第27話 ようこそ楽園へ
数時間後、ユウキ達は酒池肉林の場所へと到着する。
色とりどりの木々が生いしげ、様々な果実に酒のような色の川。
まさに楽園のような、理想郷のような雰囲気が漂っていた。
「さて私達も行きましょうユウキ」
始まる前から波乱だらけの展開。
険悪な厶ードになっている翔蘭達を見送りユウキと紫衣楽は酒池肉林へと介入した。
「良かったのか? あの三人にして、殺し合いにならないか?」
「問題はない。争うなと強く言っている。言いつけを破ったら殺すほどの仕置きよ」
真顔で恐ろしいことを平気で言う紫衣楽は翔蘭とはまた違う、不気味さを醸し出す。
「それよりも、貴方は何故私を選んだの?」
「別に変な意味はないよ。ただ長いこと考えてお互いのことを知るのが得策だと思っただけだ」
「……本当にそれだけ?」
「そ、それだけだが」
「なら何故、ずっと私の胸を見てる?」
「はっ!? いや別に見てな!」
「冗談よ」
「えっ?」
「なるほど、確かに加虐性愛を刺激されるわね貴方。玩具として弄んでるあの娘の気持ち少しわかった」
納得したような顔で頷き、紫衣楽はユウキを見つめる。
「見たいなら見ればいい。減るもんじゃないしこれは卑猥ではなく個性だから」
翔蘭とは対称的な豊満な胸。
恥ずかしがる素振りもなく、豪快に揺らして紫衣楽は先を進んでいく。
(何で俺は……翔蘭がいなくてもこう弄ばれるんだぁ!?)
まさかの紫衣楽からの挑発にユウキは心の中で苦悩した。
そんな思春期の悩みを知らない紫衣楽は森林へと入っていく。
「
迫りくる黒霊と雑魚クラスの妖獣の大群。
紫衣楽は御札を地面へと張り巡らせると土のトゲを生成し無慈悲に刺し殺していく。
「氷流蒼弾!」
負けじとユウキも氷の矢で妖獣達を無力化させていく。
しかし攻撃の範囲も速さも強さも紫衣楽の妖術に軍配が上がっていた。
(どうしよ、めっちゃ強いぞあいつ……)
精神攻撃、物体操作、形状変化、空間操作など規格外の汎用性を誇る紫衣楽の妖術。
その強さは直ぐにも反映され黒霊や妖獣を紫衣楽はあっという間に撃破していく。
ユウキはほぼ体力を使わずに酒池肉林を進むことが出来ていた。
紫衣楽という強すぎる協力者にユウキは頼もしいを超えて畏怖を感じ始める。
(よくこいつと戦って死ななかったな……)
内心、ユウキは自分を褒めていた。
手加減してたとはいえ、本気を出せばあっという間に殺してたであろう紫衣楽。
そんな相手にほぼ負けではあるが引き分けれたのは奇跡に等しかった。
「恐ろしい力だと思ってる? 私が」
そんな空気を察した紫衣楽はユウキにそう尋ねた。
「……あぁ、正直化け物って思う」
「そうね。化け物と言われるほどの強さは持っていると自負してるわ。それ相応の努力もした」
ユウキからの褒め言葉を紫衣楽は素直に受け取る。
「謙遜はしない。これが私の今の実力、私のありのままの姿」
その自信の高さは強がりではなく紛れもない事実だった。
「さっもっと奥に行きましょう、淫麗酒の元液はさらに先にあるはず。遅れたら置いてくわよ」
「あっおい!」
紫衣楽はペースを上げ、ダッシュで酒池肉林の木々を駆けていく。
妖術が強力な彼女だが、身体能力もそれに負けないほど異常に高い。
その後も妖獣を無双しながらながら進んでいくと、やがて強力な妖獣が姿を現した。
「キュルァァァァァァァァ!」
超音波のような独特な鳴き声。
全身の凹みから青い光を発光し、四つ目の不気味な翼を生やした鳥が立ちはだかる。
「
「強い奴か?」
「そこそこよ、気を引き締めなさい」
海士伊芭と呼ばれる妖獣は宝石のような槍の弾丸を形成していく。
瞬く間に周辺には幻想的な宝石の弾丸が広がり翼を仰ぐと共に一斉に襲いかかる。
「チッ……!」
隙を与えずに連射されていく弾丸を必死に弾いていくのが防戦的な状況。
一発一発に絶大な威力はないが無限にも感じる攻撃にユウキは苛立ちを覚える。
「ウザったいな!」
そんな焦り始めるユウキを見て、紫衣楽は諭すような口調で冷静に指示を出す。
「ユウキ、私が妖術で無力化させる。その隙を狙って弓でトドメを刺しなさい」
海士伊芭を見定めると紫衣楽は迅速なスピードでゼロ距離まで接近。
超低姿勢でのダッシュは紫衣楽は空気と同化したように存在を消させる。
「
星の形になるように御札を高速で海士伊芭の周りに投げ貼り付けていく。
紫衣楽が指を鳴らすと星の範囲は凄まじい稲妻が走り動きを封じた。
「今よッ!」
「氷流蒼弾・絶!」
ユウキの弓から放たれた氷の矢は透かさず海士伊芭の心臓を一撃で射抜く。
「キュルァァァァァァァァァァァァ!」
最後の抵抗とでも言うような凄まじい断末魔と共に海士伊芭は沈黙した。
「悪くない動き、まだ荒削りだけど素質は高いわね」
「そいつはどうも」
(翔蘭といい紫衣楽といい……超人しかいねぇのかよ)
翔蘭に負けない戦闘センスに強力な妖術と卓越した身体能力。
協力者には申し分なさすぎる逸材だった。
「海士伊芭ほどの妖獣が現れるということは目的に近付いてる証拠、行きましょう」
淡々とした無表情な顔で再び奥へと進み始めたその時だった。
紫衣楽の懐から何かが地面へと落ちる。
落下したことを紫衣楽は気付いてない。
(ん? 何だ?)
ユウキが手に取るとそれは銀色の懐中時計であった。
(時計……ずいぶんと高そうだな)
高級そうなフォルムに見惚れてるとカチッとという音と共に時計の内部が開かれる。
その中には一枚の小さな写真が収納されてた。
「写真……?」
その写真には銀髪の小さな少女と優しそうな顔をした男性が笑顔で並んでいた。
「何だコレ、親子?」
「ちょっと」
その時、落とし物に気付いた紫衣楽はユウキから強引に写真と時計を奪い取る。
「あっ!?」
「……落としたのは私の落ち度よ。でも中身を見ずに渡すのが大人じゃないのかしら」
紫衣楽は不満げな表情でユウキを睨む。
「わ、悪いちょっと気になって……」
「まぁいいわ。拾ってくれてありがとう」
心のこもってない感謝の言葉と共に紫衣楽は歩き出す。
「……今のは過去のお前と父親か?」
そんな紫衣楽をユウキは咄嗟に呼び止めた。
「そうよ、だから何?」
「仲が良かったのか? 父親とは」
親と関係が悪く勘当された過去があるユウキは家族というものに敏感だった。
自業自得とはいえ、特に幸せな家庭を見ると毎回劣等感に苛まれていた。
「なぜそう思う?」
「なぜって……こんな笑顔なら仲が良いと思うだろ」
「……最悪よ」
「えっ?」
「最悪の関係」
一呼吸の末、紫衣楽は自らの過去を明かし始めた。
紫衣楽から発せられた内容は写真とはまるで違う過酷なものだった。
「私の家族は崩壊していたんだから」
「崩壊って……一体何が」
「聞きたいの?」
「崩壊なんて言われて気にならない方がおかしいだろ」
「……それもそうか」
辺りに敵がいないことを確認するも紫衣楽は口を開き始める。
「西方世界を研究していた学者達はある派閥争いで全員追い出された話、白空を研究してたクソ親父もそれに該当していた」
木々に寄りかかり、紫衣楽は顔色を変えずに淡々と明かしていく。
「酷いものよ。理不尽に追い出された後は荒れに荒れて暴力やら酒やら酷いもの。おまけに母もストレスから私に当たっていた」
「ならこの写真は?」
「まだ幸せだった時の頃。ごく普通の幸せ、でも白空のせいで全て壊された」
父親、そして母親からの虐待。
紫衣楽の目の下や左足にある傷跡がその壮絶さを物語っている。
予想を超えた紫衣楽の壮絶な過去にユウキは固唾を呑む。
「笑い合える人どころか、助けてくれる人も誰もいない。だから決めたの、誰にも支配されず支配できる人間になるって」
支配されることを嫌う紫衣楽は誰かを支配しその上に立つことに拘っていた。
誰にも媚びず、一人で仲間を引き連れる存在を目的としていたのだ。
「まさかそれで神威の盟主に……?」
「死ぬ気でやって盟主になって、身分関係なく努力さえすれば誰からも支配されない実力で決まる構図を作った。そんなやり方だからよく恨みを買ったけど」
紫衣楽の生気のない目で語る様子がこれまでの死にもの狂いの努力を物語っている。
「なのにまた白空は……仲間を目の前で奪って私の尊厳を踏みにじった……!」
鬱憤ばらしに近くの木々を力任せに蹴りで薙ぎ倒す。
「……無力感に苛まれたわよ。死ぬほど努力しても姫恋と美月歌以外の仲間は皆、何も救えなかった。自分を殺したい気分」
口調は段々と静かな怒りを帯び始め冷たい瞳はさらに非情になっていく。
「こんな思いするのは私達だけで十分、これ以上同じ悲劇は作っちゃいけない」
「だから半年間も幽霊屋敷を?」
「いくら時間がかかろうと私に何度も屈辱を与えた白空を捻り潰して悲劇を終わらせる。それが私の目的」
「それは復讐なのか?」
「そんな
揺るぎない決意を秘めた紫の瞳でユウキを見つめる。
「ごめんなさい、面白くもない話をベラベラと。忘れてかまわないし同情も結構よ」
「……狂ってるな」
「えっ?」
ユウキの言葉を理解できず紫衣楽は聞き返す。
「狂ってる?」
「いつ心が折れてもおかしくないのに仕打ちなのに、一切めげないなんてもはや狂ってるなって」
家族からの虐待、仲間の喪失、そんな過去を踏まえても強固な意志を貫く紫衣楽。
そこまで折れない心はユウキから見ればもはや狂気の沙汰だった。
「……私に安い慰めの言葉を向ける奴はたくさんいた。でも狂ってると罵倒されたのは初めてよ」
それまで強張った表情、無表情の近寄りがたい顔だった紫衣楽。
「おかしな人」
だがその言葉を聞いた彼女は初めて微笑み小さく呟いた。
「ッ……!」
紫衣楽にとってはただの笑顔
ユウキにとっては凄まじい破壊力。
「さっもう行きましょう、日が暮れる前に」
「あ、あぁ」
(ヤバいどうしよ、この人めっちゃ魅力的なんですけどッ!)
おっぱいの下心を超え、紫衣楽という存在そのものにユウキは魅力を見出す。
その変態的思考を悟られまいとユウキは心の中で尊さに悶えた。
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