第26話 一・触・即・発

 愛絆の私室を出ると大広間には死闘を繰り広げた紫衣楽達が長椅子に座っていた。


 美月歌と姫恋は楽しそうに談笑しており、紫衣楽は相変わらず無表情のまま。


「……声かけた途端に殺されないよな?」


「先輩が嫌われてなきゃの話っすね」


「お前はどうなんだよ」


「この翔蘭を嫌いになる人なんて老若男女存在しませ〜ん、だって私は美少女だから!」


 平然と自尊心とウザさが混じった言動をする翔蘭。

 それに呆れつつも可愛さを覚えるユウキ。


「……さっきからそこで何をほざいてるの」


 その下らないやり取りを聞いていた紫衣楽はゆっくりと冷徹な目で振り向く。


「用があるならさっさと来なさい。ユウキ・アスハ。翔蘭」


「っ……紫衣楽」


 無駄を省いた正論とドスが利いた声の強烈なコンボにユウキは言葉を詰まらせる。


「あっ貴方達はあの時の!」


「害悪男女!」 


(害悪男女……!?)


 一歩遅れて美月歌と姫恋はユウキ達を見た途端に警戒の目を向けズカズカと近付く。


「勘違いしないで、紫衣楽は! 貴方達に協力したんです。紫衣楽と釣り合う存在とは思わないことですね」


「害虫、ウジ虫、クソ虫!」


 紫衣楽を崇拝する二人は協力関係を築いたユウキと翔蘭を認めてはいなかった。


「おぉこれは手荒な歓迎ですね、ね先輩?」


「手荒にも程がある……」


 話してから数秒、既に一触即発の空気になった大広間。

 そんな雰囲気を察した紫衣楽は姫恋と美月歌の首根っこを掴む。


「こら、大人しくてなさい。協力相手に無礼は禁物よ」


「しかし紫衣楽、こんな奴らと対等になる必要なんてありません!」


「従う必要、絶対に、確実に、ない!」


「……聞こえなかったの?」


 その瞬間、殺意のこもった視線で2人を威圧する。



「「ヒッ!?」」


 鶴の一声のように姫恋と美月歌は罵倒を止め大人しく紫衣楽の背後へと下がった。

 

「ごめんなさい、うちの仲間が無礼を」


「あぁ……まぁ慣れたよもう。それよりも早速なんだが協力してくれないか?」


「それはまた急な話ね」


「なんて無礼な、お願いするならもっと跪いて懇願しなさい!」


「無礼千万!」


「……痛めつけられなきゃ分からない?」


「「い、いえ結構です」」


 紫衣楽からの殺気に生命の危機を感じた美月歌と姫恋は再び口を閉じ大人しくなる。


「それで、何なの一体」


 ユウキは愛絆から話されたことを全てできる限り丁寧に説明する。


 西方世界に戻れる薬のこと。

 完成には淫麗酒という媚薬が必要なこと。

 四聖獣の一角である朱雀が消えたこと。

 更に朱雀は白空を経由して西方世界に向かった可能性が高いこと。


「……情報量が渋滞した話ね」

 

 全てを聞いた紫衣楽は小さく驚く。

 だが直ぐにいつもの冷たい平素の顔へと戻った。


「分かった。つまり貴方達は淫麗酒が必要だから私達に協力しろと?」


「あぁ、俺らに付き合う形にはなる。だが白空をどうにかする兆しにはなるはずだ」


「私達に協力するなら金貨よりも、めっっちゃ良い特典がつきますよ!」


「……特典も何も私は協力すると言った。その言葉を撤回するつもりは毛頭ない」


 利害の一致から生まれた関係。

 そこに友情や愛はなく、あるのは白空を危険だと思うだけの空虚なもの。


 見限ったり拒絶することのハードルはかなり低い。


「協力する。それしか答えはないわ」


「そうか……それが聞けて良かった」

 

 だがそれでも紫衣楽は言ったことを曲げず快くユウキ達の要請を受け入れた。


「とするなら二手に分かれましょう」


「二手に?」


 紫衣楽はユウキ達に提案を行う。


「酒池肉林は確かかなり広大な森林地帯。全員で集まって動くのは効率が悪い」


「じゃあ先輩と私で行きますから、そっちはそっちでよろ〜」


「いや、ユウキは。代わりに貴女の方に姫恋と美月歌を同行させる」


「はっ?」


「えっ……?」


「「はいっ!?」」

 

 まさかの言葉にユウキは困惑し、姫恋と美月歌は驚き、翔蘭は苛つきの顔を浮かべた。


「えっ先輩を寄越せ? いや無理なんですけど〜先輩は私の玩具なんで」


「協力関係なら相手の特性や個性、癖を理解しておくのが長期的に考えて最も効率的よ」

 

「はぁ効率〜? んなこと言って先輩と近づいて愛撫したいだけじゃないすか、先輩虐めんのは私の専売特許なんですけど。あぁ?」


「やましい気持ちはない。あくまで理知的に考えた結果よ」


「理知的、はぁ理知的、そんなチンポ突っ込む以外に理由なさそうな卑猥な胸して理知的ですか、へぇ〜!」


「これは生まれつきよ。不純異性交遊のために使ったことはない。戦闘には邪魔で少し不便だわ」


「不便なら今ここで切り取ってまな板にさせてあげましょうかァ?」


「結構、整形するつもりはない」


 翔蘭の巧みな煽り言葉にも一切動じず紫衣楽は対等に舌戦を繰り広げる。

 見つめ合う二人の視線には火花が散り、逃げ出したくなるほどの空気が流れる。


 お気に入りの玩具を取られそうになっている翔蘭は珍しく怒りを醸し出していた。


「ち、ちょっと翔蘭「先輩」」


「先輩はどうなんすか? この乳デカ女と私、どっちがいいんすか!」


「はっ!?」


「さぁどうなんすか、はいせーの!」


(翔蘭か……紫衣楽か……)


 突然の矛先にユウキは焦り、必死に思考を巡らせる。


(そりゃ愛しい翔蘭と一緒にいたい! いやでも紫衣楽の言い分も分かるしな……というか紫衣楽もかなりの美人だ)


 翔蘭を選ぶか紫衣楽を選ぶか。

 愛と欲望が頭の中で激しく渦巻く。


(翔蘭か、紫衣楽か、翔蘭か、紫衣楽か、翔蘭か、翔蘭か、紫衣楽か、紫衣楽か、翔蘭か、紫衣楽か、翔蘭か)


 散々考えた末、ユウキは甲乙付け難い選択肢に苦渋の決断を下す。


「……紫衣楽、かな」


 ユウキは狂おしい愛を抑え、今後を考えて紫衣楽と同行することに決めた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 予想してなかったユウキの回答に翔蘭は鼓膜を破くほどの絶叫を響かせる。


「えっ何? 何て言いました? 紫衣楽、紫衣楽と言ったんすか!? 私は無視っすかゴミ箱にポイっすか、あぁそうですか結局は巨乳に従うんですね!」


「ちょ違っ! 俺はお前だけを愛してるし紫衣楽の考えを尊重しただけでエロいことは何も」


「一切考えてなかったと」


「一切考えて……ない」


「おい何だ今の間、やっぱエロか、巨乳見て下半身に従順か! 愛の告白しといて結局は性欲に浮気かぁぁぁぁぁい!」


「だから違うつってんだろ!?」


 あからさまに不機嫌になる翔蘭をどうにかユウキは落ち着かせようとする。

 しかしそれは全て油に火を注ぐような結果となってしまった。


「決まり、私はユウキと酒池肉林を攻略する。そっちは三人で、それでいいわね姫恋、美月歌?」


「紫衣楽が言うなら……分かりました」


「忠犬になるよ……ワンワン」


 不満げな顔をするも紫衣楽からの提案に苦言を呈せずゆっくりと頷いた。


「さぁ行きましょう、酒池肉林の世界へ」


 

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