

 同時に優炎達の周りには糸のようなものが張り巡らされていく。


「なっトラップ!?」


 罠を察知し、咄嗟に走り出した足を止めようとするも間に合わない。

 ユウキは糸を足で切ってしまう。


 その瞬間、カチッという音が次々と地面から鳴り始め爆炎がゼロ距離で発生していく。


「ッ! ユウキッ!」


 爆炎が迫る中、紫衣楽は咄嗟に御札をユウキの元へと投げつける。


 御札がユウキの身体に触れた途端、妖術により二人の居場所が入れ替わる。  


「えっ……?」


 放り出されるようにユウキは爆炎から引き離され代わりに紫衣楽がその餌食となる。


 これまでとは比べ物にならない爆発。

 地獄のような業火が辺りを燃やし尽くす。


「紫衣楽ッ!?」

 

 やがて連続する爆発は終わりを告げ、肺を苦しめる白い爆煙に包まれる。


 煙は晴れていきそこには全身から血を流した紫衣楽が立っていた。


「ぐぶっ……!」


 右腕、左足、額に鉄の破片が刺さり、激しく吐血する。

 重症を負った紫衣楽は脱力するように倒れていく。


「紫衣楽ッ!」


 地面につく前に紫衣楽の身体をユウキは受け止める。 


「紫衣楽! 紫衣楽!」


 息はあり僅かながら意識はあるが、もはやまともに戦える状況ではなかった。


「ハッ、ハハッ、アッハハハッ! こいつは見物だな!!」


 そんな彼女を見て憂炎は高笑いをする。


「ワイヤートラップ……!?」


「そう、氷の妖術は焦ったがそれでも俺の作戦に支障はない」


(まさか……今の情けない命乞いは俺達を誘い出すために……)


 真っ向勝負で紫衣楽とユウキのコンビに敵わないことは憂炎は分かっていた。

 だからこそ、邪道な手を使い命乞いという方法で二人を誘導。


 予め設置していたワイヤートラップでてつはうを一斉に爆破させたのだ。


「今ので死ぬと確信していたが……どこまでもしぶとい女だ」


「お前……こんな下劣な手をッ!」


「下劣? 知ったことか、この世は結果が全てなんだよ青二才」


 卑怯な手を使った憂炎にユウキは怒りを露わにするも一蹴される。  


(クッソ……何で俺なんかを庇ったんだ紫衣楽……!) 

 

 双方共に予期してなかったとはいえ、自らのミスで紫衣楽はなけなしの命に追い込まれた。

 

 そのせいでいい女である紫衣楽を負傷させてしまった罪悪感が心を染めあげる。


「予定変更だ。紫衣楽は最後に嬲り殺す。その前の余興として」


 指を鳴らすと憂炎が率いる傭兵達は一斉にユウキに武器を向ける。


「お前を殺させてもらおう。氷使い」


 絶対絶命的状況。


 翔蘭も紫衣楽もいない。

 半数を蹴散らしたとはいえ、まだ敵は二十人以上存在する。


(……翔蘭の誘惑を拒絶していれば今頃は平和に暮らしてたのかもな)


 そんな中、ユウキはあり得たかもしれないもう一つの世界線を想像する。


 翔蘭の玩具にはならず、白空の異変から目を背け地味でも平和に生きていく。

 そのほうが幸せだったのかもしれない。

 

(悪いな昔の俺、もう俺はそんな平和な生き方は二度と出来ないみたいだ) 


 だがもうここまで来て、そんな生き方に戻れはしない。

 翔蘭に魅了され依存してるユウキに残されているのは修羅の道のみ。


 今の現実を受け止め、紫衣楽をゆっくりと地面に寝かせる。


「安心しろ、大人しくするなら一瞬で極楽に逝かせてやるよ」


「……そんなの、御免だ」


 覚悟を決めた顔を浮かべ、ユウキは剣に変形させた武器を構える。

 

「来いよゲス野郎ども、もう二度とこいつには触れさせない」


「そうかそうか……お前もその女と同じ馬鹿だったとはなァ!」


 憂炎が手を振り上げると男達はユウキを目掛けて襲いかかる。


「氷流斬波ッ!」


 剣や弓の攻撃を受け止めると即座に氷の斬撃を放つ。


「ぐあっ!?」


「ぶごっ!?」


 休む暇もなく強襲する男達をユウキは妖術や体術を駆使して蹴散らしていく。

 紫衣楽を守りながら死力を尽くして次々とダメージを与えていった。


「失せろ雑魚共がッ!」


 段々と口調が荒くなっていき、激情が顔を染め上げていく。

 鬼神のような強さで相手を潰していくがユウキにも綻びが現れ始める。


(クッソブレる……!)


 何分も動きを一切止めずに休まず戦い続けるユウキの体力と気力は限界寸前だった。

 アドレナリンの放出でどうにか対等に戦い続けている状況。


 だがそれも徐々に切れ始め激しい目眩が襲いかかる。


「オラァ!」


 動きに粗が出始めるユウキに男が所持している大剣が襲いかかる。


「ぐっ!?」


 武器による防御で相殺するものの、その攻撃を機に遂には膝をついてしまう。


 身体中から汗が垂れ、呼吸も不安定になっていく。


「なるほど紫衣楽と同行するだけの実力はある。だが」


 今にも倒れそうなユウキに邪悪な笑みを向けると憂炎はてつはうを投げつける。


「ここで終わりだ。バァン!」


 カチッという音ともに着火し迫りくるてつはう。

 妖術で防ごうにも身体が追いつかない。


(まだ……まだ終わっちゃいねぇ……!)


 狂気にも似た激情がとっくに限界を迎えているユウキを奮い立たせる。

 いつ意識が飛ぶか分からない中、てつはうを防ごうと武器を持ち直したその時。


 


「乱舞炎華斬」


 ユウキの鼓膜に響く聞き覚えのある声。

 その瞬間、てつはうは凄まじい業火の斬撃に焼かれ溶け落ちていく。


「はっ……?」


 憂炎は突然の業火に状況が理解できない心からの困惑を示す。


(おいおい……ここで来るのかよ)


 対するユウキはその愛しの少女を見て、心からの安堵の笑みを浮かべる。


「おぅおぅ、やってますね!」


 双剣を操り、炎を司る美少女。

 美しい容姿からは考えられない歪で狂った性格のサディスト。

 

 瞳孔が開き正気とは思えない殺戮の微笑みを投げかけていた。


「お前は……何者だ!?」


 復讐に塗れていた憂炎でさえ、その異質な雰囲気に畏怖しながら質問をする。

 その質問に少女は我の強い言葉で答えた。


「私は翔蘭、やぁやぁ殿方の皆さん、マセガキの登場でぇす!!!」


 

 



 

 

 

 

 



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