第25話 おっぱいは冷血姫と呼ばれます

 幽霊屋敷から一日、ユウキ達と紫衣楽達と愛絆の屋敷を訪れていた。


 紫衣楽との死闘後、ド深夜に屋敷の警備兵を経由して報告を伝えた翌日、愛絆本人から緊急に招集されたのである。


 紫衣楽達は事情聴取のために連れて行かれ、ユウキ達は愛絆の私室へと案内され豪華な長椅子に座っていた。


「待たせたわね、貴方達」


 数分後、目のクマを擦りながら不機嫌な表情で愛絆は着席する。


「おう! 待たされましたよ愛絆!」


「気遣いって言葉を知らないのかしら、そこのかしましい女は」


 徹夜したことに加え、翔蘭からの敬意のない言葉に苛立ちを浮かべる。

 普洱茶プーアルチャを飲むコップもイライラから手が震えていた。

 

「全く……とんでもない報告を持ってきてくれたわねユウキ」


「まぁ……俺も予期してなかったですよ」


「結論から言う。あれは間違いなしに白空だったわ。部下の調査報告の数値と私が作り上げた白空の設定数値がほぼ合致している」


 愛絆は白空についての詳細が簡易的にまとめられた書類をユウキ達に見せる。

 中身は白空についての説明やデータなどが事細かく記載されていた。


 しかし天才である愛絆にとって簡易的な書類のため、知識は凡人のユウキ達からすれば意味不明でしかなかった。


「なんすかこれ、質の悪い怪文書?」


 息を吸うように翔蘭は愛絆の書類を盛大に馬鹿にする。


「研究書よ! 人の! 努力の! 腸物に!よくそんなこと言えるわねェ……!」


「いや知らないっすよ、勝手に努力しただけっしょ? ロリババア学者」


「誰がロリババアだ蹴り殺すぞ淫乱女!」


「嫌だなぁ、私は清らかな女ですよ?」


「来世はドブネズミの貴女が何の冗談?」


ドブネズミレベルの人に言われても困るんですけどぉ〜」


「んだと殺すぞゴラァ!」

 

「おぅ殺してみなよカモンベイべー?」


「あったまきた死刑よ! 法の下にこいつを誰か斬首刑にしなさいッ!」


「ちょ、落ち着いて愛絆さん!」


「アッハハハッ身長も沸点も低いんすね!」


「余計に煽ってんじゃねぇよ!?」


 あと少し加速すれば殺し合いになりそうな状況をユウキは必死にたしなめる。


「……失礼、取り乱したわ。調べた所、屋敷のは永続白空えいぞくはくくうね。瞬間白空しゅんかんはくくうとはまた違う」


「「はいっ?」」


 突然の新たな用語に2人揃って腑抜けた声を出す。


「白空は白空でも2種類あるの。出現時間が数分しかない瞬間白空。逆に長ければ1年以上も出現し続ける永続白空。理解した? 次に2つの白空の性質について「ちょっと」」  


 これ以上聞けば頭がおかしくなりそうな言葉の羅列にユウキは強引に制止する。


「もう分かりました。うん、めっちゃ分かったから」


「あらそう? ならいいけど」


(これ以上そんなの聞けるかってんだ……!)


 小難しい話からどうにか話題を変えようとユウキは例の少女達を持ち出す。


「それよりもあの紫衣楽達は? 未だに聴取中ですか」


「あぁあの娘達? そうね、あともう少しで終わるはず。しかしとんでもなく危険な相手と協力関係になったわね」


「危険な相手……? あのおっぱいが?」


 愛絆の言葉にユウキは疑問を浮かべる。


 確かに紫衣楽の妖術は凶暴だが危険と言われるほどに危なかっしい人物でもなかったと感じているからだ。


「空曹の妖術師の中もで彼女は結構な有名人なの。冷血姫れいけつひめって異名でね」


「冷血姫?」


「……冷たいお尻っすか?」

 

「そのケツじゃない」


 愛絆の口から明かされたのは紫衣楽が行ったこれまでの冷酷な所業だった。


「彼女が神威という妖術師集団の盟主ということは理解しているわよね?」


「えぇ、聞かされましたから」


「彼女はね、異常なほどの実力主義者なの」


「実力主義者?」


「身分性別関係なく役立たずの者は容赦なく神威から追放する。無慈悲なやり方だから冷血姫って呼ばれるようになったのよ」

 

(追放……)


 自らもスレイズ達に役立たずと追放された身であるユウキはその言葉に引っ掛かる。


「そのやり方を崇拝する者も多いけど、恨みや怒りを持つ者も大勢いる。復讐をしようとする奴もいるでしょうね」


「だから危険と?」


「彼女が味方になればかなり強力よ。でも彼女に恨みを持つ者からの可能性も非常に高い」


(ハイリスク・ハイリターンってわけか……)


 語られた紫衣楽の影響力の高さにユウキは驚愕する。  


「まっ彼女とどんな関係を築くかは貴方達次第よ。もう少ししたら聴取も終わるだろうから待ってなさい」


「えぇ〜待ち時間嫌だ〜」


「少しくらい我慢しろよ」


「嫌だ嫌だ! この世で一番キライなのは意味もない暇な時間なんですぅ!」


 ジタバタジタバタと身体を動かし子供のように翔蘭は駄々をこねる。


(こういうとこは年相応か……)

  

 珍しく16歳という年齢らしい反応を見せる翔蘭にユウキは安堵感を抱いていた。


「……そんなに暇が嫌いなら面白い話をしてあげましょうか?」


 少し考えた込んだ末、愛絆は愚痴を吐きまくる翔蘭に提案を持ちかける。 


「面白い話?」


「紫衣楽達が来てから言おうと思ったけど、まぁ今しても大丈夫でしょう」


「えっなんすかなんすか、まさか愛絆さんの失恋話とか!」


「する訳ないでしょうが馬鹿ッ! てか何で失恋した前提なのよ!? まだしたことないわよ恋愛なんて!」 


「えぇ違うの? じゃあ男の✕✕✕達と戯れるみたいなエロい話は?」


「ない! 私はまだ処女よ! 触ったこともないわよチン……って何言わせんのよッ!」


「なぁんだつまんな、あぁ萎えた〜」


「チッ……私には失恋話も淫乱話もない。でもそれ以上に面白い話よ」


 机から身を乗り出すと、ユウキ達を心まで見透かすような鋭い目線を向ける。


「もし、西と言ったら貴方達はどうする?」


「「えっ?」」


「聞こえなかったかしら。西方世界に戻れる方法があるなら貴方達はどうする?」


「「……はぁぁぁぁぁぁ!?」」


 突然の衝撃発言にユウキと翔蘭は瞳を大きく見開き驚きの声を上げる。 


「ちょえっ戻れるって、あの戻れる!?」


「そんなこと出来るんすか!」


 中でも西方世界に一番関わりがあるユウキは魚のように食いついた。


「がっつくな、冷静に話を聞きなさい」


 ユウキを一蹴すると愛絆は深呼吸と共に静かに口を開く。


「密かにね、長年の研究から白空の歪みを最大まで軽減できる薬を作っているの。そしてそれが完成間近なのよ」


「そ、そんなのが作れてるんですか?」


「私は天才だからよ。あっ他言したら殺すわよ? そんな危険なの作ってたってバレたら私は捕まって死ぬ。このことは私の部下にも瑰麗にも伝えていない」


(だから瑰麗さんは戻る方法はないって言ってたのか……)


「でも強く希望は持たないで。実験作だし失敗する可能性もある」


 そう言うと愛絆は背後の棚入れから高級感ある箱を取り出す。

 首筋からぶら下がっている鍵を使い、ガチャリという音と共に現れたのは小さな瓶。


 中にはオレンジの液体がありブクブクと泡を吹いていた。


「これが試作品よ。世間に知られたり敵対する学者に知られたら終わり、これは私の未来を握ってると言っても過言じゃない」


「何でそんな危険なものを俺達に?」


「……数ヶ月前、異常事態が発生したと部下から報告を受けてね」 


「異常事態?」


「ここ数ヶ月、妖獣の生息地の異変が起きてる。貴方達も乱刃龍と対峙したでしょう?」


 愛絆に指摘されユウキはあの時に戦った龍を思い出す。


「何でそんなことが起きたか答えられる?」


 深刻な顔で愛絆は口を開く。


「それはね、の一角であるの反応が完全に消えたからよ」


四聖獣しせいじゅう?」


「へぇ……それはちょっと激ヤバっすね」

 

 珍しく翔蘭はおふざけなしの真面目な顔になる。

 その姿を見て、ユウキは只事ではないことを本能的に察した。


「ちょ何なんですかそれは?」

 

「この世界には東西南北に聖獣って存在がいる。それを合わせて四聖獣と呼ぶ。まぁ妖獣の格上の存在と思ってくれればいいわ」


 愛絆から四聖獣の詳細が語られていく。


 東方世界には妖獣を超える存在として四聖獣と呼ばれる獣が存在する。


 その名前の通りそこらの妖獣を遥かに凌ぐ強さを誇り、また四聖獣は人間並みの知識があり会話が可能。


 規格外の存在であり人間が挑んでも勝つ所か、傷一つつけることも出来ない。

 その力と知能を用いて多種多様な妖獣の生息地の均衡と東方世界の平穏を保っていた。

 

 また白空が創られる前から存在しているが故に西方世界と東方世界の双方の存在を認知している。


「それが四聖獣、そして南側に位置するこの国では朱雀っていう聖獣がいるの」


「その朱雀が消えたって……えっ結構ヤバイ状況じゃないですか?」


「当たり前よ。均衡が破られれば妖獣の生息地の争いは激化し私達人間にも被害が及ぶのは時間の問題。朱雀を戻さない限りはね」


 想定を遥かに超えていた大スケールの話にユウキは思わずたじろぐ。


「しかも……朱雀は生体反応も姿も完全に消えている。すなわち白空を経由して西可能性が高い」


「はっ!?」


「まさかと思って言わなかったけど……幽霊屋敷のことを考えると白空が引き起こしたって可能性が最も高い」


 驚愕の事実。

 それを追撃するように愛絆はさらなる最悪の可能性を投げつける。


「朱雀は気分屋な性格、気に触れば何万の人間も簡単に殺せる。大小関係なく被害は確実に出ているわ」


 顔も知らず好きでもない誰かが死ぬのはユウキにとってはどうでもいい。


(おいおい……それで翔蘭と離れたりしたらどうすんだよ!)


 そんなことより双方の世界が混乱するせいで翔蘭と戯れられなくなるのではないかということを恐れていた。


 愛と欲に正直な彼は焦燥感に駆られる。


「なぁに、絶望ちゃんな顔してるんすか?」


 そんな彼を見て変わらずの声と共に翔蘭はユウキの肩に手を置く。

 挑発するような上目遣いで覗き込んだ。


「そうとなればやるしかないっしょ、朱雀ちゃんを戻して解決するのみ!」


「お前なぁ……そんな簡単に」


「不可能なんてないんすよこの世に! 面倒事はちゃっちゃと終わらせて私にもっと苛められたいでしょ?」


(……めっちゃ苛められたい)


 苛められることを想像し、ユウキは劣情を原動力に愛絆に申し出る。


「愛絆さん、俺達がやります」


「はぁ……まっそんなことだと思った。いやそう言ってくれて安心したわ」


 待ってましたとばかりに愛絆は懐から綺麗に丸められた古びた紙を投げつける。


「空曹から北に渡った場所、酒池肉林と呼ばれる森林がある。その中にある淫麗酒いんれいしゅという液を採取して欲しい。まぁようは媚薬ね」


「媚薬?」


「白空の精神汚染への対策は生への執着。生殖本能を高めるのは白空の対抗に繋がるの。それさえあればこの薬は完成する」


「へぇ媚薬かぁ面白そうじゃん! 先輩行きましょう!」


(媚薬……いやらしいな)


 それが必要とはいえ、媚薬という変化球過ぎる素材にユウキは困惑するしかなかった。


「酒池肉林は簡単に攻略出来る場所じゃない。あの紫衣楽達と協力してすることをオススメするわ」


「しゃ、ぶっ潰しますよ先輩!」


 翔蘭の熱量に従いユウキは紫衣楽達の待つ大広間へと向かった。
















 













 


 




 

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