第28話 乙女達のイガミアイ

 ユウキと紫衣楽が良い雰囲気になる一方、もう片方の乙女達は酷く殺伐としていた。

 

「チッ、先輩の野郎……あの乳デカ女に靡いてたら去勢だ」


 翔蘭は玩具を奪われた怒りから不機嫌な顔で舌打ちをする。

 紫衣楽を殺しても良かったが最低限の理性がそれをギリギリ抑えていた。


「紫衣楽ったら私達を置いてあんな男と……性欲が抑えられないんですか」


「不本意不本意!」


 美月歌と姫恋も紫衣楽と離れてしまったことに苛ついている。

 紫衣楽の命令であるとはいえ、不満を隠せない。


 両者ともに険悪な状況だった。


「まっウジウジしてても駄目か……やぁやぁお二人さん、仲良くしましょうよ!」


 そんな中、気持ちを切り替えた翔蘭は美月歌と姫恋に握手を求める手を差し出す。


 これでも世渡り上手な彼女は放浪生活で培った愛嬌を感じさせる笑顔を浮かべる。


「はっ? するわけないでしょ」


「自惚れ!」


 だが罵倒と共にその笑顔は一蹴される。


「いやいやこれから協力するんだからもっとフレンドリーに」


「貴女のような生娘と仲良くする筋合いはありません。精々、私達の盾になって野垂れ死んでください


!」


「……はっ?」


 貧乳女、ペチャパイ。   

 胸の大きさを気にしている翔蘭にその言葉だけは言ってはいけなかった。


 眉間にシワがより始め翔蘭の媚びへつらいモードは終わりを告げる。  

 苛つく彼女の猫被りしていた笑顔は徐々に凶悪な笑みをへと変貌していく。


「へぇ私が囮? ふ〜ん、そんなに私を崇拝したいんでちゅね〜負け犬さん」


「「はっ?」」


 もはや十八番となった馬鹿にした口調での罵倒が炸裂する。

 最悪の地雷を踏んだ美月歌達は言葉の魔術師、いや妖術師である彼女の餌食となった。


「だって貴女達は私がにしましからぁ、強い美少女を前に立たせるのは当然でちゅよね? 弱虫赤ちゃん達?」


 一切、母性を感じない赤ちゃん言葉は美月歌と姫恋のプライドを貶していく。


「まぁ私は? あんな乳デカ女の紫衣楽よりもよーっぽど強いので安心してくださいよ」


「なっ!? ふざけるなこのダボが! 貴女は紫衣楽の何倍も格下ですよ!」


「無礼千万、身の程わきまえろ!」


「えぇ〜全ッ然強く見えませんけどぉ? 崇拝対象、雑魚くないですか?」


 翔蘭は舌を出して挑発を繰り返す。


「いい加減にしなさい! 紫衣楽は……親に捨てられ身寄りのない私達を救ってくれた恩人、あの御方は特別なんですよ……!」


「命の恩人! 大切な人!」


 激情的な美月歌達は紫衣楽との出会いと崇拝する理由明かしていく。


「その人を貶し馬鹿にするのは……万死に値します!」


(へぇ、だからあんなに「紫衣楽だいちゅき!」なんて態度だったんですか)


 翔蘭はこれまでの二人の言動から紫衣楽を心酔していることに感づいていた。

 そして今回のやり取りで確信へと変わる。


(とするなら……ヒヒッ使える)


 悪知恵が働く翔蘭は胸を弄られた腹いせに二人に悪質なイタズラを仕掛けていく。  


「あんな乳がでかいだけの女、私がコテンパンに出来ますよ。ボッコボコォ!」

 

「戯れ言を……もはや紫衣楽が出るまでもありません、貴女なんか私達で!」


「えぇ〜でも貴女負けてますよねェ、私が峰打ちしてなかったら死んでますけどォ!」


「っ……」


 敗北したという痛く変わることのない事実を突きつけられ美月歌はたじろぐ。


「口先だけのイキリ女は帰ってくれます? どうせそこらの妖獣にも勝てないっしょ? アッハハッ、アッハハハハァ!」


 止まらぬゲス顔と罵倒の連続に、遂に美月歌と姫恋の堪忍袋の緒が切れる。


「クズ女が……姫恋、今から目の前に来た妖獣は全て蹴散らす!」


「分かってるよ美月歌ァ!」


 挑発に乗っかり激昂した美月歌と姫恋は先を駆けていく。


「アッハハ、チョロッ」


 そんな滑稽な姿を翔蘭は鼻で笑い悠々と後を追った。

 

「願狼剣山ッ!」


「真貫童破!」


 女体の肉を喰らおうと迫りくる妖獣。

 だが全て凶暴な美月歌と姫恋の餌食となり無惨にも命を散らしていく。


 ナイフで串刺しにされ、爪で引き裂かれ、容赦のない攻撃が妖獣達を襲う。

 

「ワォ! いい無双っぷり」


 感情任せに蹴散らしていく美月歌達を翔蘭は馬鹿にした声で讃える。 


「どうですか……これで分かったでしょう、私達の強さが!」


「認めろ認めろ私達の強さ!」


 どうだ見たかと、遺体の山となった妖獣の塊を見せびらかす。


「はい、雑魚処理お疲れ様で〜す!」


「「はっ?」」


 そんな馬鹿丸出しの二人を見て翔蘭は心ない朗らかな笑顔で出迎えた。


「いやぁちょっと煽れば〜無駄に体力使う雑魚狩りを代わりにしてくれて助かりました〜ありがとうごさいまぁす♪」 


「「なっ!?」」


 徐々に強い敵が現れることを予知していた翔蘭はなるべく体力を温存したかった。

 その目的のためにいいように使われたのが美月歌と姫恋。


 心酔する紫衣楽を敢えて酷く罵倒し挑発することで二人を利用し手玉に取っていた。

 その事実に今更気付いた美月歌と姫恋は殺意を浮かべる。 


「貴女……最初から私達を動かすためにわざと煽って!」


「このクズ! ゲス! ドクズ!」


「ギャハハハハッ! 騙される方が悪いって言葉知らないんですかぁ?」


 罪悪感も悪気も一切ないことを示す罵倒の追撃が翔蘭から繰り出される。

 あっかんべーと共に翔蘭は遺体の山を超えて先へと進んでいく。

 

「こんのクソ悪魔がァ!」


「待ちやがれ殺すぞッ!」


「鬼さんこちら手のなる方へっすよ〜」


 捕まれば半殺しは免れない二人の怒りに臆せず翔蘭は煽り続け酒池肉林を駆けていく。


「……ん?」


 その時、突如翔蘭が足を止めた。

 何かを察知し怪訝な顔を浮かべる。 


「待ちなさいッ! このゲスクソゴミ女「静かに」」


 罵詈雑言で追ってきた美月歌達を翔蘭は強引に制止させる。


「ちょっと黙って、集中してるから」

 

(殺気……?)


 第六感が鋭い翔蘭はおぞましい殺気のようなものを本能で感じる。


(妖獣じゃない、美月歌や姫恋でもない。また違う殺意……ん〜何だコレ?)


 姫恋と美月歌とも違う殺意。

 正体は分からないが穏やかじゃない空気を翔蘭は察する。

 

(先輩の方で何か起きた? まさかあの乳でか女とヤってる!? いやヤッてて殺意が出るって何?)


「……行きますよ、お二人さん」


「「はっ?」」


「先輩と乳でか女の所へ。なんか激ヤバなことが起きてるかも」


「げ、激ヤバって何が起きて」


「質問しないで、黙れカス」


「貴女が言い出したんでしょう!?」


 聞き変えす美月歌を翔蘭は理不尽に一蹴する。

 察知はできるものの、それが何かまでかは翔蘭は分からない。


「まっ何かヤバいこと起きてるって私の第六感ちゃんが言ってます。だから行きますよ!」


「ちょ待ちなさいクズ女!」


「自分勝手過ぎ!」

 

 困惑する二人を気にせず、一方的に美月歌達に命令を出すと翔蘭は再び迅速の足で酒池肉林を駆けていく。



 


 

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